第10話 茜という存在 -ゆり-
午前4時、小さなアラーム音が鳴り響く。いつもは聞こえないその音がわたしの耳に飛び込んでくる。長い長い夜が終わった。わたしは夜中に何度も目が覚めて、充分な睡眠が取れなかった。目を閉じると大学時代の苦い記憶が滲み出てくる。
『え、ゆりってレズ?ふーん……変なの。』
茜は大学で初めてできた友達だった。顔が広く、いつも中心にいるような人だった。茜の行動力にはいつも驚かされていて、夜中に海に花火をしに行ったり、夏休みには皆の貯金を少しずつ集めてハワイに行ったりと、いつも周りを振り回している人だった。わたしはそれに何度も巻き込まれて、面倒くさいと思っても茜独特の引力に引っ張られて断れず今日もまた巻き込まれていた。
「ねぇ、飲みサー欲しくね?」
茜が20歳の誕生日に言った。この日、わたしたちは茜の誕生日会という名目で居酒屋に集められていた。
「お酒、こんなに美味いのにさ飲まないわけにはいかないっしょ?」
茜はいつも通りわけのわからない独自の理論で周りを黙らせていた。茜の取り巻きがその流れに便乗して断りにくい雰囲気を作り出していく。結局、先輩がほとんどいない文芸部に所属してそこを隠れ飲みサーにすることに決定した。
大学3年に進級してから飲みサーの活動は始まった。もちろん部長は茜で会計なども茜の取り巻きが行っていた。わたし含む数人は人数あわせで強制的に入部させられ、週1で開かれる飲み会に参加させられていた。わたしはお酒に強くなかったのでいつも、ほとんど飲まずソフトドリンクで場をしのいでいた。
そして大学4年に進級したとき、ひよりと出会った。学校からの部費を確保するために仕方なく行っていた新入生の勧誘中のことだった。
「部誌ってありますか?」
大きな声で呼び込みを行っていた茜の元に現れた長くて綺麗な黒髪をした女の子。モデルみたいに整った顔立ちで特にメイクもしていないのに文芸部の誰よりも美しくて茜とは違った独特の雰囲気を纏っていた。
「ブシ?ここは現代ですけど?戦国時代と間違えてません?」
茜の言葉に顔をしかめるとその子はさらに質問を続ける。
「あの、文芸部って文学作品の読み合いをしたり自分自身の作品を高め合ったりする場だと思うんですけど、違うんですか?」
その子は茜の威圧的な態度に怯むこと無く話し続ける。周りでチラシを配っていた他の文芸部も茜とその子の元に集まっていく。
「あんたさぁ、先輩のアタシの質問に答えなよ。さっきのアタシの話聞いてた?」
茜も独特の雰囲気に飲まれず、いつもの茜を貫き通していた。
「戦国時代とは間違えていませんよ。」
その子はそう言い残してその場を去って行った。茜たちは「何アイツ生意気すぎ」と口々に文句を言っていた。
わたしは一部始終を少し離れた場所で見ていた。不思議とその子から目が離せない。心臓はこれまでに経験したことのないスピードで鳴り響いていた。
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