十六話 醜悪なる心理-Ugly-(アグリ)
森林公園から街に向かい商業ギルドに向かう俺達一向。
いつの間にか連れが増えていくとは流石異世界だな。
日本でこんな風に偶然の出会いから知り合える事など滅多にないから実はかなりの違和感を感じている。
ウルに関しては成り行きや戻る宛が無いと言う事情もあって一緒に行動しているが、ワンダやフィールは向こうから強引に付いて来てるだけだからな。
「そういえばフィールもこの国では平民扱いなのか?」
「ウチ?ウチはルルイエの魔法学校の学生だよだよ。お師匠の連れって形で入国してるからから一応は平民扱いになるのかなかな?」
「ルルイエとヘイオスは敵対関係なんじゃ無かったのか?」
「そこはワタクシから説明しますよ。両国は敵対こそしていますが、ルルイエは基本無干渉。ヘイオスの方が交戦的ではありますが、長い歴史の中で幾度か互いの手を取り合おうとした一派もありましてね。特に魔法技術と魔導具開発技術に関しては双方認める所があったようで技術革新を望んだ末に和平派によって結ばれた数少ない和平交流のひとつが教育機関の交流制度なんですよ。」
「そゆことかなかな。敵対派も技術が手に入る機会は喉から手が出るほど欲しかったはずだからからからね。反対しつつも妥協したって建前で交わしたらしいかなかな。」
「なんか陰謀渦巻いてるな。」
「実際酷いものだよだよ!生徒や教師同士でも国の違いで対立しちゃうし、そんな中に集団が集められるからから性格がひん曲がって同じ学校の中でも差別や虐めが横行してるからから…」
「しかし国同士での交流対戦なんかは代理戦争の様になっているおかげで本格的な戦争を回避しているとの見解もありますな。」
「それは少し興味があるな。魔法合戦でもするのか?」
「まぁそんな感じかなかな。魔法と魔導具を使った拠点制圧の模擬戦って言ったら分かりやすいかなかな。」
「やはり興味が湧くな。一度は見てみたい。」
「観戦してる方はいいけどけど、出場者は毎回死人が何人も出るほど白熱しちゃうんだよだよっ!出場している側は気が気じゃ無いんだよだよっ!」
「デンジャラスな交流だな。そんな危険な対戦に参加する奴居るのか?」
「その大会で良い成績を挙げた者にはかなり破格な褒賞が出るんですよ。禁呪指定レベルの禁書庫の閲覧権限や莫大な研究費等でヘイオスに至っては将来安泰を約束される貴族位を授与される事もあったくらいですからね。」
「しかも基本は強制参加だからから逃げるに逃げられないかなかな…」
「物騒というか何というか…」
「さぁ、着きましたよ!あそこが商業ギルド本部です。」
「すごい…乗り物がいっぱい。」
そこは大きな石柱が数多く並ぶ一際大きな建造物だった。パルテノン神殿の様だと言えば想像がつくだろうか?
正面からは多くの馬車や牛車だけで無く飛竜や巨大な鳥の空輸船などまで行き来している。
「壮観だな。なんか世界中の物流が此処に集約されてるって感じだ。」
「すごいでしょうっ!この左右で行き交う行商人達の輸送車の間の歩道は名所や名景としても有名なんですよ。見てください!これだけの輸送車が行き交う中一度も止まる事なく移動しているでしょう?此れは商業ギルドが如何に効率良く運営しているかの証明でもあるのですよ。しかもほぼ四六時中です。」
「それだけ凄いなら中はとんでもない残業、パワハラ満載のブラック企業みたいな所なんだろうな」
「ブラック企業?よく分かりませんがここの職員は全員が決められた時間で働いてますよ。徹底した情報共有と引き継ぎマニュアルが組まれてますから残業なんて先ず無いですよ。ヘイオスの中で唯一奴隷も居らず平民のみで運営されている巨大な機関ですしね。」
「それは凄いな!それだけ聞くと理想の就職先だな!」
「まぁ厳正なルールの遵守と不公平なく裁定する強い心を持ってないとストレスで参りますからね。あのハルベイン・テオ・メルティンが創設を指示した機関でもあるので発言権はかなり高いのですが、貴族や兵士達の執拗な横暴も絶えませんからな。そういった嫌がらせに対しても厳正に対処していかなければこの行商の波を捌けませんからね。」
「どんな仕事でも面倒な部分はあるって事か。」
「ともかくさっさと手続きを済ませましょう!此処に来ると何事も急がねばと気が逸りますなっ。」
時は金也とは正にこの景色に合った言葉だな。
ワンダの言う通り此処では様々な業務が忙しなく休む事もなく続々と処理されていた。
目的毎に決められた順路に進んでいき書類提出後に案内された窓口に向かうと到着した間に手渡された。五十人程度の行列にも並びはしたが1分と待たずに順番が回ってきた時は驚きだった。
「あっという間に終わったな。」
「ウチも初めて来たけどスゴイかなかな!それに職員さん全員が活気に満ち溢れてるからからこっちも楽しい気分になるかなかな♪」
「確かにな。あんなに忙しそうなのにクレームにも笑顔でサラリと対応していたぞ。職員が困ってたら他の職員が上手く入れ替わりで対応して一瞬で説き伏せていたしな。」
「此処には上司や部下の関係なんかが全く無いのも特徴なんですよ。其々が一人の商人として適材適所で協力しながら運営してますから職員間での諍いも少ないですしね。」
「個々の業務スペックも高そうだ。」
「求められる知識も多いですが何も知らない者でも一から培えるだけの土壌がありますからな。奴隷から死にものぐるいで這い上がった者達の駆け込み寺の様な側面もあるのですよ。」
「やはり理想の職場だな。」
「かくいうワタクシも元職員でしてね。数年程度ですが多くを学ばせて頂きましたよ。」
「此処を辞めたのか。勿体ないな。ワンダなら確かにあの中にいてもまったく違和感を感じない。」
「まぁ野望故に…ですね。夢と自由を選ぶなら此処はもっとも遠い職業ですからな。」
確かに夢とか自由よりも安定を求める人達が望む仕事がお役所業務なんだろうしな。会社に雇われていた俺にしても似たような考えで無難に出来ることをやって安定した収入で生きて行きたいと考えてた訳だし。
どちらがいいかなんて分からないが社蓄根性を刷り込まれた俺の様な日本人にとっては魅力的に見えるだけなんだろうか?
「とりあえず無事手形も手に入れましたっ!さてこれからどうしますか?」
「オジサンは公園に戻ってマジック・フィールズ・ブートキャンプの続きだよだよっ!」
「ワタクシだけ再開するんですかっ!?ケンさんみたいにならないですかなっ!?」
「ダイジョブダイジョーブ☆ワンダちゃんは普通のオジサンだから多分ダイジョーブダイジョブかなかなっ☆ケンちゃん達はブラリと散歩でもしてきたらいいんじゃないかなかな?」
「普通のオジサンって…」
「まぁウルが言うには今はあまり力を使わない方がいいって言われてるしな…」
一度気を失ってからではあるが、不思議な感覚が生まれている。何となくだが腹の底に力を入れると身体から何かが吹き出しそうな…決して脱糞とかではない。しかし妙にソワソワする感覚だ。
「ウルちゃん、此処に来る前に話した事、覚えてるかなかな??」
「…うん」
「自然に……とって……あの……でゆっくり………を眺めて……」
「うん。わっわかった。」
「じゃあ、頑張って行ってくるかなかなーっ♪いってらっしゃいっ☆」
フィールはウルの背中を軽く叩いて送り出した。何かヒソヒソと話してたな。
「ホントに大丈夫なんですよねっ!死んだりしませんよねっ!いや待って無理矢理手を当てないでっ!こっ心の準備がまだっ!というかまだ公園についてませ…ケンさん助けてーっっ!!」
ワンダがフィールとくんず解れず組み合っているな。
ワンダの明るい未来に敬礼っ!
「取り敢えず夕日が沈んだ後に公園に集合かなかな!それまでに宿もコッチで準備しておくからからっ☆」
「其方は任せた!頑張れワンダっ!」
二人に手を振って街道の方に向かった。ウルと二人だけで話したい事があったから丁度いい。
「取り敢えず近くの店に入って少し話をするか。」
「うっ…うん」
暫く歩くと大通りに面した喫茶店があったのでそこに入った。ウルはソワソワしてるが何かあったのか?
店に入って席に座り適当に飲み物を注文した。
「話って、何?」
「ワンダから聞いた事なんだがウルにも話しておきたくてな。ソートと妹についてだ。少し聞いてくれ。」
さっきまでモジモジとしていたウルだったが、話を聞いていつもの無表情、いや真剣な表情に変わった。
其れから俺はソートの家の奥で見た出来事、宝石商のリタさんとワンダから聞いた白い魔晶に関する話、其れが飛空挺の燃料になっている話、メルティンと名乗る男とフエの森で目撃された三人の巨人の話をウルに話した。
「今まで聞いた話を統合して考えられる事はヘイオス帝国がソートの妹から命の結晶でもある白い魔晶を奪いとっていたんだと俺は考えている。」
「…どうにか…助けられない?」
「現状、探すべきウルの力を制御できる魔法の手掛かりすら無いからな…」
「それなら…ウルも話したい事がある。」
「何か気付いた事でもあるのか?」
「フィールの頭を覗いたの。フィールの師匠、多分凄い魔法使い。もしかしたらウルの力を制御できるかもしれない。」
「何!?それは本当か?」
「まだ分からないけど、試す価値はあると思う。」
「だったら合流した後にフィールに話を聞いてみよう。」
思わぬ所で有力な手掛かりが手に入ったな。よく考えればフィールはルルイエ聖皇国の学生魔法使いで師匠の連れとしてヘイオスに来たと説明していた。
関係の良くない国へ派遣される位の人材が能力が低いとは考えにくい。
「後は…あの玉はまだある?」
「玉?あぁ…前の世界で手に入れた玉か?アレならほら、此処に入れている。」
俺は手甲の裏にある収納スペースから例の玉を取り出した。
大きさも程よく収納できるサイズだったから6個ほど持ち歩いていたのだ。残りの玉は未だに元いた世界で着ていたジャケットに包んだまま保管している。
「一つ、貰っていい?」
「其れは問題ないがどうする…」
ウルが玉を手に取ると小さい口をいっぱいに広げて口の中に頬張った。そのまま噛まずに左右の頬に転がしているようだ。
「ぶふっ!?急にどうした!顔面ブサイクになってるぞ。」
「んーー…むんんー…んー……ぺっ!これでいい。」
何がいいんだ?ウルの手にヨダレに塗れた玉が吐き出された。良く見ると半透明だった玉がより白い乳白色に変わっている。発していた光も収まっているようだ。
「多分これが要になる。ケンと少し混じったお陰で出来るようになった。」
「混じった?あのフィールのマジック・ブートキャンプの時か?」
コクリと頷く。
「…ウル、俺はあの世界に来るまで何処にでもいる何の力もない男だった筈なんだ。だが、俺の何かが知らない内に色々と変わっている節がある。怪我をしても治る腕、そしてウルが混じったって言う俺の謎の力。異常な身体能力の向上は重力とかそう言う力が関係していると見ているが其れにしても不明な点が多く見られる。ウルは俺と混じった事で何か分かった事は無いか?」
「…分からない。ウルが混じったのはあくまで外側だから。其れより奥は全く触れられなかった。」
「そうか…分からないならいい。この先何か分かったらまた教えてほしい。」
「分かった。」
ウルと話すと落ち着くな。ここ数日はワンダやフィールの騒がしさに当てられて気疲れしていたしな。
ウルを無言で眺めていると再びモジモジとし始めた。フィールと何を話していたのか気になる。というか外が騒がしな。何か騒ぎでもあったのか?
「さっさと歩けっ!このウスノロ共がっ!」
喫茶店から外を出ると大通りの先から大量の群衆と戦車の様な乗り物が大通りを埋め尽くす様に此方に向かって進行していた。
この大通りは関所の門から王城に続く道の為、王都内でも最も広い東西南北にある四つの大きな街道だ。トラックを並べても10台は横並びで通れる程の広さがある。
そんな大通りを埋め尽くす程だ。あそこには何千人の人間がいるのだろうか。
その群衆から耳障りな鞭打つ音と共に悲鳴や叫び声が響き渡る。
「貴様等のその無駄な遅れが我等の貴重な時間を無駄にするのだ。休まずキビキビと歩かんかぁっ!!」
何度も鞭打つ音が響きその度に怒号と悲鳴が上がった。
良く見ると戦車の様な乗り物の上から複数人の鎧を着た奴等が下の群衆に向けて鞭を振るっている。
群衆の周りには血飛沫が上がり、鞭を受けた集団が列を崩す様に倒れ込む。しかもその群衆は乗り物に鎖で繋がれており、中には既に息絶えているのかぶら下がったまま引き摺られている者も多数見受けられた。
「はっはっはっ!そいつ等の処分は王城に着いてからだ。王都凱旋の花道を奴隷の腐肉で汚す事は許さんぞっ!!」
なんだこの光景は…
周りを見渡すと周囲の店の店主や店員全員が大通りの隅に並び頭を下げていた。
思わずウルを抱き寄せて建物の物陰に身を隠した。
程度は比にならないが俺はこれに似た光景に実際に合った事がある。
俺がまだ日本にいた頃に働いていた会社行事の事だ。
その会社では事あるごとに社長や重役を迎える際に全員が脇目も降らず道に一列に並んで社長が来るのを今か今かと待っていた。
その社長も社長でさも当然の様な態度で気に求めず、後から来る重役共や来賓と長々と無駄話を繰り広げ、会が始まる定時刻から30分位の間、全員を立たせたままその無駄話を繰り広げていたな。
その立ち並ぶ社員達も其れがさも使命や当然の事の様に並び、姿勢が崩れたりしていた社員を裏で叱っていたりしているのだ。
これで給料が出ているならまだ理解出来なくはないがそんなものは出る筈も無く、寧ろ高い会費を払った上で其れを強要してくる。
お洒落な店の前の通りで通行人の目を気にしながら並んでいたのは俺の黒歴史の一つだ。
その光景を見て集団心理の恐怖と吐き気を覚え、結局その会社を辞めた事を思い出していた。
あんな平和な世界でもそんな腐った風習があるんだ。
この物騒な世界では其れが共通認識の常識になっていてもおかしくは無い。
何よりも元の世界では見た事もない惨劇の中、無言で頭を下げる人々に酷い吐き気と言いようのない憤りを感じた。
ウルはウルで乗り物の上に乗る兵士風の男達を険しい顔で睨みつけていた。
背筋に電気が走るかの如く悪寒が走り全身に鳥肌が立つ。
ウルからあの世界で感じた重々しい重圧の片鱗がわきあがっていく。
「ウル!頼むから落ち着いてくれっ!」
思わずウルの目を手で覆い隠して辺りを再び見回す。
さっき迄深々と頭を下げていた店員達は泡や吐瀉物を吐きながらバタバタと倒れ込んでいた。
「移動するぞ!此処はマズイ!」
倒れた人々を避けて群衆が此方に近づく前に路地裏に回り込み、建物の壁を破壊しながら飛び蹴り屋上に登って群衆の様子を観察した。
「なんだコイツ等は?はっはっはっ!平民には刺激が強すぎたか?全く貧弱な奴等だ。我等ヘイオス兵団が居るからこそ安寧と利益が保たれているというのにこの為体。まぁいい。おぃお前らっ!コイツ等を端に寄せろ!腐っても平民!この一発で許してやろう!」
兵士がそう言って指を鳴らすと無数の鞭が気絶した者達に降り注いだ。倒れた者達は痙攣しながら身体を跳ねらせ、端に寄せようとした群衆達は鞭に打たれた痛みを必死に堪える様に呻き声を上げていた。
ウルの重々しい重圧が更に増していく。
「これ以上ウルにこの光景を見せるのはマズイな…一旦離れるぞ。」
其れからは急いで屋根伝いに移動しその場を離脱した。
ウルの放つ重圧はこの国の人々が耐え切れるものでは無いのか所々で倒れ込む人々を横目で確認した。
脇目も振らず走った所為でいつの間にか通った屋根上は崩壊し大通りからかなり離れた距離まで移動していた。
王都の外縁近くの丘に着いた頃にはウルの放つ重圧もなんとか収まってくれていた。
どうやら少しは落ち着いたようだ。
「落ち着いたか?」
「うん…ごめん…なさい…」
「謝らなくていい。アレを見て怒りが湧くのは当然の事だ。寧ろ俺の方が…」
「…大丈夫?」
「いや、なんでもない。とにかく此処で少し休もう。」
二人で背を当て座り込み空を見ていた。
どれだけの間見ていただろうか。
いつの間にか辺りは夕焼けに染まり始めていた。
あの時、俺はウルとは違う感情を抱いていたと思う。
関わりたくない。見ていたくない。この場に居たくない。ただそんな事ばかり考えていた。
ウルのようにあの兵士達に敵意向ける事さえ無かったと思う。
また自分の悪癖を嫌悪してしまう。たとえどんな力を得たとしても俺の根底にある腐り切った性分は変わる事など無いのだろうか。
そんな事を考えながら、空を見ていた。
「ほっほっほっ。こんな所で二人して日向ぼっこでもしておるのかのう?」
丘の先から声が聞こえた。
夕陽を背にした人影が此方にゆっくりと近づいてくる。
「誰だ?」
「ほっほっほっ。そう身構えんでも良い。其方のお嬢ちゃんは敵意を向けておらなんだろう?」
視線を横に向けるとウルは呆然とした顔でその人影を見つめていた。
「彼奴の魔力の残滓を追っておったのじゃが思わぬ出会いもあるものじゃな。ほれ、儂に敵意はない。じゃから先ずはその警戒を解いて欲しいんじゃがのう。」
俺は無意識に大太刀に手を添えていた。
「もう一度聞く。アンタは何者だ?」
「儂の名かのう?儂の名はヴィンセント・ベンバック・アロンガルト。ルルイエの賢者にして恐らくお主の出会ったフィールの師匠じゃよ。」
赤く染まる夕焼けの丘に現れた老人が優しい笑みを浮かべてその名を名乗った。
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