第2話 私の一日 -ひより-

 私は自分が嫌い。私と言う人間の存在意義が分からない。そんな私がこの世に存在する理由を与えてくれた存在。それが私の恋人、ゆりなのである。


 私は朝4時に起きるのが日課。ゆりのご飯を作るために毎日、この時間に起きている。仕事が終わらない時には寝ずに朝になることもあるけれど…。

 目覚めると隣ではゆりが眠っている。いつ見ても本当にかわいい。私はそっと頭を撫でる。そしてゆりを起こさないようにベッドを出てキッチンへと向かう。

 コーヒーを淹れてから棚からお弁当箱を取り出す。今日はどんな料理でこのピンク色のお弁当を満たそうか。昨日から体調が悪そうだったから量は軽めにしておこう。そう考えながら冷蔵庫を探る。

 リビングの時計から鳩が飛び出す。もう5時だ。そろそろゆりが起きてくる。朝ごはんは昨日から浸しておいたフレンチトーストにしよう。お弁当のおかずは完成した。詰める前のおかずたちが皿に行儀よく並んでいる。

 ゆりは着替えて準備をしてからキッチンにやって来た。キッチンのカウンターに座り微笑んだ。はぁ、かわいい。ゆりは私にどこまで癒しを与えてくれるのだろう。私は恥ずかしくてそっと視線を逸らした。


 再び鳩時計が鳴りだした時、ゆりは全ての準備を終えて玄関へと向かった。そして頬に優しくキスをする。ゆりが出かける前の日課。ゆりはまだ慣れていないみたいだけれど照れた顔が見れる絶好の機会なのでやめることなく、続けている。

「いってらっしゃい。」

 私はゆりを見送り、朝食で使った食器を片付けにキッチンへと戻った。ゆりがいなくなったこの家はとても冷たい。二人の貯金をフルに使って買ったこの家。ゆりは気に入っているようだけれど日中に一人で過ごしている私の身にもなってほしい。


 食器を片付け終わると私は仕事場に戻った。壁の一面がスライド式の本棚になっているこの部屋はとても心地が良く私の2番目に落ち着く場所でもある。パソコンを開くと一通のメールが届いていた。

「今日の打ち合わせ、早めにできませんか?どうしても外せない予定が入ってしまったもので……。」

私の担当編集からだった。とても多忙な人で直前に予定が変わることも珍しくはない。いつものことか…という感じで返信のメールを打つ。

「わかりました。もしよろしければ、編集部の方へ伺いますがどうしたらよいですか?連絡お願いします。」

以前の私なら絶対にしなかった選択。ゆりと同棲を始めてからは一緒に出掛けることが増えて私のフットワークも軽くなった。

「ありがとうございます!そうしたら11時に建物の受付で近藤と約束していると言ってください。受付の人には話を通しておきます。」

 私は「了解です」とメールを返し、昨日の続きを考えた。今度の物語は幼馴染の男女二人が大人になってから再会するというベタなストーリー。私は目新しさが無いだろうということで没にした物だが編集は今まで新しい恋愛小説を世に出してきた先生だからこそベタな作品を見てみたいと後押しされて書くことに決めた。

 登場人物の設定を細かく書き加えて物語の大まかな流れを決める。


 しばらくするとあらかじめ設定しておいたアラームが鳴る。9時30分だ。小さなタンスから適当に選んだ服に着替えて歯を磨く。打ち合わせに使う用紙をクリップで止めて鞄に入れて家を出る。

 電車が止まる駅から歩いてすぐに建物はあった。受付の人に約束をしていると話すと編集部まで案内してくれた。


 編集部では今日も慌ただしく、人が行き来していた。

「作野先生、今そちらに……!」

近藤さんは参考資料を持って打ち合わせブースまで案内してくれた。

「どうも……。いつも通り忙しそうですね。この後も予定があるみたいで。」

私は近藤さんに挨拶をしてから席に着く。

「すみません。夢先生が体調不良で原稿が落ちることになって……。」

「なるほど。代わりの原稿は見つかりましたか?」

夢先生は今月号に特集が組まれていた作家であったため、編集部はパニック状態なのであろう。

「はい、なんとか。実はその打ち合わせが次にあるんです。本当、パニックですよ。特集枠の作家が落ちるなんて前代未聞ですからね……。」

近藤さんはため息を吐きながらそう言った。余裕のあるベテラン作家しかできないこと。余裕のない作家は死んでも原稿を仕上げるだろう。加えて貴重な特集枠だ。そんな簡単に原稿を投げ出す作家は正直、苦手だ。

「看板作家であるが故に縁も切れないか……」

私は小さく呟いた。近藤さんは禁句ですよ。とこれまた小さく呟いた。


 打ち合わせが終わり私は家に戻った。私はソファーに腰を下ろした。いくらフットワークが軽くなっても外が疲れることに変わりはない。

少し休んだら夕食を作らないと、ゆりがお腹を空かして帰ってくる前に……。


 眠りにつくのにさほど時間は必要なかった。靴も揃えず鞄もほったらかしにして私は夢の中へと旅立った。


 夕食を作り終え休んでいるとゆりが帰ってきた。

「おかえり。今日もお疲れさま。」

そう言うとゆりはそっと抱きついてきた。とても驚いたがなんとか平静を装いそっと頭を撫でた。


 食事の後、二人でビールを飲んだ。ほとんど酔うことが無い私とすぐに酔ってしまうゆり。

酔っ払った時のゆりには本当に注意しなければならない。なぜなら…

「ひより~、たまには一緒に入ってよ~。」

一緒にお風呂に入りたいというお誘い。そう、ゆりは酔った勢いでとんでもないことを口走ることがある。

今日はまだ落ち着いている方だが仕事でミスをして酔った時は涙目になりながら「抱いてくれ」と懇願された。(その時は少しだけした…かもしれない)


私は仕方なくゆりをお風呂場まで連れていき一緒に入った。ただ、普通に。

体に触ることもほとんどなく普通に入るだけ。

そしてベッドに入って休んだ。ゆりの誘いには乗る気になれなかった。体がしんどくて眠気が強い。夜に仕事をしないのは久しぶりのこと。でも今日は許してほしい。


「おやすみ」


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