第2話

 関東の大学に進学したその彼氏が、同じ大学の相手と関係を持ってしまったのが判明した。頻繁だった彼女との連絡が次第に少なくなって、問い詰めた(問い詰めたといってもほんわりだったようだが)ところ、そう告げられたそうだ。彼女は別れなくなかったようだが、その彼氏は大学での相手を選んだ。三年以上続いた二人の関係が終わった。


 俺と彼女の姉だけ居た部室(数学準備室)に来た彼女は、俺たちにそのことを伝えた。泣きじゃくる彼女を俺は初めて抱きしめた。俺がずっと側にいるから、とつい言ってしまった。


 さすがに愛の告白だと気がついた彼女は驚いて俺を突き飛ばして、俺は思いきり転がる。謝る彼女に、「ずっと好きだった。だから、まあその、これからも好きだ。気にしなくてもいいけど…」とだんだん声が小さくなりつつも気持ちを伝えた。彼女は真っ赤になってあわわわとか言ってる。これで破局の辛さも少しは和らげばいいと思った。彼女の姉は呆れたように俺を見て「そういうのは二人きりの時にしなさいよ…」と言った。


 それからは俺もちょっとスタンスを変えて、彼女との物理的距離を狭めた。そして言葉にも愛情を隠さないようにした。周りも驚いていたが、彼女もそんな俺に接する度に真っ赤になりながら「あんたなんか知らないもん!」と騒いだ。そんな俺たちを周りは暖かく見守ってくれた。


 高校二年のバレンタインデイに、彼女に本命チョコをもらった。彼女の姉は「これで安心して卒業出来るわ」と言って笑った。彼女の姉は、関東の理工系大学の理学部数学科に進学していった。


 周りも祝福してくれた。俺はずっと気持ちを隠していたつもりだったが、特に中学時代からの友人たちは判っていたようで、泣いて祝福してくれる奴らもいた。女子なんかは「少女漫画みたい…やばい…尊い…」とか言い出す。恥ずかしくて死にそうだった。


 高校三年はさすがに受験で精一杯だった。とはいえ彼女も俺も彼女の姉の大学を(学部や学科は違うとはいえ)目指すため、二人で受験勉強に励んだ。正直彼女に手を出さないようにするのはかなりつらかったし、彼女も「私、初めてじゃないし、いつでも大丈夫だよ…?」といろんな意味で俺を抉るような事を言うけれど、この時期にそうしてしまったら彼女に溺れる自信が俺にはあったので、我慢した。


 夕暮れの数学準備室で口や手でしてもらったのは絶対に内緒だ。


 無事受験が終わって、二人とも彼女の姉と同じ関東の理工系大学に進学した。俺は彼女の姉と同じ理学部数学科に、彼女は工学部の化学系の学科に入った。一年次は外国語や人文科学系の科目を学部を跨いで履修する授業が多く、二人で過ごす時間が多かった。二人の関係を周囲も認知してくれていた。


 俺はワンルームのアパートを、彼女は姉と同じ女子大学生用の男性立ち入り禁止のマンションに住むことになった。俺は彼女の部屋には行けないが、彼女は俺の部屋に週何日かは泊まっていった。なお俺の童貞喪失は引っ越した初日の夜だった。俺がというよりは彼女の方が待ちに待っていた、という様子だった。引っ越した初日に帰ってこないと、彼女の姉はあきれていたが。


 彼女は経験も早かったし、性に対しての好奇心自体が強かったようだ。「毎日でもいいのに…」という台詞とふんわりした笑顔のギャップにはたまらないものがあるけれど、勉強もバイトもあるのでね…


 俺は彼女との将来を考えて、研究主体の学科に入ったとはいえ一般の企業への就職を視野にいれつつ勉強に励んだ。大学卒業したらなるべく早く結婚をしたいとも思っていた。バイトの給料は(彼女と遊ぶ資金もあるけれど)そういうことも考えて蓄えもしていた。


 彼女の姉も、俺を弟のように可愛がってくれた。三年になると彼女の姉が属している研究室に出入りしているうちになし崩し的に所属しているような感じになってきた。なぜ三年生の俺がここで色々研究の手伝いをしているのだろう。いいけど…


 研究室の長である助教授にもなぜだか気に入られて、それなりに鍛えられている。その先生が昔勤めていた企業があり、そこに就職した研究室の先輩とも面識が出来、就職活動が解禁されたらそこに行こうと考えている。採用されるかはわからないが、先生は大丈夫じゃない?とか言うし。


 そんな感じで、彼女との将来のビジョンも具体的になってきた。それを彼女に話すと嬉しそうに俺にくっついてくる。幸せだった。


 夏期休暇中のある日、大学の友人から使い古しのウェブカメラをもらった。PCはそれなりに好きなので、なにかガジェットを手に入れると遊びたくなる。監視カメラ的に使えるものかな?と好奇心で部屋の済に設置して、自室のサーバに映像と音声を記録出来るようにしてみたのだ。


 彼女は時折、俺が留守の時に勝手に入ってきて掃除などをしてくれている。「してないよ〜?」とか言うけど、綺麗になっているのだからしていない訳もない。合鍵を渡しているのは彼女だけなのだし。明日からの学会で数日留守をする間録画しておいて、彼女が来て家事をしているのを見つけたらからかってやろう。この部屋でオナニーとかしていたらそれはそれでお宝映像にしよう。(やりそうな子ではあるし。)


 彼女に「部屋に入るなよ!絶対に入るなよ!」とフリを入れてから2日間の学会に出発した。


 ***


 学会の手伝いを終えて、新幹線に乗り夜遅くに帰宅した。やはり部屋が綺麗になっている。やれやれ、仕方ないな…どうせ言っても「しらないよ〜?」とか言うに決まっているので、証拠映像を見せてやろう。「あわわわ」とか言うに違いない。


 楽しみにして、サーバに記録された映像を確認して、俺は地の底にたたき落とされた。

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