第11話 ひよりという存在 -ゆり-
新入生の勧誘から1週間が経った頃、わたしたちはいつも通り居酒屋に集まっていた。茜は遠くの席で僅かに入った1年生と話している。わたしは他の人たちと話しながらもどこか上の空でイマイチ話の内容が入って来なかった。
頭の中では勧誘中に現れた綺麗な黒髪のあの子を思い出していた。口調は冷たくてキツいのに何故かその存在に惹かれている。今までの友達と違ったタイプだから新鮮に見えたんだ。自分自身にそう言い聞かせてもあの子のことを思い出すと胸の奥がギュッと苦しくなる。今までにない感覚にわたしは戸惑うことしかできない。わたしはアルコールを飲みこの漠然とした気持ちを誤魔化そうとした。
会もそろそろお開きになる頃、わたしは完全に酔っていて一人で歩くことすらおぼつかなくなっていた。周りの声がいつもの3倍くらいの音量で入ってきて頭にガンガンと響く。
「ちょっとゆり〜なんでそんなに飲んじゃうかなぁ〜〜。」
茜や周りの人たちがざわざわと話している声が聞こえる。
「ごめぇ〜ん。」
気の抜けた声で謝ると茜はわたしのことをタクシーに乗せ、見送った。わたしはなんとか住所を伝え自宅付近まで送ってもらった。
アパートの近くで降りるとわたしは自分の部屋に向かって歩き始めた。しかし階段の途中で転んでしまった。わたしの記憶はそこで途切れていて次に目が覚めた時は布団で眠っていた。隣には綺麗な黒髪をした女の子が寝ている。わたしはまだ夢を見ているのだと思った。しかし二日酔いによる頭痛は本物でズキズキと酷く痛んだ。
「起きたんですか。」
隣の女の子がわたしの顔を見ながら眠そうな声で呟く。すぐ近くにある女の子の顔があまりにも綺麗でじっと見ていると急に恥ずかしくなり、わたしは目を逸らしてしまった。
「ゆりさん、昨日のこと覚えてますか?」
女の子は気にせず話を続ける。わたしは「転んだところまでは」とぎこちなく返事をする。女の子は「私のことは全然覚えてないんですね。」と笑いながら言った。笑顔の奥にはきっと怒りや呆れたといった感情が含まれているのだろうけど、わたしは綺麗な笑顔に魅了され、つい「綺麗」と口に出していた。女の子は最初は驚いた顔を見せたもののすぐにわたしに顔を近づけた。一瞬、キスをされるのかと思い身構えたが女の子は何もすることもなく動揺しているわたしを見てにっこりと笑った。
「ゆり先輩ってかわいいですね。」
女の子は、からかうようにそう言うと綺麗な髪をなびかせながらキッチンへと向かった。わたしの心臓はいつもよりずっと速く鼓動が鳴り響き今にも部屋全体に聞こえそうな勢いだった。
その後、女の子は二日酔いのわたしのために優しい味のおかゆを作ってくれた。向かいに座る女の子は野菜炒めとごはんを食べながらスマホを見ていた。とても静かな時間でなんとなく息が詰まった。
「あの、名前まだ聞いてないんだけど…」
わたしはじっと女の子の方を見つめながらそう尋ねた。
「作野ひよりです。ゆり先輩、これからも仲良くしてくださいね。」
その時から私たちは一番の友達となった。
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