帰還して宴へ

「ほ、本当かな?」

「ええ、ジャンナと一緒に生まれ育った私が保証します」

 ベッドで休むレベッカ、言葉通りに共に生涯を生きた彼女が言うならその通りだと思う。信じる、信じたい……んだけど……


「なんや伊達男くん、随分と繊細なとこあるんやな」

「繊細……」

 今度はイザベラさんから。

 呆れが半分、面白が半分といった声音で笑われた。



「セス様、大丈夫です! 私たちを売り飛ばすために偽の依頼を仕掛けた、クソ未満の人間も私たちは知っています!」

「せやせや、一番怖いんはそういう生き物や。血を吸う程度、ましてみんなを救うためなら文句なんか言われへん! 自信持てや!」

 相談した二人からのエール……素直に心強い。

 それでも『だけど……』なんて考えてしまう。相変わらず、こういうことに対して自分は情けない……!



「あら?」

「お、帰ってきたみたいやな」

 鬼の鋭敏な聴力がいち早く捉え、その数拍後にレベッカとイザベラさんも気が付いたようだ。

 公国への報告、および必要な食料と医薬品の調達に行っていた別動隊が帰ってきたのだ。この大森林の奥地にある隠れ家——イザベラさんの家——は、お世辞にも大きくはない。

 すぐにフィルミナ、アランさん……そして、ジャンナもこちらに来るだろう。


 それを肯定するかのように、三人分の足音が寝室に近づいてきている。

 留守番組は自分以外には二人、傷の療養が必要なレベッカと家主であるイザベラさんである。ジャンナがいないのが幸いとばかりに、二人には相談に乗ってもらっていた。


 ドリュアデスとの死闘、その時に自分がジャンナにしてしまったことについて。


 いくら親しく、ジャンナ自体も明るく優しいと言っても……急に首筋に噛みつかれて血を吸われたのは……

 そのことを気にして、この三日間はまともに会話をしていない。


 けど、いつまでもこのままじゃいけない。しっかりと向き合って、謝らなければいけない。どんな理由があったところで、ジャンナを怖がらせたに違いない。



 近づく足音、そして、扉が開かれた。



「おう、戻ったぜ!」

「おかえりなさい、師匠」

「おかえりちゃーん、アラン」

 まずはアランさん、相変わらず屈強な体躯を上手く曲げて寝室に入ってきた。背負った大きな荷物も引っかからないようにしているあたり、自身の体躯や体幹をしっかりと把握出来ている。



「ふむ、成果は上々じゃ」

「それは何よりです。フィルミナ」

「流石やな、フィルミナ姐さん」

 次にフィルミナ、アランさんとは打って変わって小柄で華奢な体躯が入ってきた。荷物も最低限、その代わりに公国から援助してもらった物資は彼女の活躍なくしてなかっただろう。



「た、ただいま戻ったっす」

「お疲れ様です。ジャンナ」

「大森林の道案内、お疲れやで」

 最後に、ジャンナ。



「さ、三人とも、おかえり。ありがとう」

 軽く息を整え、視線でジャンナ——灰銀の三つ編みに眼鏡、黒の帽子とローブを纏った彼女——をとらえる。


「えーと、ジャンナ、ちょっといいかな?」

「どうかしたっすか? セスっち」

 ……いつもと全然変わらないな。気にしてない、のかな?

 だとしても、ちゃんと謝らなきゃ。


「いや、ドリュアデスと戦った時のことなんだけどさ……その、俺、突然ジャンナに……」

「おっと、セスっち! もし血を吸ったことについてなら、まずはあたしから言わせて欲しいっす!」


 えっ、想定外過ぎる。

 確かに、そのことについてなんだけど!




「セスっち、ありがとうっす」




 ……うん?

 お礼、を言われた……なんで? 怒りでも恐怖でもなくて?



「あの時、せっかく逃がしてもらったのにノコノコ戻ってきて……挙句に、泣き喚くしかできなかったあたしを助けてくれて、本当に感謝しているっす」


 ……つくづく、俺は馬鹿だなと思う。

 ポルシュ湿原で、とっくにわかっていたはずだったのに。それでも臆病で卑屈な自分は思ってしまったんだ。


 ジャンナに『化け物』として見られたら、どうしようって——




「はいはい、兎にも角にもやることは決まっとるやろ?」

 パンパン、と手を数回打ち鳴らしてからイザベラさんが場の視線をすべて集める。残っていた僕ら、出かけていた三人の区別なく全員が注目する。


「こうして必要な食料も来たんや。だとすれば、やることは一つ……勝利の宴や!」

「それは……ですが……」

「おっと、文句はそっちにいる『鬼』の二人には酷ってもんやで? 何せ……うちが貯めていた備蓄で我慢してたんやからな。正直言うと足らへんやろ?」

 レベッカの戸惑いに俺達——フィルミナも含めての意見で押しつぶそうとするレベッカさん。


 フィルミナも自分と同じだろう。

 大森林の隠れ家に案内され、食事も出してもらったが……とにかく足りなかった。フィルミナに至っては首をへし折られたのだ。

 食事からの栄養を必要とするのは想像に難くない。米に肉に魚に野菜に……何はともあれ栄養素が必要となった。


 だけど、本当にそれでいいのか?

 ここ大森林を目指した目的を考えると、フィルミナは一刻も早くイザベラさんに聞きたいことがあるんじゃないだろうか?


「こうして、たっぷりと背負ってきてくれたんや。パーッとやろや、パーッと!」

「……それが良かろう。儂も思い切り食べ飲みしたいしのう」

 賛成派が二人……


「即捕まった俺が言うのもなんだが、ガス抜きにもなるしな。ちょっと騒ごうぜ」

「あたしも賛成っす!」

 六人中四人、この時点で決定だな。


「……じゃあ、俺も料理を手伝うからやろうか。レベッカも栄養をつけなきゃいけないしね」

「セス様の手料理ですか。味も健康も期待させてもらいますね」

 なんだか久しぶりに料理をする気がするな。とは言え期待されている以上、それに応えるのみだな。


 そして本題だけど……


「なんや、セス君は料理が得意なんか。んじゃあ、一緒にやろか」

「はい、よろしくお願いしますね」

 そもそも、ここに来た目的——フィルミナの封印、そしてその副作用のこと——については、何もわかっていない。


 おそらく、というよりも絶対にこのイザベラさんが鍵だろう。

 龍の王こと、龍帝しろがねの助言に従って訪れたけど……この人からどんな真実を聞けるのか……


 当の本人、フィルミナが慌てている様子も焦る様子もない。

 急ぐ必要がない、ということだろうか?

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