悪の証明
船から降りた速水祥太郎は納得のいかない顔をしていた。当初、刃物は横田が趣味の悪いお土産に買ったものだと思っていた。しかし、横田は机の引き出しに裁縫セットとともに入っていた裁ちばさみを使ったと言っていた。真木に確認すると貸し出すことはあっても、客室に常備はしていないという。偶然、誰かが片付け忘れたものではない。速水は明らかな悪意を感じた。
「動機を作り出した、燻っていた火の粉を焚きつけ炎にした奴がいる」
その人物は横田に妻の様子を伝えることが出来た。その人物は横田を被害者の隣の部屋に移動させることが出来た。その人物は裁縫道具を机に置き忘れることが出来た。その男は横田に焦りを募らせ殺人をさせるまで追い込むことが出来た。
埠頭の縁、水平線を見渡せる当たりに瀬尾がひとり立っていた。
「こんにちは。はじめまして、ですね。速水祥太郎さん」
「貴様が瀬尾だな」
瀬尾は胸ポケットから煙草を取り出すと火をつけ、煙を燻らせる。
「吸いますか?」
速水は瀬尾が差し出したタバコを一本受け取った。
「不味いな。安いだろ、コレ」
「僕はあなたと違って安月給なんですよ。税金も上がってますし、コレが精一杯です」
波がチャプチャプとコンクリートを叩き、海鳥が空で叫ぶ。
「俺が必ず、お前の悪を証明する。いくらかけてもやってやる」
「僕が伝えたのは事実だけさ。十分な設備はないが医療者も乗っている。軽症者でも数日で悪化して死亡することもあり油断はできない。横浜港に入港予定だが調整にもうしばらくかかる。全て事実しか伝えていないよ。ただ、僕がもっと良い対応をしていたら犯罪は防げたかもしれない。とても責任を感じているよ。その証拠にさっき辞表を出してきた」
「凶器を用意したのはお前だ」
「そうかもしれないし、そうではないのかもしれない」
瀬尾は吸い終わった煙草を海に弾き飛ばす。
「真相は深い海の底さ」
富豪探偵〈感染客船の密室殺人〉 土屋シン @Kappa801
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