第6話 デート

 午後4時。入稿を終えたひよりはリビングで待っているゆりの元へ向かった。ゆりはリビングでミルクと砂糖たっぷりのコーヒーを飲みながらぼーっとテレビを見ていた。

「あ、おつかれ~。」

ゆりがこちらを向いて満面の笑みでそう言った。ひよりはホットミルクを片手にゆりの隣へ座った。ひよりの頭はもうほとんど動いておらず眠りにつくのも時間の問題というところまで来ていた。

 テレビではいろんなお店の情報が流れている。流行りに敏感なゆりにとって情報収集は欠かせない。子どものようにテレビに釘付けになっている。

「ひより!!明日、デート行きたい!」

よく通る声が耳に飛び込んでくる。目を閉じて休んでいたひよりは驚いた顔でゆりの方を見て答える。

「まじですか……?」

ゆりはキラキラした表情で大きく頷きテレビを指差した。

「うん!明日、この近くにAAショッピングモールができるんだって!最近、雑貨とか服とか何も買ってないでしょ。だから、ね!!」

買い物魂に火がついてしまっては仕方がない。ひよりは「りょうかい」と伝えて寝室へ向かった。


 午前7時。朝食を食べながら2人はショッピングモールのことを調べていた。オープン初日のショッピングモールが大混雑することは安易に予想できる。あらかじめ回りたいショップを調べておく方がいいだろうとひよりから提案があったのだ。

「ひよりの好きなブランドは~」

ゆりは次々とショップを調べてメモ帳にまとめていった。

 午前8時。朝食と片づけを終えた2人はそれぞれ身支度していた。ひよりの身支度は一瞬で終わる。白Tシャツに黒のスキニーパンツ。上に黒の革ジャンパーを着たら終わり。メイク・ヘアセットは特にしない。

 一方ゆりは大慌て。クローゼットから複数のワンピースを取り出し鏡の前で時分に合わせていた。

「ひより!これとこれどっちが似合う?」

結局、決められずひよりに決めてもらう。いつもの流れ。ひよりは答えないとゆりの支度が一生終わらないことをよく知っていた。

 ゆりはメイクを済ませ、器用に三つ編みを作り上から薄手のコートを羽織った。

 午前9時30分。ようやく準備が整った2人は1年目の記念日に買ったペアリングをつけて家を出た。


 午前10時。ひよりはあまりの人の多さに圧倒されていた。どこを見ても人、人、人。オープン初日にショッピングモールに来たのはほぼ初めて。今までは仕事の予定が入ったり気分が乗らなかったりで後回しにしていた。

 ゆりは普段から職場や通勤の際で大勢の人には慣れているが、ひよりは違う。打ち合わせなどで外に出ることはあるがいつも昼間。ラッシュの時間に電車やバスに乗ることなんて滅多にないし避けている。

「ゆりさん、帰りましょう?また後日、ゆっくり見ることにしません?」

この環境にいるだけで疲れてしまったひよりはゆりに相談をしてみるが……

「ひより!みてみて!!こんな大きいショッピングモール久しぶり!どこから行く!?」

ゆりはすでにたくさん並んだショップに夢中になっていた。人混みは嫌だ……だけどゆりが楽しんでいる姿は見たい。ひよりは割り切ってこの状況を楽しむことに全力を注いだ。

「とりあえず自販機かな……。」

 水をぐびっと口に含みショッピングモールの案内図を手に2人は歩き始める。ひよりはさりげなく手を伸ばしゆりの手を取る。ゆりは満面の笑みで握り返す。指を絡ませ恋人繋ぎ。2人は「これで絶対に離れないね。」と笑い合った。


 雑貨屋で新しいクッションカバーを選んでいる時、近くにいた4人組の女子グループがこちらに歩み寄ってきて言った。

「虹がきれいの作野先生ですよね!ファンです!一緒に写真撮ってもらっていいですか?」

ゆりとひよりは互いに顔を見合わせた。テレビや雑誌の取材、映画の舞台挨拶などで顔は公表していたから知っていても不思議ではない。しかし実際にプライベートで話しかけられたのは初めてのことだった。

「あ、ありがとうございます。」

ひよりはとまどいながらお礼を言った。そして「写真くらいなら……。」と言ってゆりにカメラを渡しファンと写真を撮った。

 ファンの子たちは「ありがとうございます!新作楽しみにしています!」とハキハキとした口調で言って去って行った。

「はーびっくりした。こんなことって実際にあるんだな。」

ひよりはドキドキが治まらないまま遠くなっていくファンの姿を眺めていた。ゆりはどこか得意げな様子で「さすがひよりだね~。」と笑っていた。

 2人は再びクッションカバーを選び始める。しかしこの写真をきっかけにとある事件が起きてしまうのであった。


 しばらくして昼食を取っていた時「やば!本当にいたよ!」と大きな声がした。声のした方を振り返ると濃いメイクに派手な服を着た女性が近寄って来ることに気が付いた。

「作野ひよりでしょ?いや~有名人に会ったの初めてだわ~。サインちょうだい。」

敬意なんて微塵も感じない。とても鼻に付く態度で女性はファッション誌を買った時のレシートを差し出してきた。

「ごめん。今日ペンを持っていなくて……。」

ひよりは精一杯の愛想笑いでごまかす。すると女性は不満げな顔をして「しょーせつかならペンくらい持ち歩いとけよ。」と言って去って行った。

 ゆりは「何アイツ。」と言わんばかりの表情で黙々と昼食を食べていた。

「ゆり大丈夫?」

ひよりは声を掛けてみたが「べつに。」と軽く流されてしまった。明らかに怒っているがこれ以上、あの女性の話をするとさらに機嫌を悪くしそうだったので話をやめた。


 その後も何度かファンを名乗る人に声を掛けられた。とても丁寧な言葉遣いの人から何様だよといった態度を取って来る人もいた。

 明らかにおかしい。今まで一度も声をかけられたことなどなかったのに、急に複数の人から声をかけられるなんて。

「ゆり、もしかしてSNSで拡散されてたりする?」

ひよりは疲れ果てた顔でゆりに相談する。ゆりは「それだ!」と言わんばかりの表情でSNSを開く。トレンドに「目撃情報」というワードが入っている。

「ひより……ばっちり拡散されてる。おまけにサインを断ったエピソードまで流れてる……。」

本当に今のネット社会には呆れる。

「いくらテレビに出ていたって人の写真を許可なくSNSに載せるなよ。」

ひよりは大きなため息と共にそう言った。

 2人は仕方なくショッピングモールの出口へと向かった。


 「千藤先生?あ!やっぱりそうだ!」

背後でかわいらしい声が聞こえる。振り返ってみるとセーターを着た女の子が立っていた。

「河井さん!偶然だね~友達と来たの?」

ゆりは明るい声で応える。どうやら学校の生徒らしい。生徒と話しているゆりを見たのは2回目。本当に楽しそうに話す、そして生徒も楽しそうに笑っている。「さすがゆりだな。」とひよりは心の中で思っていた。

「そ~だよ~。隣のクラスの葵と来た~。先生は恋人と?」

ゆりは「しまった」と言わんばかりに繋いでいた手をそっと放した。

「ん?どうした?」

ひよりは心配するようにゆりに問いかける。すると生徒は驚いた顔でこう言った。

「あ、先生ってレズなんだ。」


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