十一話 夢見る語り部–wande–(ワンダ・グラウト)

「気をつけてくださいね」


ソートの頭を撫でると獣耳をピクピクと動かして身体をモジモジさせていた。


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朝食をとった俺達は少し話して出発の準備を進めた。

ソートにルルイエ聖皇国とヘイオス帝国、調べ物をするにはどちらに向かうべきか意見を聞いた。


「ルッルルイエは魔法がはっ発達した国ですから、世界を渡るという魔法なんかももしかしたらあるかもしれません。でっですが、何か調べるならこっ言葉が通じるヘイオス帝国で探した方がはっ早いと思います。」


「ルルイエではヘイオスの言葉は全く通じないのか?」


「そっそういう訳では…ないですが、ヘイオスには様々な種類のしょ商人さんがいます。中には通訳してお金を稼いでいる方もいっいますから其処で協力してくれる方をさっ探した方が早いはずです。」


「通訳…金か…」


人を雇うのであれば当然対価は必須だ。しかし肝心の金をどう調達すべきなのか…


「となればヘイオスの都市部で仕事を見つけて働いて金を稼ぐ…途方もなく面倒くさいがそれしか方法がないか。」


仮にルルイエに行ったとして言葉が喋れない上に、情報を探るならヘイオス同様何かしらの取引材料は必要になるだろう。そう考えるならヘイオスを拠点にした方が効率的…てはあるのか?


「あっ、あの…お金に関しては魔鉱を売ればもっ問題ないとおっ思います。」


魔鉱…ウルにソートが渡していたあれか。


「あの魔鉱にはどれだけの価値があるんだ?」


「えっ…えっと…其れなりの…おっお金にはなると…思います。」


ソートは目を逸らて焦る様に慌てて答えた。


反応から察するに結構な金額になるんじゃないか?ソートには感謝もしているし少しは仲良くなったつもりだ。


今更文句をつける事は無い。


「ソートは金が欲しくて魔鉱を欲しがったのか?其れとも別の理由があるのか?」


思い出したのは奥の部屋でのあの光景。ソートが優しく手を当てていた骨の様に真っ白な手。


「………」


「やっぱり話せないか。」


「いえ…妹の…為です…」


それ以上その事についてソートが話す事はなかった。


ウルは後ろで険しい表情を浮かべている。


ソートの頭の中を覗いたわけだから恐らく事情も知っているのだろう。後で其れとなく聞いてみよう。


その後は幾つかの話を聞いた後に荷物を纏めて出発の準備を済ませた。いい加減、替えの服や必要な備品を調達したいと考えていたからな。


服をソートに譲って貰らうことができたなら良かったのだが、生憎この家にはちゃんとした服というものが存在しなかった。ソートは布切れを着ているだけだし、もしあったとしてもサイズが合わないだろう。


ソートには一宿一飯の恩もあるからヘイオスへ行って身の回りの備品や衣服を揃える際にソートの服も準備して再びここに戻ってきてもいいかもしれない。


ヘイオスで仕事をしたとしても社会に縛られて決められた仕事を只只こなしていく様な生活をする必要もない。


所詮俺達は別世界の人間だ。


食糧についてはソートが色々な調味料を準備してくれていた様で準備の際に様々な調味料の瓶が並べられた鞄を手渡された。他にもソートからは餞別ということで幾つかの役立つであろう物を手渡されている。


なんだかんだでソートにはとても良くしてもらった。ある程度目処が立ったら一度は此処に戻らねばと心の中で誓った。


俺とウルは準備を整えてソートの家を出た。


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「じゃあな。恐らく一度は此処に戻って来るから、その時はまた一緒に飯でも食おう。」


「はっはい。ほっ本当に…あっありがとうございました。」


ソートに別れを告げて空に飛び立つ。


後ろ髪を引かれる思いを感じながら見上げた空はその心を映し出すかの様に薄暗い雲で覆われていた。


ウルも浮かない様子でソートに手を振っていた様で何度もソートの方を振り返っていた。


「ウルはソートの妹の事を知っていたのか?」


「うん…多分そんなに長くはない…と思う…」


できることなら助ける手伝いでも何でもしたいとは思う。


しかし俺は医者じゃない。助かる方法すら分からないのに不用意に手を差し伸べるなど余りにも無責任で傲慢な行為だ。


「例えばウルの持っている不思議な力でその妹を治す事はできないのか?」


付き合いはまだ一週間くらいしか経っていないが、その中でウルは様々な場面で力を発揮している。


ソートが欲しがっていた魔鉱も何事も無かったの様に目の前で生成していたのだから、ウルならば何かしらの手段でその子を救えるのではないかと考えていた。


「多分無理…ウルが力を抑えてできるのはあれ位まで。もっと治そうとすれば…やり過ぎる。」


「力の制御が出来ないから無理…か…」


「そういう問題じゃない。力の性質が許容出来るものじゃない。あの子を治すだけの力を使うなら、別に安定させる力が必要…だと思う。」


ケイオス帝国の言語を覚えてからより会話しやすくなっていると思っていたが予想以上に流暢になっている。


「もっと詳しく説明出来るか?」


「うん…魔鉱を生み出す力とあの子を治す為の力は似ているけど別物。ソートのやっている事もその場凌ぎにしかなっていない。溜めて、循環させて、混ぜて、必要な分だけ留めて、いらない力は捨てないといけない。」


「ウルの力は一つだけをそう在る様に決めるだけ。溜めるだけ、巡らせるだけ、混ぜるだけのどれか一つしか選べない。留めるだけじゃ溜まらない。捨てるだけなら全部消える。」


今になって気付いたがウルの一人称は自分の名前か。いや、今考えるべきはそこではない。


「その子を直すには力を複雑な工程と力を制御する必要があるという事か?」


ウルが頷く。


「一連の工程をそう在る様に決める事はできないのか?」


ウルが首を横に振った。


「幾つも決めるのはムリ。出来るけど、他の全部に影響を受けるから、それぞれが反発して壊れる。力が壊れたら相手も壊れる。だからダメ。」


ほんの僅かだがウルの力の正体が推測できた。


聞く限りウルの力は一つの結果を強制する力の様だ。


消えろと願えば対象が消え去り、力を溜めろと願えば力が溜まり続ける。


しかし力を溜めながら一定に調節しろという複雑な願いは力を生み出す事と力を消す事の最低でも二つ以上の結果が必要だ。


ウルの力だけでは相反する二つの結果を掛け合わせる事がウルには出来ないのだろう。


白か黒のどちらかは決められるが、中間のグレーを選ぶ事は出来ない。と言った所だろうか。


最初は強力で便利そうな力だと思ったが、色々な制限やルールがありそうだ。


「例えばだがウルの力を補助する事ができる魔法を見つけられれば併用する事は可能か?」


「多分、無理ではないと思う。でも問題は他にもある。」


「例えば?」


「ウルの力はずっと続く。だから一時的なものではダメ。」


「後は…ウルの力と同じくらいの力が必要。でないと調整できても不調を来すから。」


ウルの力がどれ程のものなのかは分からないが、どちらにしても先ず力を分析できる専門家が必要になるのだろう。


「ソートの記憶からそういう知識を引き出したりは…」


ウルが横に首を振る。


そりゃそうだ。この様子なら出来れば既にやっているだろう。


「ならば当面はヘイオスで身支度を整えて情報収集しながら翻訳できる協力者を探し、ルルイエに向かってウルの力を制御できる魔法を探しながら専門家に協力を求める。でいいか。」


やるべき事は決まったが果たして上手くいくのだろうか…。後半は殆ど希望的観測と運任せではある。


ヘイオス帝国までの距離は三日程度で到着できるだろうとソートは言っていた。


俺達は空を飛んで移動している分もっと速く着くだろう。恐らくは二日と掛からないと読んでいる。


但し天候が良い日の夜間移動は極力森の移動を控える様ソートに指摘されていた為、状況次第ではもっと時間がかかるだろう。


原因は昨日遭遇した怪物シアエガだ。


あの怪物は天候の良い闇夜に活動する事が多いらしく、特に森の中心部から見た外縁を取り囲む様に行動しているとの事だった。


これまで森の中心に出現する事は一度としてなく、シアエガの活動域は周辺地形の峡谷の数で見分けられるとの事だった。


そういった意味では今の天候は都合がいい。


暫く森を眺めながら空を駆けていると様々な魔物や動物を観察出来た。


身の丈程の大きさの蜘蛛の様な怪物から小さなシアエガの様な巨大なミミズの生き物、群を為して行動している犬の様な動物…あれはソートの言っていた「アフム・バグ」ではないだろうか?


確か魔物とはその身に魔力を持つ獣の事を総称して言うらしい。種類は火を吐いたり非物理的に空を飛んだりと個体によって様々な能力を本能的に使用できるとの事だった。


犬の群れは炎を吐いていたから魔物だな。


何かを追いかけている。


犬達が突き進む先には老人が連れていた牛に似た獣に跨って逃げ惑う一人の人影があった。


「な、なんでこんな事にっっっ!!ヒィィィッッ!?」


灰色の厚い毛皮が特徴的な牛に跨ってロデオの様に身体を振り回しながら必死に手綱にしがみ付いている。


外套の装飾がジャラジャラと音を立てながらぶつかり合い、小気味の良い音を立てている。外套や衣服の豪華さにそぐわない背中に背負った大きなリュックからは高そうな外装の本が見え隠れして今にも零れ落ちそうだ。


「ウル!彼処に降ろしてくれ!」


俺が指差した方向に進路を変更して急接近する。

今まさにその人物のリュックに向かって犬の魔物が飛びつこうとしていた。


「うまく避けてくれよ!」


空からその人物に向かって言い放ちながら衣を手にして犬の獣に鞭の様に打ち付けた。


飛びつこうとした犬は弾ける様に吹き飛んだが俺の方は落下の勢いがまだ殺しきれていない。


「おいおいおい!?ちょっと、そこをどけぇぇぇっっっ!!!?」


落下した勢いそのままに大きなリュックを担ぐ男に激しくぶつかり二人と一匹は地面に転げ回った。


「いったたたたっっ……いや、もう痛くはないんだが……って大丈夫か?」


そこには泡を吹く男が転がっていた。身体をピクピクさせて痙攣している。ウルがその男を見下ろしながら地上に降りて来る。


「大丈夫?」


「俺はな…て、おい起きろ!気絶している場合じゃないだろう!」


男の胸ぐらを掴み、激しく揺らして頰を叩く。男は目覚めると頬を赤く腫らせた顔で咳き込みながら答える。


「ガハッゴフッ!ブフッッ!?川向こうにお爺様が手を振って…はっ!?此処は何処ですかっ!?」


まるで漫画のような台詞だ。


周囲は既に犬の魔物に取り囲まれ、口元から火を吐きながら臨戦態勢を取っている。


「あわわわわわぁぁぁぁ……もうお終いだっっ!?此処で私は無惨にもあの炎に焼かれて魔物達の餌にっっ!?」


「じっさまぁぁぁ……オラもうおしまいだぁぁ……」


急に訛ったなコイツっ!?見た目の割にキャラの濃い男だな。そんな事を考えながら男の襟首を掴み上げる。


「まだ終わりの時間じゃないぞ。お前は戦える奴なのか?」


「たっ戦う!?あの凶暴な魔物に!?武器もスクロールも無く!?「語り屋」のワタクシにそんな事出来るわけでしょうっっ!?」


「語り屋」か…それが何なのかは今はどうでも良いが恐らくは戦いの苦手なインテリ系か旅芸人の類か…


「慌てるな。とりあえず問題を一つずつ処理していこう。まずは今まさに飛びつこうとしそうなあの大きな犬をどうにかしなきゃ…なっ!」


大きさは虎と同等の身の丈を持つ犬。見た目というか犬種は…間違いなくパグだな。


小さいパグなら可愛げがあるが、ここまで大きいと不気味で恐ろしいな。土佐犬も泣いて逃げ出しそうな程の貫禄だ。


飛びかかるアフム・バグに向かって俺は布で無理矢理腰に括り付けた抜身の刀を引き抜き切りつけた。


実はこの刀、ソートの家の中の竃に立てかけられていた漆黒の刀身を持つ大太刀だ。ヘイオス帝国に向かう直前、ソートから護身用にと渡されていた。


同様にウルには鉄爪のついた白い手甲を受け取っている。自分には必要ないからと言ってソートから半ば無理やり手渡された代物だ。


鞘の無い抜身の漆黒の大太刀は周囲の風を刀身に纏い、たった一太刀で飛びかかったアフム・バグを真っ二つに引き裂いてみせた。


「いぃぃやぁぁぁーーっっ!?ちっ!?血がぁっ!?あぁぁぁ!!ねぇこれ死んじゃうんじゃないの死んじゃうよね確実にっ!死にたくないよぉ……」


口を大きく開けて発狂する男。


気持ちは分からなくないが…急に目の前で動物が真っ二つにされたら俺だって驚く。


漫画やアニメの様に冷静に状況を分析したりする心の余裕など現実にある筈がない。


驚くか固まるかのどちらかが普通の反応だ。


しかしそれでも驚きすぎだろ。リアクション芸人か。


「それにしても…この剣はすごいな……」


全力で刀を振り切ったが、斬り裂く際にかかる負荷を殆ど感じなかった。


まるで包丁で豆腐を切っている様な凄まじい斬れ味だ。


撒き散らされた血を被らぬ様避けたが、男の方は怯えながら飛散した鮮血を頭から被っていた。パグの魔物は俺の方に標的に変えたのか次々に飛びかかってくる。


「下がって。ウルがやる。」


再び刀を構えるが手甲を装備したウルが前に立ち前屈みに構える。


音も無く浮かぶ様に地面を跳躍した瞬間、飛び出す全てのアフム・バグの喉元を撫でる様に高速で周囲を飛び回った。


「襲っちゃダメだよ。」


宙を舞うアフム・バグの首と胴体が一瞬で切り離れ、鮮血と吐瀉物が波の様に噴き出して目の前の視界を遮った。


「おっと!」


バックステップで後方に後退り目の前に降り注ぐ血を避けたが男の方は再び大量の鮮血を浴びていた。


何というかもう…身体中が血塗れになっていた。


「あわあわあわあわあわあわあわあわあわ…」


茫然自失でへたり込む男に手を差し出し立つ様に促すが、腰を抜かしたのかガダガタと震えたままだ。


「まだ終わったわけじゃないぞ。見てみろ。」


指差した先には此方に走って向かってくるアフム・バグの群れ。視認できるだけでも先程の倍以上の数がいる様だ。


先行していた一匹のアフム・バグが再び飛びかかってきた。

ウルと俺は再び構えて迎撃をしようと刀を握る手に力を込めた。


瞬間ーーーー


空中でアフム・バグの身体に無数の束なった糸が巻き付き縛り上げる。

泡を吹きながら手足をジタバタと動かし悶え、やがて力尽きる様に息絶えた。他のアフム・バグ達はいつの間にか俺達とは違う方向に向かって威嚇している。


「あっ!?アレはっ!!ア、アイホートっっ!!!!?」


またも叫ぶ男。


男の視界の先には一際大きな洞窟があった。


その入口には無数の糸を幾重にも伸ばした白い巨象の様な大きな体躯を持つ生物が入口の中で立ち塞がっていた。


複数本の太く長い足でその巨大な体躯を支えており、いくつもの紅い目を持った蜘蛛にも似た怪物。


先程森で見かけていた蜘蛛の怪物に似ているがその体躯は比較にならない程に大きい。


アフム・バグを捕まえていた糸束は皮膚を焼き、肉を溶かしながら足元に覗く鋭い牙で埋め尽くされた口へと獲物を引き摺りこみ次々と捕食していく。


「あれは…そうとうヤバいな。」


次々と周囲に展開されていく糸を見て思い出したのはシアエガに襲われた際に目玉から飛び出したあの触手だ。


このままこの場に留まれば糸で周りを埋め尽くされて逃げ場がなくなってしまう。


「あの糸…危ない。」


危険を察知したウルが俺の手を取る。


俺の方は衣を再び羽織り、男のリュックを掴んでウルに空に逃げる様に指示を出した。


灰色の牛はいつの間に起き上がったのか分からないが既に遥か先まで走り去っている。


展開された糸がアフム・バグの群れを絡めとり、次第に辺りに辺りを覆い尽くしていく。


空に飛び立つ三人を追う様に伸びた糸束が男の衣服に触れて外套の端が一瞬で溶け出した。


「ああああああっ!!溶けるっ!溶けちゃう!?溶けて死んじゃうからっっ!!」


「任せてっ!」


男の声で振り向いたウルが弧を描く様に空中で円を描き爪でその糸束を一刀両断した。


間一髪で怪物の魔の手から逃れ、逃げていた牛を超えた更に先の岩場に着陸した。


「とんでもない寄り道をしてしまったな。」


「この人、大丈夫?」


掴んでいた男のリュックを手放すと、男は泡を吹きながら地面に崩れ落ちていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「どーもこの度は危ない所を助けていただき感謝感激雨霰。凶暴な魔犬達から命辛々逃げ惑う中、ワタクシは二つの奇跡に出逢いました。アフム・バグの群れの中、颯爽と天から降り立つ漆黒の剣士、空を蝶の様に美しく舞う可憐な深青の美少女、一太刀で怪物共の命を刈り取る鬼神の如き剣戟、更に迫り来る恐怖の代名詞アイホートさえも寄せ付けない見事な大立ち回り!其のどれもが常人では為し得ない正に英雄的所業!あぁぁ…運命の神からの慈悲か情けか此の奇跡的な邂逅にワタクシは盛大な拍手を貴方達に贈りたい!」


「「はぁ。」」


目を輝かせ拍手をしながら語り口調で流暢に喋る血まみれの優男。


「申し遅れました。ワタクシ、旅芸人「語り屋」として国々を流れ流れて渡り歩き、西に行けば心熱く踊る勇者の英雄譚を、北に行っては醜き魔族と美しき姫の甘く儚い恋物語を、南に行けば少年少女の囁やかな日常を描く心安らぐハートフルストーリーを…世界のありとあらゆる物語を探し愛し語って彷徨う夢見の根無し草、ワンダ・グラウトと申します。」


長っ!長いから。中間の説明殆どいらないから。


「えっと…ワンダさん?それともグラウトさん?」


「ワンダと気軽にお呼びください。敬語も必要ありませんとも。何せ私は物語の「ありのまま」を愛する真の語り部を目指しておりますから。何ならもっと気軽により親密にっ!お二人の運命的な馴れ初め話なんかを交えつつより親交を深めていこうではありませんか。貴方方の出身地から家系、身の上話、此の森に来るまでの経緯も踏まえて…あ、ワタクシの口調は気にしないでください。此れは身に染み込んだ癖の様なものですので。」


近っ!近いから。鼻息が凄いからっ!

なんだ運命的な馴れ初め話って。押しが強いにも程がある。


「名前の件は分かったから取り敢えず落ち着こうか…」


「失礼しました。つい興奮してしまいまして。しかし目の前に未だ語られぬ新たな物語の原石が転がっているかもしれないと思うと…フフフっ…ワタクシ興味と興奮で悶え苦しんでしまいそうですっ!」


お前は魔物の血を身体中に浴びて血まみれだという事を覚えているのか?顎から血が滴り落ちて此方にも掛かっているんだが…


「おっと失礼。えー…して何とお呼びすれば…っとこれで宜しいですかな?物語の主人公とヒロインの名が空欄なままでは如何ともし難いですからな。別称でも良いので是非教えて頂きたい。…寧ろ其の方が謎めいてストーリーに深みが生まれますな。」


ワンダ・グラウトと名乗る男は背に背負った大きくバックに腕ごと突っ込み大きめの布を取り出して血に塗れた顔を拭っていた。其れでも男の口は止まる事なく質問と無駄話を繰り広げていた。


「名前はケン。苗字が天知で名が健だ。お言葉に甘えて普通に話すよ。」


「おぉ!ケンさんですか…勇者ケン、英雄ケン、漆黒の剣士ケン…あ、魔法とか使えますかな?大魔導師ケン・アマチ…中々良い響きではありませんな…国を興して魔王アマチなんて如何ですかな?」


「唯のケンでいいよ…大胆魔王アマチってなんだ。誰が魔王だ。喧嘩売ってるのか?」


「いえいえとんでもない!しかし先程の冷静かつ勇猛なお姿はまるで歴戦の勇者や強大な魔王の背中を見ているのではっ!?と想像してしまう程に惚れ惚れしましたぞっ!」


勇者?魔王?何処の世界に肌着とチノパンだけの貧相な姿をした勇者や魔王がいるのか…まぁそういうラノベやアニメを観たことはあるにはあるが、それにしても貧相この上ないだろう。


「してケンさん、此方の見目麗しい女性の名も是非教えて頂きたいですなっ!あのアフム・バグの群れを花弁の様に舞いながら音も無く仕留める姿は正に戦場を舞い踊る一輪の花!煌く衣が…」


其れからも延々と質問と長話が繰り広げられた。


取り敢えず長話を続けている間にこの騒がしい男の事を説明しておく。


男の名前はワンダ・グラウト。なんでも「語り屋」という趣味なのか職業なのかよく分からない事をしながら世界中を旅しているそうだ。


全体の見た目は背が高く知的な顔立ちをしており見た目だけならオシャレなインテリサラリーマンといった感じだ。


彫りの深い顔立ちからは男らしさを感じる反面、綺麗に整えた顎髭や短く整えた髪から片方に垂れ下がる前髪が知的な雰囲気を醸し出している。


外套の中に着込んだ服装も白のワイシャツにベストを着込み乗馬用のキュロットを履いているなどの紳士的な服装もより知的な雰囲気を際立たせている。首元にあるアメジストの様な暗い紫の宝石と独特なデザインをした深緑の蝶ネクタイがとても印象的だ。


しかしその性格というか性分は非常に押しが強くとても騒がし…好奇心旺盛な様でよく言えば社交的で陽気だが悪くいえば…正直ウザい。


見た目だけなら年下女性から好まれそうなルックスだが、中身が色々な物を台無しにしている感じだ。


「ほら、自分で自己紹介してみな。」


「ウル…です。」


「取り敢えずこの子はウルという名前だ。一緒に旅をしている。というか此処で長話をするのは危険じゃないのか?」


怪物達から逃げ延びかなりの距離を進んだとは言え未だ森の中だ。いつまた別の魔物に襲われるか…


「おぉ!そうでしたっ!しかし苦労して手に入れた牛車も長年付き添って来てくれた相棒のドンキも何処かに行ってしまいました。おぉぅ…学び舎にいた頃からワタシを励まし胸躍る多くの旅の中でも数々の苦難を共に乗り越えてきたというのに…せめて安全な所へ逃げ延びてくれていればいいのですが…」


地面に膝を折り手を着いて俯くワンダ。上からスポットライトを照らせばより落ち込んだ雰囲気が演出できるだろうな。


「…ドンキってあそこを走ってるあの牛か?」


こちらに向かって走りくる牛車を牛を指差し聞いてみる。


「おぉドンキっっ!?無事だったのですかっ!?!」


感動の再会でもしたかの様に駆け寄ったワンダの手に顔を近づけるドンキ。大袈裟に抱きついて顔を擦り付けるワンダ。


にしてもこの牛、化け物が出てきた時には猪の一番に逃げていたのになかなかにあざとい奴だな。


「あの危険な場面でよく逃げ延びてくれましたなっ!流石我が相棒。フムフム…怪我も特に無い様ですな。本当に無事で何よりです。牛車の方も…軽微な損壊はありますが別段問題はないでしょう。」


ドンキを撫でながら怪我の有無や馬車の損壊状況を確認していくワンダ。


牛車は前に老人と出会った際に見たそれよりも一回り以上に小さい。荷台を含めても4、5人がやっと乗れるかどうかの大きさだ。


「私達は王都を目指していたのですが途中で道を間違えてしまった様でして。先日、洞穴で一夜を過ごしていたのですが大きな地響きと共に外が騒がしくなっていたので洞穴に身を潜めていたのですよ。幸い崩落はしませんでしたが朝になり洞穴を出ると森の様子がガラリと変わっていたのです!其処からはなんとか森を抜け出そうと彷徨っていた所を魔犬に襲われまして今に至るという状況です。」


「あっああ…それは災難だったな。」


大きな地響きとは間違いなく俺達がシアエガと遭遇した時の事だろう。


此処ら辺は峡谷から離れてはいるが恐らく森が元に戻る際に周囲の風景が変わってしまった様だ。


「お二人はどちらに向かわれているのですか?」


「ヘイオス帝国に向けて移動していたんだ。これを使ってな。」


ワンダに衣を広げて見せた。


するとワンダはそれを手に取りルーペをポケットから取り出して細部まで細かく確認している。


「ほぅ…これは…今まで見た事の無い材質ですな。米粒程の魚の鱗の様なものが細かく並んでいますね。硬質ですが肌触りも良く何よりも軽い…これは生物の皮か何かでしょうか?しかし此れをどの様に使って移動を?」


興味津々に眺めるワンダから衣を取り上げて肩に羽織りウルに指示を出す。


「ウルが動かしてるの。こう…」


「おぉ!空を飛んでいる!飛行魔法か其れに類する魔法を刻印しているのですか!?その様な刻印は見当たらなかったのですが…」


「これはウルの力で飛んでいる。俺は唯衣を羽織っているだけだ。」


「すっ凄まじい技術ですな。魔法刻印もなく宙を受けるとは…こんなものがこの世にあるなど知れ渡れば間違いなく魔導具市場は大混乱しますよ!自分で操作できないのは難点ですが…技術だけでも解析できればそれだけでも間違いなく歴史に名を残す大発見に成り得ますな。」


「そうなのか?俺からすれば魔法刻印とかその辺りの方が気になるが…ともあれそろそろ移動を開始しよう。いつまでも足踏みしていては日が暮れる。」


「ではワタクシを空高く飛ばす事は出来ますかな?周辺を確認できれば王都の道筋が分かるかもしれません。」


「じゃあこれを羽織ってくれ。後はウルがやってくれる。」


ワンダに衣を羽織らせてウルに指示を出す。


「じゃあ、いくよ。」


その瞬間、ワンダが大きな悲鳴を上げた。


「ギャァァァァァァアっっ!!いっ痛いっ!痛いっ痛いからっ!やっやめてくださいっ!やっやめてぇぇぇっ!」


フワリと宙を浮いたかと思うと背筋をピンと伸ばしその場で仰反るワンダをみてウルが急いで力を解除したのか崩れ落ちる様に地面に倒れ込む。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…かっ身体が…握り潰されるかと…」


「だ、大丈夫?」


「大丈夫か?おーい…」


そしてワンダは泡を拭いて再び気を失っていた。

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