十五話 魔法少女–Magical Girl–(フィール・ベンバック・アリシア)

「キミタチキミタチっ!今魔導書…グリモワールの話をしてたかなかなっ?ウチもその話、一緒に詳しく聞いてみたいんだけどいいかなかな?」


唐突に間に割って入った少女は二人を眺めながら不敵な笑みを浮かべてニヤついている。


「盗み聞きとは失礼なお嬢さんですね。いきなり何ですかアナタはっ!」


「まぁまぁいいじゃん!会話が聞こえてきたんだからからっ♪そ、れ、よ、り!グリモワールの事話してたでしょでしょっ☆」


俺とワンダの肩に手を掛けて馴れ馴れしい態度で顔を近づけてくる。キラリと光る黒縁眼鏡が邪魔くさいな。


「ワンダの知り合い、ではないか。」


困り顔のワンダに顔を向けながらも目線が無意識に白い首筋をなぞりながら斜め下に向いて行く。


これは男として極々自然な反応なんだから仕方がない。


肩先で引っ掛けて着るような胸元の広いセーターが形創る胸元の更に奥の暗闇の洞窟から慎ましやかな白い盃の先に小さく実る桜の蕾が見え隠れ…


あれ?下着は?


「初めてお会いする方ですよ。お嬢さん、話に混ぜるかどうかはさておき先ずは自己紹介からお願いします。」


「そうだねっ!忘れてたかなかな?ウチはフィール!フィール・ベンバック・アリシアっ!ルルイエで憧れの上級魔導師を目指して絶賛お勉強中の努力する魔法美少女だよだよっ☆」


魔法少女…俺の世界の魔法少女といえばフリフリの衣装に身を包んで豪勢なステッキを武器に魔法の矢を放ったり、魔法とは思えない肉弾戦で敵を倒していくイメージだが、服装はワタシ、正統派魔法学校の生徒です!って感じだ。


モスグリーンのアーガイル柄のスカートに薄いベージュのラインが緩めのセーター。肩にかけた深緑のローブには何処かの国のマークらしい刺繍が縫い込まれている。


暗い深緑の髪は癖っ毛が強そうな寝癖と紙一重のボブヘアーに縁が分厚い黒縁眼鏡…見る人次第では可愛く見えるのかも知れないが、イメージとしては図書室の一角で山積みの本の中グフフっ…とか言ってほくそ笑むオタク少女って感じだ。


少なくとも俺のイメージしている魔法少女からは遠くかけ離れている。


一言で纏めよう。喪女っぽい。


「俺は天知 健、こっちはワンダだ。それで?その可愛らしい魔法少女さんが何の用だ?」


「可愛いらしいとかとかそんなでもないかなかなー☆いやでもでも真の魔法少女なんだからから可愛いのは当然、当たり前というか標準装備?みたいなものかなかなー♪あ、いやウチが可愛いんじゃなくて魔法少女だからから可愛い、寧ろ真の魔法少女であるウチが可愛い…可愛いは正義!可愛い正義の魔法少女フィールちゃんだよだよっ☆」


見た目と中身のギャップがすごいな。努力する魔法少女じゃなかったのか?


「あぁ…はい。で何の用だ?」


「その凍りつく様な冷たい目線はナゼかなかな!?」


「いや、特に用がないなら二人で飲むか。な、ワンダ。」


「ちょっちょっちょっ!待つかな待つかなー!!」


奥の席から椅子を引き摺りながら持ってきて二人の間に強引に入り込んだ。


「実はウチ、アトリビュート・セレマが苦手でいくら練習しても上手く発動できないの!それでねでねっ!古い魔法書にはバフ系統やデバフ系統の魔法や封印術式なんかも多く載っているって聞いて適正があるかどうか調べる為に探してるのっ!!でねでねっ!魔導兵器技術の発達も盛んなこの国に来て魔法書を探してたんだけど、幾ら探してもグリモワールなんて何処にも出回ってなかったワケっ!関係無さそうな場所も隈無く探したんだけど誰もグリモワールに関する情報も持ってなかったんだよだよっ!!もーっ!!て思って諦めて帰ろうとしてたんだけどけど、せっかくここまで来て成果なしじゃ来た意味ないでしょでしょ?だからせめて王都で有名なこのお店で美味しいものでも食べて帰ろっかなかな〜って思ってお店に入ったらオニーサン達の話が聞こえてきたんだよだよー!」


怒涛の勢いで話し始めるフィールと名乗る眼鏡少女。


駄目だ。だよだよかなかなと煩すぎて話が全く耳に入らない。もっと普通に話してほしいんだが。



「よく分からんが言いたい事は何となくわかった。だが俺もワンダから話を聞いてただけだからな…」


「じゃあウチも一緒に聞く聞く〜♪」


俺の腕にしがみ付くフィール。


馴れ馴れしいを通り越して厚かましいな。


「俺じゃなくワンダに頼むとこだろ?」


「ワタクシとしては彼女にはあまり興味はありませんね…厚かましいですし、口も軽そうですし…何よりキャラがワタクシと若干被っている様な気がしてなんか気に入りませんなっ!」


喧しいのは確かに被っているな。


「いーじゃん!?ケチケチー!!!」


「ケチとは何ですか!?ワタクシはケチケチではありませんっ!ワンダという立派な名前があるのですよっ!」


「じゃあじゃあワンダちゃーん♪お願いかなかなー☆ウチに合うグリモワールがもしかしたらそのっ!ワンダちゃんのお話の中にあるかもしれないかなかな☆なんならもっと抱きついてあげちゃうかなかなっ♪ほーれっほーれっ♪」


ワンダが喪女に襲われている…矛先がワンダに向いてよかった。


「ちょっ!やめっ…そんな慎ましやかな胸で抱きつかれても…」


「それはちょっとヒドイんじゃないかなかなっ!寧ろマニアにはチョーウケがいいんだからからからっ!ほらっ?ほらっ!ねーお願いーお願いかなかなーっ☆」


これでは収集がつかないな。


しかしこの喪女はどうやら何らかの魔導書を探している様だ。つまり魔導書についてそれなりに詳しい可能性がある。


「魔導書を探してるんなら使いこなせるだけの知識はあるんだろう。ワンダが話して問題無い内容なら一緒に聞いて貰っても良いかもしれないが。」


ワンダに目配せをすると意図を察したのか少し考えこんでワンダが答える。


「そうですね…フィールさんと言いましたね。貴方は魔法や魔導書に関してどれ程ご存知なのですか?」


「んー。ウチはこれでも魔法少女だよだよ?魔法は…実技はまだまだ修行中だけど知ってる事は結構多いかなかな☆フィールちゃんにかかれば猛勉強したウチの知識でチョー難解な解読もチョチョイのチョイかなかなっ♪健気にチョチョイと頑張る汗と涙の魔法美少女、プリティガールフィールちゃんだよだよ☆」


可愛い正義の魔法少女はどこいった。ブレブレじゃねーか。


「ケンさん、この方ホントに大丈夫ですかね?」


「んー、まぁワンダも似たような者だしな。」


「ワタクシがこの方と一緒…」


グラスを傾けながら深く肩を落としているな。しかし調子に乗っている時のワンダの話もこんな感じだぞ。


「初対面のこんな可愛い女の子に言い寄られてるんだよだよっ☆少しは優しくしてくれてもいいんじゃないかなかな?」


「自分で可愛いと言う女性にろくな方はいませんっ!まぁ魔法に手を染める方々には魔導書や魔道具に関する情報は喉から手が出るほど欲しいものでしょうからな。」


「お兄さんは魔道士かなかな?魔力の気配はあんまししない感じだけどけど。」


「ワタクシの本職は語り屋ですよ。もしかしたら貴方の知りたい事も語れるかもしれませんね。」


「確かにそういう伝承や記憶なんかに珍しいグリモワールの手掛かりがあるって話も聞くかなかな。語り屋さんなら色々なところを飛び回ってるんじゃないかなかな??グリモワールがありそうなとこ、知ってるんじゃないかなかな?語り屋さん教えて教えてー♪」


ワンダの両肩を掴んでガクガク揺すっている。そんな事したらワンダの酔いが回ってしまうぞ。


「そっそこまで教えてほしいと言うなら魔法に関してワタクシ達の琴線に触れる様な話でもしてほしいものですな。」


何だかんだで利益を見据えて話を引き出そうとしているワンダは商売事に向いてるんだろうなと思う。魔導書に関してはあまり知らないと言っていたのに自然にブラフやハッタリかましているしな。


「んー…琴線に触れる話かなかな?二人は魔法は使えるのかなかな?」


「俺は使えないな…知識もないしな。」


「ワタシも使えませんね…そもそも魔力量が少ないらしいですしね」


「そっかそか。話じゃないんだけどけど…そんなお二人にご・て・い・あ・ん❤︎フィールの誰でも簡単!3日で使える魔法講座♪フィールズ・マジック・ブートキャンプを教えてア・ゲ・ルかなかな☆」


それからは散々だったな。


魔法を教えてもらえる聞いてと内心グッと心を掴まれた俺達はフィールになんとか恩を売っておこうと酒を勧めたのが失敗だった。


話を聞き出そうと酒を注いだその場で一気に飲み干すフィール。ワンダもノリを合わせる様に一気飲みした途端に二人のテンションが急変しやがった。


「実はさー、ちょっと前に師匠のグリモワールを勝手に使っちゃった上に失敗しちゃって燃えちゃったからから急いで逃げ出してきたんだけどけど、ウチの師匠、そういうの絶対雷落としてきちゃうわけわけっ!だからから絶対に捕まりたくないんだよだよっ!ウチとしてはもうちょっと弟子の失敗にも目を瞑って優しくしてくれる師匠の方がいいんだけどけど…」


フィールはフィールで酒を煽りながら延々と師匠とやらの愚痴ばかり、ワンダはワンダで何処から話が逸れたのか、旧インスマスの辺境から生まれた勇者の英雄譚を声高々に語り始めて延々と一人劇を披露していた。


最後の方は店の客まで周りを囲んでワンダの一人劇を騒ぎながら観賞する始末。


「其れでは皆様っ!これからも劇場ワンダをどうぞ!どうぞ宜しくっ!暖かいご声援、拍手喝采!誠に、誠に有難うございまあしぃたぁ…ぶへっ!」


いつの間にかフィールも観客に紛れてドンチャン騒ぎを起こしながらワンダと一緒に踊っていたしな…結局最後はカーテンコールの一礼と共に二人とも頭から床に突っ込んでぶっ倒れた。


酔い潰れた二人の足を掴んでズルズルと床を引き摺りながらウルの眠る借り部屋に向かった。


二人は口元から独特の酸っぱい臭いを漂わせているので担ぎたくなかったのだ。大きな獲物を引き摺って持ち帰る狩人の姿をイメージしてくれると分かりやすい。


フィールは既に三度程店の裏でキラキラしたモザイク処理が必要な物を吐き出している。


こいつら、本当に勘弁してくれ…


部屋に戻ると物音に気付いて起きたのかウルが目を擦りながら欠伸をしていた。


「煩くしてすまないな。」


「だい…じょうぶ…その人誰?」


「部屋を貸してくれたこの酒場で知り合ったんだが酔い潰れてしまってな。」


ウルの隣のベッドにフィールを放り投げワンダはソファに投げ捨てた。


「まだ日は登ってないからもう少し寝ていたらどうだ?俺も流石に眠いしな…」


「こっちで寝る?」


ウルが自分のベッドの隅に寄る。確かに横になる場所は既に埋まっているが…


「いや、流石にそれはな…俺は椅子に座って寝るから大丈夫だ。」


化粧机の椅子を壁につけ寄りかかるように椅子に座り壁に保たれる。


「大丈夫?」


「ああ…大丈夫だ…ウルもゆっくり…寝…」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


窓から差し込む日の光が指し暗闇が一瞬にして白く染まっていく。


朝起きると膝に紺桔梗の衣が肩に掛かり太腿の間にウルが項垂れるように顔を埋めている。側から見るとかなり危険な態勢だ。


「おい起きろ!この体勢は流石に不味い。」


「あ、起きたのかなかなか?それより誰その可愛い子っ!!」


「ん…おはよ…」


「ケンちゃんも朝からお盛んかなかなぁ。そんなところに女子の頭を埋めさせちゃって…一体ナニをサセてたのかなかなっ☆」


満面の笑みでフィールがこちらを眺めている。何だその顔は。


「疚しい事は何もしてない。俺は無実だ。」


「知ってる知ってるかなかな♪最初に見た時はビックリだったかなかなっ!ホントに咥えてるかと思ったんだからからっ!」


「決して咥えさせてはいないっ!というか直球で来るなっ!」


「そのお股を濡らしているモノは果たしてどちらのお汁かなかな?」


肩を揺らしながら笑ってやがる…この猥褻魔法少女め。


「オッサンのセクハラみたいなツッコミはやめろ。」


足に凭れ掛かるウルの肩を取りベッドに座らせる。


「初めましてかなかなっ☆ウチは魔法少女のフィールていうかなかなっ♪ウチもこんな可愛い女の子とイチャイチャラブラブしたいかなかなー♡百合展開もウェルカムだよだよっ♪ヨロシクかなかなっ☆」


「ユリ?…ウ…ウル。宜しく…です。」


覚えなくていい。ウルには覚えなくて欲しくない。


「キャーっ☆☆何この子、仔犬みたいかなかなっ!肌もモチモチスベスベで気ん持ちいいーかなかなっ♪んーっ堪らんかなかなーっ!!」


フィールがウルに抱きついて頬を擦り合わせている。ウルは成すがままにされているが少し迷惑そうにしているな。てか舐めたっ!

コイツ、ウルの頬を舐めやがった!


「朝から騒がしく百合百合するのはやめてくれ。というか舐めるな。」


「えーっ、だってーめちゃくちゃ肌触りいいんだよだよ♪もっと舐めたい…寧ろミステリアス魔法少女のお姉さんがイチからジュウまで…色々と教えてアゲヨウかなかなっ!」


ツッコミどころがありすぎて疲れる。


「や…やめて…離して…」


「ウルも嫌がってるから離れてやれ。それよりも起きるのが早かった様だな。ワンダなんて未だにあんな感じだぞ?」


ソファの上で尻を突き出して寝ているワンダを顎で振る。


「ウチはまだまだピチピチの十代だからからから☆さっき酒場の人に頼んで水浴びしてきたかなかな☆」


ウルを離す素振りがないな。首にはタオルがかかって水の滴る髪と木漏れ日で煌めく肌の水滴が男心を擽ってくる…喪女で喧しくははあるが、これはこれで嫌いではない。


「そういえば昨日のたった三日で魔法が習得出来るみたいな話をしていたが本当に出来るのか?」


「もっちろんだよだよ☆あ、但し初歩中の初歩の魔法が使える様になるのが3日だからから。それより先は人それぞれだよだよ?」


「魔法?ソートと同じ物?」


ウルの掌から炎が灯った。そういえばウルはソートの記憶を覗いていたんだったな。


「あ、やっぱりこの子は魔法使えるんだねだね!ウルちゃん?だったかなかな。ウチとパートナーを組んで二人で夢にトキメキっ☆明日にキラめく魔法少女を目指しちゃおうなのなのっ☆」


「ウルが魔法を使えるとなぜわかった?」


「そりゃあ魔法少女だからねっ☆それにウルちゃんのスベスベフニフニの肌から安定した魔力の層が感じられたからから。ウチじゃ触ったり舐めたりしないと分かんないけどけど師匠なら多分、一目見ただけで見抜いちゃうかなかな。」


「それでウルを舐めてたのか。そういう趣味かと思ったぞ。」


「それは否定できないかなかなっ☆可愛いは甘くて美味しいかなかなっ♪でも多分だけどけどケンちゃんも素質はあると思うかもかも?」


「俺は舐められてないが分かるのか?」


「それはウチに振ってるのかなかな?ケンちゃんも中々エッチなんだねだねー♪ソ・ン・ナに舐めてほしいならウルちゃんと一緒に今から楽しいコトでもしちゃうかなかなっ♡」


「阿呆か。そういう意味じゃな…話を戻すぞ。俺も学べば魔法を使えるのか?」


「ウルちゃんが出した「アフム」みたいに種火を出すだけの初歩魔法ならホントは誰でもできるかなかな。でも一般的に使われる生活魔法からはわっかんないかなかなー。なんていうかケンちゃんもウルちゃんも出来そうっていう雰囲気を感じただけだからから。」


「その誰にでも出来るっていう魔法の初歩を教えてくれるって認識でいいのか?」


「そうだねだね。ホントは簡単な魔法なら誰でも使えるんだけどけどキッカケに気付かないから使えない人達の為のフィールズ・ブートキャンプだよだよっ☆」


体を傾けてマッスルポーズをとるな。彼の有名漫画の船大工か。


「とにかくその為に朝早く起きたんだからからっ!其処のオジサンも叩き起こして早速特訓開始っ!だよだよっ☆」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ぐぇぇぇっっがはっ!?」


フィールがワンダに向かってダイビング・ボディープレスを決めて叩き起こしてから王都の外れにある森林公園に移動した。


「あたたたたた…あのですね、起こし方はもう少し考えてくださいよ…。朝から腰がガクガクなんですから。」


「朝からそんなに腰を摩ってたら昨日の夜頑張りすぎちゃったって勘違いされないかなかな?」


「誰の所為だと思ってるんですかっ!それで?こんな樹々に囲まれたところまで来て何をするんですか?」


「昨日言ったかなかな?キミタチに魔法を教えてあげるんだよだよ♪そ・の・か・わ・り、終わったらグリモワールの件、宜しくだよだよっ☆」


「まっ任せてください!魔導書の件ですよねっ!忘れていませんとも。三日は掛かるんでしたっけ?」


ワンダの目が泳いでいる…まぁハッタリをかましたワンダの話に乗ってフィールが勝手に話を進めているだけだからな。


「おい…大丈夫なのか?」


「まぁ話せる事が何もない訳では無いですし…後の事は流れに身を任せましょう。」


「こら其処っ!コソコソ喋らずちゃんと先生の話を聞くかなかな!ウルちゃんは魔法が使えるから助手役だよだよっ☆」


何処から準備してきたのかウルとフィールは白衣を着ている。フィールは唯のコスプレにしか見えないがウルの方はラノベに出てきそうな寡黙な女マッドサイエンティストみたいになっている。ダボダボの白衣が全身を包んで全体的に真っ白だ。


「レッスンもいいんだが今日は行商手形の発行手続きとかもしなきゃいかんのだが…」


「大丈夫だよだよっ!最初は座学みたいな説明だから一時間くらいで終わるんじゃないかなかな?レッスン自体は一日中行うけど、お出かけしながらできるイメージトレーニングみたいなものだから問題ないんだよだよ。」


それなら問題ないな…それにしても朝から元気な小娘だ。

昨日あんなに酔いつぶれていたのに…


「それでは天才魔法美少女・フィールちゃんの誰でも簡単!マジック・フィールズ・ブートキャンプを始めちゃうんだよだよ〜っ☆」


フィールの説明では魔力とは全ての生物に少なからず己の中に内包している力であり、魔法を扱うにはその力の原理を知り感じる事が大前提として必要だと言う。


「だから魔法を使えない人の大半は魔力がどこから、どんな風に生まれるのかを理解していない人か、理解してても力を感じ方が分からない、或いは自分が魔力なんて持っていないって無意識で思い込んじゃって諦めてるから魔法を発動できないんだよだよ!」


「そういう物なのか。知る事と感じる事…思い込みか…」


「魔力の大元である魔素は簡単に言えば生命力其の物というか生命エネルギーの大半を占めるエネルギー増幅因子の事なんだよだよ。」


「厳密に言うと感象因子って呼ばれる代物で目にも見えない、空気すらも無い場所でさえ確かに存在している存在証明の必要要素なのなの。」


「説明がよく分からないんだが…」


「例えば目の前に何も無い空間が広がってたとするかなかな。でもケンちゃんは「何も無い」って事を理解している訳だよねよね。」


「その「何も無い」を認識させているのが感象因子かなかな。感象因子すら無い場所は「何も無い空間」を認識する事さえできないからから認識出来る場所にはどんな所でも感象因子である魔素が目に見えなくても確かに其処にあるって証明できるかなかな。」


「えっと…じゃあどんな場所でも認識出来る限りの全てに魔素が内在してるって事でいいのか?」


「感象因子は今のところ魔素以外には発見されてないからからそういう認識でいいかなかな。」


「その魔素が生命の根源である「生源」を増幅させて魔力を発して、現象として発現させたものが魔法なんだよだよ。」


「生源とは何ですかな?」


「生源は分かりやすく言うと寿命の総量みたいなものかなかな。命其々に違いはあるけどけど、命が生まれた時点で決められる限られたエネルギーの事かなかな。これが無くなっちゃうと寿命が無くなって死んじゃうかなかな。」


「何となく…理解したようなしてないような…」


「ちょっと待ってくれるかなかな。『火湧く水よ、湧き出でよ。万象の理を持って彼の者の前に集え。ヴェン・ネロウサ』」


フィールが呪文を唱えるとウルの目の前にチカチカと光る小さな光の粉が集まり始める。


「ウルちゃん、今から作る水の玉をアフムで炙ってくれるかなかな?」


「うん。わかった。」


次第にウルの目の前に透明の液体が集まり小さな玉が宙に浮かびあがった。その玉にウルが火を出して炙っていく。玉に触れた炎は瞬く間に玉を包み込み勢いよく燃え出した。


「ウチが作った玉が生源でウルちゃんの炎が魔素かなかな。玉の中のエネルギーを媒介に使って炎を更に大きく燃え上がらせてるのがわかるかなかな。その代わりに玉のエネルギーは燃える度に小さくなっていくんだよだよ。基本的にはこんな仕組みで魔力を引き出すかなかな。」


「理屈は分かった。じゃあ魔法を使う度に寿命が減っていくのか?」


「理屈としてははそうだけどけど、一概にそうとも言えないかなかな。魔素は生源にも変換出来るし逆もまた然りかなかな。氷と水の関係でもあり、火と油の関係でもあるって言ったほうが分かりやすいかなかな?」


「それは分かりやすい例えだな。じゃあ外から魔素を取り込み続ければ永遠に生き続けられるのか?」


「そこはまたちょっと違うかなかなー。先ず肉体の老化や精神の汚染もあるからかなり難しいかなかな。そもそも魔素と生源の変換も魔力発生時の混成の際の微かな化学反応みたいなものだしだし、寿命を大きく左右するだけのエネルギー量を変換できるのは賢者級の大魔法師による禁術やエルフなんかの一部の長命種くらいだからから。でもでもずっと魔法を使ってると少なからず影響は受けてる筈かなかな。」


「確かに簡単に寿命が増やせるなら誰もがやらない訳が無いですからな。魔導師や魔法使いが種族問わず比較的に寿命が長いといわれているのにはそういった理由があったんですね。」


「次はその魔力を感じる為の訓練をするかなかな。ウルちゃんはウチが今からする事を見て真似して欲しいかなかな。」


フィールが俺の鳩尾辺りに手を置いて目を閉じ意識を集中している。


「今からウチがケンちゃんの魔力の奥底にある生源を刺激してみるかなかな。多分お腹の底辺りが熱くなるように感じるからから、その感覚を感じたらまずは身体中に広げるようイメージするかなかな。」


「おっ、おう。分かった。」


チチチ…


小鳥の鳴き声が聞こえる。森を吹き抜ける爽やかな風が心地いい…


「んーーーー???…おかしいかなかな…」


フィールが手を当ててから結構な時間が経っているが特に何も感じないんだが。


「いつまでこうしてたらいいんだ?」


「いやっもうちょっとかなかな!えっと…あーん!ずっと魔力を探ってるけどけど全然生源が探り当てられないかなかなーっ!」


泣き喚きながらも必死に集中しているフィールをウルが覗き込む。


「やり方は見て分かった。ウルがやっていい?」


「いいけどけど…かなり奥まで潜っても全然見当たらないからからちょっと難しいかもかも…ちょっと休ませて欲しいかなかな…」


手を離したフィールは青白い顔でその場に倒れ込んだ。

駆け寄るウルの足にしがみついて頬を擦り付けている。やはり変態か。


「じゃあ…ウルの番。」


「ああ。無理そうなら諦めていいからな。」


ウルが鳩尾に手を触れ暫くすると身体の中に何かが駆け巡る感覚が襲った。


「うっ!?なんだ?身体中がゾワゾワする!腹が…むず痒いっ!」


「見つけた。これを触るんだよね?」


「うっうん。や、優しく撫でるように慎重に触れるんだよだよ?」


「こう…かな…」


ウルの言葉と同時に腹の底から熱湯が湧き出したかと錯覚する程の熱を感じ一瞬で高熱が身体中を覆い尽くした。


額から汗が噴き出し激しい目眩に襲われる。そのまま崩れるようにウルに覆いかぶさった。


「かっ身体が…熱い…インフルエンザにでも、罹った感じだ…」


「大丈夫かなかなっ!?とっとにかく今感じている熱を身体中に広げ…」


「既に身体中が熱いっ!ここから…どうすりゃいい…」


意識が朦朧としてきた。視界が次第に歪んでいく。


「落ち着いて…ウルを感じて、流れに任せて。」


「ウ…ウル…」


ウルが俺を抱き寄せている。何というか…何かが自分の身体に繋がった様な感覚だ。背中に回るウルの手に熱が引き寄せられて凭れ掛かった肩から俺の首筋に温かい熱が流れ込んでくる…。


「「はぁ…はぁ…」」


互いの荒げる息がシンクロしていく。息が合う度に身体中の熱が次第に収まり、腹の底に蠢いていたマグマの様な熱が熱を発しながらも安定していくのを感じた。


「暫くこのままでいて。」


互いの額が重なった。目前の甘い吐息が感情を昂らせて今にも…その唇を…


「はっ!?」


意識を失っていたのか…目の前には豊かな胸の丘からウルの顔が覗いている。どうやら膝枕をしてくれているようだ。


「目を覚ました様ですね。気分は如何ですか?」


「ああ…大丈夫だ。何というか、フワフワとした感じがする。」


「心配したんだからからーっ!!ホントに悪いところは無いかなかなっ!?」


泣きながら抱きつくフィールを頭を撫でて宥めた。


「大丈夫だ。寧ろ力が溢れてくる様な感じがある。」


「慣れるまではウルが巡る様にしてるから。」


「ウルの力のお陰か。」


「巡らせてるだけだから問題ない、はず。でも慣れるまではあんまり力は使わない方がいい。」


「そうだねだね。ケンちゃんの特訓は一時中断した方がいいかなかな。まだ日は高いけどこれからどうするかなかな?」


確かにまだ日は高い。気絶してから目が覚めるまでそんなに時間は経っていないようだ。


「もし身体を動かしても無理がないなら行商手形を取りにいきますかな?この書類さえ書いて頂ければワタクシ一人でも入手できますが…」


「いや、予定通り手形を取りに行こう。フィールもいい加減離れてくれ。立てないから。」


結果、魔法が使える様になったとは言いがたいが不測のアクシデントから事無きを得ることはできた。


フィールに出会ってから色々と振り回されている気がするがあまり気にせずに行こう。

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