第7話
「結局、あの子復縁は切り出さなかったわね」
「先輩には、そう言ってたんですか?」
「別れたくないってね」
「そうですか…」
「まあ、どう考えても悪いのはあの子だし、あの子もそれはわかってるしね」
あの後、俺が黙り込んでしまってその場はそこで解散になった。先輩と元カノの姉妹は自宅のマンションに戻り、先輩だけがまた俺の部屋に来ている。
「ふぁのふぉみもひひふんははふんはふぉうへほ」
「食うか喋るかどっちかにしてください」
「………」
「食うんですね」
俺の作った夕食に舌鼓をうっている。俺は基本的に自炊だ。節約にもなるし作るのが(上手くもないが)嫌いじゃない。以前まではだいたい大学の授業や諸々が終わった後は元カノと合流して、お互いにレポートなどを作る日じゃなければこの部屋で夕飯を作って食べて、のんびりするなりイチャイチャするなりしていた。
彼女もまあそれなりに料理はできるので、その日の気分でどちらかが作ったりしていた。アパートの台所は二人で作るには狭いのだ。
「あの子からよくキミの料理の話を聞いてたからね。こうしていただくのは初めてかな?」
「鍋とかなら三人でやりましたよね」
「そうそう。普通の夕飯はいただいたことがなかった」
「そんなに大したもんじゃないでしょ」
「いえいえ、美味しいわよ。そもそも私は作れないからね」
姉妹の割に似てないんだよな。体格が良く朗らかな母親に似た元カノと、小柄であまり口数の多くない父親に似たその姉、という感じだろうか。父親は研究職で家事などは苦手で家ではさせてもらえないと聞いた。この先輩も学究肌で、料理などは興味の対象ではないようだ。
「うちの父親は家では普通に話すわよ。懐に入るまではかなり警戒心高いけど」
「あー、先輩も最初は俺をすげー睨んでましたもんね…」
「彼氏の居る妹の横に貼り付いている男子とか、不審人物でしかないわよ」
「そうですよね…」
そう考えると、そもそも俺自身が間男だったんじゃないかという思考に陥る。
「まあキミはあの子の恋愛の悩みのフォローとか真面目にしてたからね。あの子が好きなくせに自分のことよりあの子のことを考えてくれてたじゃん」
「ぼっちの俺を救ってくれた恩がありましたしね」
「正直キミがフォローしてなければあの二人もっと早く別れてたかもしれんよ」
「ぐっ…そう思ってたこともありましたけどね…」
元カノの笑顔が好きだったから、それを守りたかったんだよな。
こういう話をこの先輩とするのは、別に初めてでもなんでもない。妹大好きな姉と彼女大好きな男子だったので、二人で話す時はどうしても彼女の話になったのだ。俺と元カノが付き合う前からそうだった。高校時代には数学部でよくそういう話をしていたので、だいぶ親しく見えたらしく元カノに「お姉ちゃんが好きなの?」と言われたくらいだ。
「あの子に、私がキミと付き合うようになれば自分も嬉しいな、とか言われたわよね…」
「俺がどう思われていたか如実に判るエピソードありがとうございます…」
結局、俺はあいつにとっては付き合うようになっても本当の本命という対象ではなかったんじゃないのだろうか。思わず深くため息をついてしまった。そんな俺の背中を、高校の頃のようにぽんぽんと叩く先輩。
「もう嫌いになった?」
「…わからないですね。少なくとも、前までのようには思えないというか、あいつを信じられないというか。でも、こうしてあいつの話をしているのは嫌じゃないです」
「………」
「だって九年間ずっと好きだったし、あいつ以外好きになったことなんてないですよ」
「だよね…」
「好きな気持ちと嫌悪感がぐちゃぐちゃです。もっとすぱっと、無関心になれたらよかった」
浮気をされたことを言葉で知ったくらいなら、きっと結局は許してしまっていたかもしれない。
「あんなカメラ仕掛けなきゃよかったんですかねえ…」
「いやー、それで浮気隠されたままよりは、ねえ…」
「ですよね…」
ふたりで、はぁ…とまたため息をつく。
「ところで」
「はい」
「おかわりはありますか」
「ありますよ。よく食べて育ってくださいね」
「おいこらどこを見て言っている。胸か?おい目を逸らすな!」
たぶんこの先輩は、こうやって色々吐き出させるためにこうして居てくれるんだなと思った。
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