第4話 小説家の仕事 -ひより-

 現在、午前8時。今日はゆりが休みの日。だが申し訳ないことにゆりに構っている時間はあまりない。なぜなら今日の午後5時に入稿することになっているからである。私の仕事は小説家。男女の恋愛を題材に新しい恋愛の形を生み出し続けている。

 大体の構想は編集との打ち合わせで決まっている。下書きも完成している。後はより興味が惹かれる内容にするために清書しながら細かい直しをするだけ…。その作業も残り、半分。このまま集中が途切れなければ午後4時には入稿できる。

 私は気合を入れ直すためにカップに残ったコーヒーを一気に飲み干した。


 カチカチカチカチカチ……

鳥たちの声とキーボードを叩く音だけが部屋に響く。机に広げられた大量の資料を参考に登場人物たちを一歩一歩、結末に向かって歩ませる。2人の結末は甘い甘いハッピーエンド。私を応援してくれるファンは今回の作品の結末に満足してくれるのだろうか。

 正直、自信は全くない。今まで私があえて書いてこなかった王道展開。読み飽きるほどありふれたこの物語に私は愛を込められなかった。

 しかし、お世話になっている雑誌の編集部は「読者は常に新鮮さを求めている」と言って私に王道恋愛小説を求めてきた。

 編集部と意見が合わないのはよくあること。それでも私達は自分の伝えたいことを精一杯、物語にして伝えようとする。それが小説家の仕事だから。


 隣の部屋のドアが開いた。ゆりが目覚めたようだ。私は気にせず作業を続ける。締め切り前の私の様子はきっとゆりが一番わかっている。だから特に挨拶もすることはない。ゆりがとても寂しい思いをしていることは痛いほど知っていた。だからこそ、早く終わらせるためにも集中力をMAXにしてパソコン画面と向き合い続けた。


 しばらくして急に背後で声がした。

「わたしは盛大に悩んでいる。そしてその悩みは誰にも知られてはいけない。」

思わず吹き出しそうになるようなくどい台詞。

「ねぇ、どう?今の気持ちを小説のワンフレーズ風にしてみたの!いいでしょ!」

私はその言葉を聞いて、ゆりが退屈していることに気が付いた。よし、ならばさらに集中力を高めてすぐにでも終わらせよう。私は意識を小説に戻し、手を動かし始めた。

 が、しかし……しばらくすると背後でさっきよりも大きな声がする。

「あーもう!あとちょっとで解決しそうなのに…!!なんでいつも肝心なところで止まっちゃうんだろう!!」

私の意識は小説から一気にゆりに持っていかれる。そして止む得ず昔、本で読んだワンフレーズを声に出す。

「何に悩んでいるかは知らないけど、悩んだ時はとりあえず自分の心に話しかける。人のことで悩んでいる時はその人と話す。それがいちばんだよ。」

数時間ぶりに声を出した私。少しだけスッキリしたような感じがした。

 原稿は午後4時半に終わった。メールでデータを送信し、私はフラフラと寝室に戻った。ここ数日はほぼ寝ずに作業していた。その反動が今、この瞬間に訪れていた。


 朝4時。いつものように目覚め、ゆりのお弁当を作った。今日は力を入れてミニオムライスを作った。そして卵の上にケチャップでハートを描いた。

 ゆりを甘いキスと共に見送る。

 私は数日、溜め込んだ家事を一つずつ消化していった。

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