十三話 魔石の価値–value−(バリュー)
夕焼けに染まる街並みを眺めながら三人は目的地の宝石商に向かっていた。
街中は賑わっており、人や亜人、獣人など様々な種族が往来している。
ヘイオス王都は簡単に言うと中世西洋風のゲームなんかで良くある街並みだ。石畳の街道や煉瓦造りの家や大きな建造物があり、街の周囲には城壁や堀が巡っている城塞都市だ。
「思っていたよりも活気があるな。何というか想像通りの異世界都市って感じだ。」
人混みが多い所は正直苦手だ。
これまでがウルとソートの二人くらいしか周りに居なかった事もありギャップがあったというのもあるが、元々の世界でも人の多い場所には好んで近づく事は少なかった。
しかし目の前に広がるのは一度は夢見た異世界風景。心が踊らない訳がない。
ソートの様な獣耳を持つ俺好みな獣耳種族を始め、顔立ちや体格がソートよりも獣寄りな獣人、イメージそのままのドワーフ、あれは…魔族か?蝙蝠の様な羽に羊の角を生やした様な青い肌の種族もいる。
これならウルの身形でも違和感なく過ごせるだろう。
あ…あれはエルフっ!やっぱり耳が尖っている!顔立ちもスタイルも…やはりいいな。
流石は異世界。
「やへてくれないかウル。ほれは今必死に情報収集ほしている。」
後ろから俺の頬を思い切り抓っている。
「女の子ばっかり…見過ぎ」
「それは仕方ない。漢は皆そういう生き物なんだ…」
「んーーーっ!!!!」
「ちぎれふっ!千切れるからやめなさいっ!」
強引にウルの手を振り払い再び前を向く。あまり近づかれると胸が頭に当たって色々と困るんだが…
見た目の年齢に比べてウルはかなりのものを持っている。
しかし俺は声を大にして宣言する。
俺はロリコンでは決してない!
勿論アリコンでもハイコンでもベビコンでもない!
ロリコンでは…ない筈だっっ!!
道ゆく綺麗な女性を見ていると何となく心が洗われる。
「ケンさんはエルフに興味があるのですか?」
「そうだな…エルフも勿論いいと思う。見た目は綺麗で華やかだし何というか…気品みたいなものを感じる。しかし…やはりあの獣耳と尻尾は…いいなっ!」
「だからソートをいっぱい撫でてたんだ。」
ウルの言葉に刺がある。しかしソートの性別は知らないがまだ子供だぞ?さっきも言ったが俺はハイコンではない。
「特に耳の長い動物は好きだぞ。昔兎を飼っていたし」
「それではラゴスですか。中々上級者向けの嗜好ですな。あれはサキュバスと近い性質を持つので一度深みにはまると中々抜け出せませんよ。」
「そんなにヤバい種族なのか?」
「ええ…それはもう。ラゴラスと同じく人の感情が大好物でして。ラゴラスの様に脳味噌ごと感情を喰らうまでの悪癖はありませんが、ああいった店では性的欲求を過剰に刺激させてその感情を食らうのですよ。行為の際は正に脳味噌が蕩ける様な夢心地っ!なのですが下手をすれば廃人、良くても数日程度は依存性が残るのですよ。一国の王が骨抜きにされて国に波乱を齎したなんて逸話もあるくらいですからね。」
ワンダめ。一度は楽しんでいるな。
そう、実はウルが道中可愛がっていたラゴラスという兎の魔物、可愛い見た目に反して感情を食する際に獲物の脳味噌まで貪るという大変危険な生物だったのだ。
普段は木の枝や崖で獲物を待ち伏せ、頭の角から感情を昂らせる幻覚魔法を電波の様に周囲に放ち幻覚を見せて感情を食らい欲求を満たすらしい。
微弱な魔法の為、高い魔力を持つ者や幻覚魔法に耐性のある者には殆ど無害だが、一度幻覚に嵌った者は強制的に感情を高揚させられる。
そうして獲物に近づき溢れる感情を喰らい尽くしていく。その際に感情が溢れ出す大元である脳味噌ごと喰べてしまうという極めて恐ろしい習性を持つらしい。
肩に止まるのも基本的にはその為の予備動作らしく、ウルの肩に留まっていたところを見たワンダが顔を青くさせて慌てて追い払おうとしたくらいだ。
「そんな危険な系譜を持つ種族が普通に街中を歩いて大丈夫なのか?」
横目でラゴスの女性を目で追いながらワンダに聞いた。
「ヘイオスではそういった規制はありませんね。他の国では一部で受け入れを拒否している国もありますが、サキュバスとラゴスの住む国は国力が潤うという格言もあるくらいですからね。男の性への欲求は額も深いという事ですよ。」
「なるほろな。おほことしへ理解へきなくはなひ」
「んーーーーーっ!」
だから頬を引っ張るな。胸を…押し付けるな!
そんな感じで街中を眺めながら目的の宝石商に辿り着いた。
既に店仕舞いの準備をしていた宝石商の女主人らしき人物に駆け寄るワンダ。
「リタさーん!その閉店ちょっと待ってください!上客を連れてきたんですよっ!」
慌てて駆け寄るワンダに驚き肩を上げる女主人。
「ひぃっ!」
「リタさん、そんなに驚かれてどうされたのですか?お久しぶりではありますが、まさかワタクシの顔を忘れたなんて寂しい事言わないでくださいよ。」
「誰がアンタみたいな騒がし奴を忘れるっていうのさ。それよりもアンタ、今まで何処ほっつき歩いてたんだい!?それに服も血塗れ……思わず変な声上げちゃったじゃないか!」
大人の魅力を醸し出している金髪の女主人が慌てるワンダを見て鍵を掛けようとした扉から離れて向かい合う。
「ちょっと入用なお客さんでしてね。できれば今日のうちに魔石の換金をしたいんですがどうにかお願い出来ませんか?」
女主人の視線が俺に向かう。足の先からつま先まで舐め回すように見ながら
「魔石の換金だって?見たところ剣は上等そうだけど、そこの不思議な格好のお兄さんが魔物を討伐できるようには見えないけどねぇ…」
魔石を換金にくる客はその入手方法故に大体が兵士か冒険者らしい。確かにそういった連中に比べて俺達の装備は貧弱と言われても仕方ない事だ。
鎧も付けていなければ盾も持っていない。
破れた肌着にチノパン、腰には抜身の刀だけ。
なので女主人の言い分も理解できるが舐められている様な気がして少し苛立たしい。
「これが換金して欲しい魔石、いや魔鉱なんだが…」
論より証拠。牛車の中で布に包んで隠しておいた魔鉱を女主人に見せた。
「これは…中々…いや、かなり上等な魔鉱だねぇ…」
「コホンっ…大変失礼しました。是非当店で査定させてください!」
口調が変わった。
客とわかればちゃんとした対応をするのか。日本ではあまり見ないが外国なんかはこんな感じの対応の変化は良くあると聞いた事がある。
女主人は姿勢を正して店の扉を開き会釈しながら店内へ三人を案内した。
「どうです?リタさん。中々の上客でしょう?」
「あれだけ高純度な魔鉱は市場にも滅多に流れませんからね…。取り扱いは難しいですが、あれだけの魔鉱を流せる店はこの街でも限られていますよ。もちろん当店ならお客様のご希望に添えるように売り捌いてみせますが…」
女主人のリタさんと呼ばれる女性は、純度の高い魔石や高価な宝石は一般の流通網で捌くには利用手段や顧客層の関係上難しい事や独自のルートを使って売り手の望みに近い買い手に売りつけられる事等を懇切丁寧に説明してくれた。
特に高純度な魔石や魔晶、魔鉱は利用価値が高く、国家機関から民間医療機関、エネルギー施設に技術開発に力を注ぐ商業団体など様々な買い手がいるらしい。
「まずは金額の査定を行いましょう。お売り頂ける魔石を全て拝見させていただけますか?」
豪華なテーブルや調度品に飾られた部屋に案内された。ワンダは店の裏で血まみれの外套を桶に入れて必死に洗っているようだ。
「今回はこれ一点のみですよ。」
細かな銀細工があしらわれたルーペを片手に魔鉱を眺める女主人。
「ちなみに魔石と魔鉱の違いはご存知ですか?」
「あまり良く知らないですね。」
「簡単に説明しますと魔石は広義で魔晶と魔鉱を含みますので総称して魔石と呼ばれています。其々の違いは生成過程の違いの他に稀少価値にも違いがあります。」
リタが説明を続ける。
「生成過程の違いについては一般的に魔石と呼ばれるものは魔獣の体内で生成された魔力が結晶化した物です。魔力を持つ人間や亜人からも採取されるケースがありますが、生成の条件として生命の危機に見舞われた際に自己防衛本能が働き保有する全ての魔力を一点に凝縮された物が魔石になります。しかし大半が魔石生成と引き換えに命を落とす為「無為の希望」や「命の涙」などと呼ばれる事もあります。」
奥から三種類の石を持ち出し、その内の一つを俺に手渡した。
「こちらが魔晶です。魔素濃度の高い洞窟や森など魔素の溜まりやすい一帯で長い年月をかけて生成された物が一般的で一部の地域では「息吹の宝玉」等と呼ばれています。」
再び別の石を手渡してきた石はウルが生成したものに似ている。
「そして魔鉱ですが、此方は山の地層や洞窟の岩壁等から発見される例が多いですね。魔晶以上に長い年月をかけて魔力を凝縮し生成される為、品質も高く含有している魔力も他に比べてかなり安定しています。魔晶と魔鉱はどちらも属性により色が違うのも特徴ですね。」
「魔力含有量については良く勘違いされがちですが品によって様々です。魔鉱よりも含有量の高い魔晶も稀ですが確認されていますし、高位の魔物や魔導師からは魔晶以上の魔力を宿す魔石が生成された例もあります。」
「今回の魔鉱は魔石の中でも最も稀少価値が高い種類に該当しますね。」
なるほど。非常にわかりやすい説明だ。
「査定するのはこちらの魔鉱一点だけですか。…やはりかなり高品質な魔鉱ですね。魔力含有量もかなり高い…。これだけの品であれば前金で1000万ペル…買い手が見つかれば更に6000万ペルでお取引出来ますよ。」
1000万ペルがどれだけの大金かわからないな…
「ワンダの話では行商手形を発行されるのでしょう?それを差し引いても、6000万ペルもあれば王都で十年は悠々と過ごせますよ。」
要は富裕層の年収レベルくらいか。ワンダが言っていた価値より高いのか?
「他の同業者やギルドの換金所でも3000万前後の値は付くと思いますが…正直あまりオススメはできませんね。手付金の即金でも100万ペルしかできない筈ですし、特に魔石類は買い手との仲介料や売却期間の関係で大きく値踏みする店も少なくはないでしょうから…」
「ワンダから聞いていたより価値が高いのはそのせいですか?」
「そうですね。ワンダの目利きは確かですし知識もありますが専門のルートなどにはいささか疎いですからね。私としてはあの人を雇って知識を叩き込んでから支店を構えたいところですが、あの人は放浪癖がありますから。中々に惜しい人材ですよ」
ワンダの評価が高いな。分からんではないがあの喧しさの中で仕事をするのは中々大変そうだ。
「如何いたしますか?」
徐に手を添えて返答を待つ女主人。
如何わしい店で接待されている気分になった。まぁされた事はないけど…
「分かりました。それで頼みます。」
「売却先にご希望はありますか?」
「んー…希望は特にないですが、なるべく早く売却できる方がいいです。ただ何となくこの国に関わる所は極力避けて欲しいかな。」
「何か理由でも?」
「特には無いですよ。ただこの国の前評判があまり宜しくないので可能なら市民や行商人の助けになる所を希望したいですね。」
添えていた手を口元に戻して微笑む女主人。
「では生産系ギルドや鍛冶連合に当たってみます。一応取引先に民間の医療機関や国家機関ですが民間医療援助をしている団体もあります。其方はどうでしょう。」
「そうですね…。其れなら其方も当たってもらってかまいません。」
「リタさん…でしたか。この件とは別件なんですが、とある魔石について聞きたいことがあるんです。」
「どのような魔石の事でしょう?」
「これと同じくらい光を放つ拳大程の白い魔石…恐らく魔晶について何か知っていますか?」
その魔石は先日、とある場所で見た魔石だ。ウルの生成した魔鉱と色が違っていたが同じ様な光を放っていた。
「白…拳大…そうですね…おそらく飛空挺の燃料に使われている魔晶の事でしょうか…」
「飛空挺?そんなものまであるんですか!?」
「かなり有名な話ですよ。元々技術自体は確立していたのですが、燃料問題が原因で開発に難航していた王国の戦術兵器です。この一年で燃料問題を国軍が解決して他国への侵略に大きく貢献したとか…先のインスマス連合国の侵略にも使われていた飛空挺の燃料がその大変珍しい風廻の魔晶であるという話は伺っておりますよ。」
もしかしたらと考えてはいたが、まさかここである考えが確証に変わるとは…
「そんな貴重な魔晶を何処から手に入れたかは不明ですが…大量の奴隷を触媒にして生成しているとか特級危険種の魔物の住処を極秘裏に兵を編成し討伐して大量に入手した等の色々な噂が立っていますね。」
「その魔石、いや魔晶は他の分野に利用されていたりはしていないんですか?」
「そのような話は聞かないですね。正直に申し上げると、現在国家機関の軍事部門と私達商人との魔石の売買はあまり需要がないんですよ。私たちが現在、魔石を主に取引しているのはエネルギー施設が最も多く、最近は医療施設への売却が活発になっていますね。戦争が頻繁に起こっていますから…」
「あまりいい流れではないですね…」
「軍事部門との交渉が少なくなったのは個人的に喜ばしい事なのですけどね…」
女主人のリタが奥の小部屋から札束を運んできた。
「こちらが前金の1000万ペルになります。」
二つの札束がテーブルに並ぶ。
こちらの金銭も大きな金額は紙幣なのか。日本とあまり変わらないな。
「売却前でしたら前金のご返却で商品を買い戻せますよ。他に何かご質問はありますか?」
「特にないかな。魔鉱の件は宜しく頼みます。」
「ありがとうこざいました。」
交渉していた部屋から出るとリタは大きく息を吐いた。
「あれだけの魔鉱の交渉は久々でしたから緊張しました。また御用の際は是非当店をご利用くださいね?」
腕に手を回して胸に埋めるリタ。悪い気はしない。むしろ嬉しいくらいだ。ちなみにウルは交渉の間ワンダと共にいる。
リタくらいの成人女性なら後ろめたい気持ちなく楽しい事ができると思う。まぁ今はそういった事自体にあまり興味は持てないが。
「魔石ってのは魔力を持つ者にとっては生命力みたいなものなんでしたよね。価値がある事も理解しましたが、こんな簡単に命を金で取引できるってのは余り良い気はしないですね…」
「この国でそういった事を言われる方は珍しいですね。ですが、どんな生き物であれど多かれ少なかれ命を奪う事で生き永らえていますから…私は手段が違うだけでやっている事は皆同じだと思いますよ。」
「えらく割り切った考え方をしますね。」
「そうでも考えていないとこのような国で商売は出来ませんからね。でも、貴方のその優しい考えは好きですよ。」
優しく微笑むリタ。
しかしその笑顔は冷ややかさを感じる人形の様な冷たい笑みだった。
「おかえり。」
「交渉は無事に終わりましたかな?」
店のカウンターに腰掛けながら商品を物色していたワンダが声をかける。
「無事終わったよ。ワンダが査定したよりも良い値になったようだ」
「やはりリタさんを紹介して良かったです!こと商売に関しては妥協を許さない方ですからね。」
「褒めてくれてありがとね。ついでにたまには店の手伝いでもしてくれると助かるんだけどねぇ」
「リタさんの頼みなら一考の余地はありますが…あいにくワタクシは物語を語り伝える根無し草。リタさんへのお手伝いは気前のいいお客のご紹介ということで……それよりも今夜此方の用事が済んだら四人で飲みにでも行きませんか?」
「生憎だけど魔石の売却先の選定やら書状の準備なんかで忙しくなるからまた今度ね。お兄さん、またウチに遊びにきてね!」
ヒラヒラと手を振るリタ。
交渉の時とは雰囲気がまるで違う。
だがどちらも大人の色気を感じる振る舞いだ。
仕事の時は真面目だが妖艶な振る舞いで普段は頼れるお姉さんって感じだ。
機会があればまた寄ってみよう。
「思いの他時間がかかったな。まだ武器屋は開いているのか?」
周りを見渡す限りでは酒場などの飲食系の店以外は軒並み店を閉め始めている。まだ日は暮れきっていないが元の世界に比べて営業時間は短いようだ。
「既に閉まっているでしょうが問題は無いと思いますよ。紹介する武具屋は店を閉めた後に裏で武具の製作を行っている筈ですから。鍛冶場を覗けば会える筈です。」
「なら急ぐか。出来れば今日のうちに服を着替えたいからな。」
店から出た三人は足早に武具屋に向かった。
「おやっさーん!お客!連れてきましたよー!」
鉄を打つ音が鍛冶場に響き渡る。其処は表に大きな店を構え、裏手に小さな鍛冶場を構えた造りになっていた。鍛冶場の周囲には様々な木材が立て掛けられ鉄塊や鉱石が積み上がっている。其処では体格のいい象の獣人とハムスターの様な尻尾と髭を生やした亜人の女性が忙しなく資材を運んでいた。
丸太を担ぐ亜人の女性に声を掛けると無言だが笑顔で鍛冶場の方に顎を向けた。向こうに行けということか。
ワンダが此方に振り返り唇に人差し指を付けて合図を出している。声を立てるなと言う事か。なるべく音を立て無い様に鍛冶場に入る。
「おぅワンダか!久しいな。なんだ?今日は連れが二人もいるのか?珍しいじゃねぇか!」
部屋の奥で鉄を打つ甲高い音が鳴り響く。背鰭の様な物が飛び出た背中と立派な尾鰭が見える。奥の人物は此方に振り返る事なく身の丈程の大きな金槌を振りかぶっていた。
「会話は小声でお願いします。」
ワンダが息を潜める様に小さな声で語りかけた。
「店を閉めた後で申し訳ありませんがお客さんを連れてきました。少々入用の為今から品を見繕って欲しいのですがお願いできますか?」
そんな声で聞こえるのか?此処から相手の距離まで結構あるぞ。
「おぅ!いいぞっ!だが鍛冶研ぎが終わってからだ。暫く待ってろ!」
その人物?は振り返ることなく大声で答える。よく見ると魚の様な…あれはイルカだ。イルカっぽい艶やかな肌とヒレを持つ体格のいい獣人か?身体の作りは人間に近い。亜人と獣人の境が微妙すぎてどちらか判別できない。
「おっと嬢ちゃん、其処の鉄には触れるなよ!鍛造した魔鉱を馴染ませてんだ。危ねぇからじっとしてなっ!」
「!?…はい。」
「触っちゃダメだった?」
また振り返りもせずに此方に反応した。
しかもウルの位置は向こうからでは資材に隠れて見えない筈だが…何処かに監視カメラでも付いているのか?
「暫く静かに待っていましょう。あまり作業場に近づくと怒られますよ。あの方はフィン・マッケン。世界でも指折の魔鉱技師です。お節介焼きで気は良い方ですがあの厳つい見た目で地獄耳ですから怒ると威圧感がす…」
「聞こえてるぞっ!誰が厳ついだっ!ったく、口だけは相変わらず達者な癖に至らねえ事をいつも付け加えるなって言ってんだろ!」
「其れがワタクシのイ・イ・ト・コ・ロなのですよっ!」
「はぁ…相変わらずだな全く…隣のアンちゃんも溜息付いてるぞ。たく…」
「!?」
よく分かったな!?耳がいいのか?
「ワンダ、取り敢えず黙って見てようか。」
暫くして奥の作業場から大きな金槌を肩に掛けた男が歩いてきた。
体格は人間だが胸元と顔以外はイルカの様な暗いグレーの肌。上半身は裸で背中と太い尻尾にヒレがあり顔には顎髭を生やしている。頭に毛は一本もないがグレーの肌が刺青の様に入っており、まるで何処かのギャングのボスの様な風態だ。
イルカというよりシャチを思わせる凶暴そうな雰囲気がある。年齢は…見た目は俺より年齢は高そうだ。四十代前半くらいか。
「で、客なんだろう?何が欲しいんだ?見たトコ冒険者って訳でもないようが…」
「取り敢えず服を一式揃えたいですね。其れにあわせて防具も見繕ってくれると助かるんですが…後はこの刀の鞘くらいですが…どうしました?」
説明をしながら刀を取り出してから男の視線がずっと刀に向いている。
「いや、かなりの業物を持ってるな。半端なもんじゃ鞘の方がダメになるだろ。それ。」
そうなのか?確かに切れ味は凄まじかった。
「ちょっと見せてみろ。…こりゃダメだな。ウチに其れを収められる鞘は今んとこねぇな。一時的なもんで良けりゃ身繕ってやるがどうだ?」
「そうですか。一時的な物でも構いませんよ。そんなにその刀は凄いんですか?」
刀身に月の光を当てて波紋を眺めている。その目は真剣そのものだ。
「こりゃ「無尽乃象」だな。中々珍しいもん持ってるじゃねぇか。コイツはな、人の手で打たれたもんじゃねぇ。俗に言う聖剣やら宝剣やらと呼ばれる代物と同じもんで要は自然に出来た剣だ」
「???説明がよくわからないんですが…」
「「すがたかたちにつきなし」っつってな俺にもよく分からんが概念?とか理?とかが形を作ってるんだと。」
益々よく分からん。
「まぁ売れば金になるもんだと認識したらいい。珍しいんだよそれ。魔法によるモンでもあるが切れ味特化なのは俺好みだな。」
説明が雑だ…このまま聞き続けても理解出来そうにない。話を変えよう。
「鞘は一時的な物でいいとして服や防具の方を優先したいです。予算は…ワンダ、どのくらいがいいと思う?」
「そうですね。金銭には余裕がありますし…先ずは予算は気にせずおやっさんに任せてみては如何ですか?体格や身体能力で身体に合う防具は違いますし、其処ら辺の目利きはおやっさんの右に出る者は中々いませんからね。」
「それでもいいが、コイツらだと結構高く付くと思うぞ?」
「まぁ身体に合った物の方がいいのは確かだしな。取り敢えずウルから身繕ってくれますか?」
鍛冶場から出ると弟子と思しき二人が挨拶してきた。
「私はダルトといいます。挨拶が遅れてすいません。師匠が鍛冶場にいる時は音を立てない様心掛けているので。」
一歩踏み出す度にドシンと振動が伝わる。そういえばさっき迄は忙しそうに走り回っていたにも関わらず二人の足音は殆ど聞こえなかったな。
「そゆこと!ワタシはフアロ・ナステリア・ロボロフスキー・アミュレータ。名前長いからフアロでいいよ。」
「俺は天知 健だ。こちらこそ宜しく。」
「…ウル。よっヨロシク」
ウルが自分から自己紹介したっ!なんか新鮮だ。短い期間だが少しずつウルの成長を感じるな。
「そこの裏から店に入れっから先に行って色々見ておきな。」
「分かりました。」
鍛冶屋の主人に言われるまま店の方に向かって行った。
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