第3話
「も〜、帰って来てるならちゃんと連絡してよね〜。心配しちゃったぞ〜」
学会から帰宅して一夜明け、そしてもう夕方になる。大学は夏期休暇中で、学会翌日なので元々バイトのシフトも入れていなかったため、ずっとアパートの部屋に籠もっていた。昨夜から一睡も出来ずに。
夕方近くになって、彼女からメッセージが届いた。「連絡がないけど、もう帰ってるのかな?」「今アパート」「じゃあちょっと顔見に行くよ〜」
「って、なにその顔、目の下の隈ひどいよ!?学会で何かあったの?」
部屋の壁に寄りかかって座っている俺の横でしゃがんだ彼女が俺の顔に触れようと手をのばす。俺はそっとその手を払う。さすがに様子が変だと気付いたようだ。
「…?」
「俺、部屋に入るなよって言ってたよな?」
「え、う、うん。だから入ってな…ごめん、入った。そ、掃除と洗濯、したんだけど…」
俺がじろっと睨んだのに怯んで、彼女は嘘をつくのをやめた。
「シーツとかも洗っちゃったし、わかっちゃうよね。へへへ…」
「俺が留守の時に部屋に入って、いつも同じことしてたのか?」
「え?」
「この部屋に元彼を連れ込んでさ」
「!」
「そりゃあシーツとか洗濯するよな…」
「してない!そんなこと!」
俺はタブレットを手に取って、自宅サーバに保存された映像を再生する。一昨日…俺が出かけた日の午後の映像だ。赤外線用のカメラでもなんでもないので夜ならろくな映像が撮影されていなかっただろうけど、昼間だし遮光カーテンでもないので部屋の中は明るく記録されている。
「じゃあこれは何?」
そこには、彼女と元彼が俺のベッドで裸でもつれ合っている映像が延々と記録されていた。午後から、映像が真っ暗な夜から、そして翌日…つまり昨日の午前中まで、ずっと二人のセックスの記録が続いていた。音声も記録されているので夜もやり続けていたのも自明だ。
「………」
彼女は目を大きくあけて、口に手をあてたまま、何も動けない。
「3年以上、別れたって言ってずっと俺を騙してたのか」
「ち、ちが…」
「俺の事がきらいになったのか?だったら先に別れてからにしてくれよ…」
「嫌いになってなんか…ない…」
「じゃあなんなの」
「…」
「黙ってちゃ判らないんだけど」
「…」
「わかんないんだけどさ!?」
彼女にこんな怒鳴り方をしたのはもう記憶にない。
「うぇ…」
「泣きたいのは俺なんだけど?」
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
「謝られてもどうしようもない」
床にしゃがみこみ、うなだれる彼女。
彼女が昔、どれだけ元彼を好きだったのかは死ぬほどよくわかってる。あれだけ待って手に入れた彼女なのだ。こうして寝取られたからといってすぐさま嫌いになんてなれない。それでももう俺に対して気持ちがないということなら仕方ないことだ。
「俺の事をもう好きでもなんでもないなら、もういいよ」
「ちがうの…ちがうの…」
「なにが違うんだよ!」
「うぅ…」
「もういいよ!どっかいけよ!」
「ちがうの!…きみのことは大好き…」
「じゃあなんで!」
「…あの人のおちんちんが、忘れられなかった…」
最悪だった。
バスケ選手の元彼のペニスは体格に劣らぬものでそして体力も底なしで、中3の処女喪失以来元彼とのセックスに耽った彼女の膣には端的に言えば俺の標準サイズのペニスでは物足りなかったということだ。
半年前に偶々街で再会した二人はバーで話をしつつ酒を飲んだ勢いでそのままホテルで体を重ねてしまった。罪悪感にとらわれつつも三年ぶりの元彼とのセックスの快感が忘れられず、あくまで体だけの関係として月に一回ほど関係を持った。
元彼はバスケ選手としてはプロは諦めて就職していた。一昨日この近くに来たので彼女に連絡をとり、彼女がこの部屋が使えるからとここで逢瀬を交わした。
…だそうで。もう気持ち悪くて吐きそうだし、雄としての敗北感屈辱感が半端ない。
元彼に気持ちが残っていたという方が、まだマシだったかな?いやもう何もわからん。
「ごめんなさい…ごめんなさい〜!」
「いや…もう無理だろ…別れる」
「嫌〜!もう会いません!ごめんなさい〜!」
「もう会わないとか信じられんし。だって俺じゃ満足出来ないんだろ?」
「うう〜っ!」
そこはなんか俺をフォローしてくれよ…
「別れなくない〜好きなの〜!」
「…もし別れなくても、ずっとお前が俺に隠れて誰かに会ってたりするのを、俺は絶対気にしてしまう」
「会わないから!」
「結婚して、妊娠しても、それが俺の子かどうかをまず疑ってしまうと思う」
「…ひどい…!」
「酷いのはどっちだよ…俺、ずっと避妊してたよな?それを昨日はずっとお前ら生でやってたじゃないか。これで孕んでたら、俺の子ってことにしてたよな?つーか、昨日とか安全日じゃないだろ」
「う…うわああああああぁん!」
ピンポン、とチャイムが鳴る。が、とても出る気になれない。
「あれ、開いてるじゃん…いるの?」
彼女の姉だった。一緒に学会に参加していたが、この人は夜の懇親会にも参加してもう一泊してきたので、今帰って来たのだろう。
「あ、居るじゃん、良かった。連絡ないから気になったから寄ったんだけど、えっちの最中だったらどうしようかと思っ…なにこの状況」
夕暮れ時に部屋の灯りもつけず、俺は憔悴して部屋の壁に寄りかかって座り、目の下には濃い隈がある。彼女はというと俺の前でしゃがみこみ、うなだれて泣いている。
「ああうん、ちょうど良かった。お姉さん、この人連れ帰ってください」
「この人って…なにその言い方、ケンカしてるの?」
「もう別れたので、この人と言うしか…」
「はあ!?」
軽く説明する。彼女の姉はこれまで見たことのないような怒り様で、妹を平手打ちする。
「ごめんね、とりあえず連れてくから」
「えーと…ご両親にももう別れたって言ってください。こないだ挨拶に行ったばかりだけど」
「うう〜!」
「あー、元彼と浮気云々は言うかどうかはお任せしますが、俺が悪いってことにはしないでくださいね。証拠映像はあるので」
「はあ…わかったわよ。ほら、行くわよ。立ちなさい」
「嫌〜」
「立ちなさい!」
とりあえず、俺の恋は九年目にして終わった。
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