実戦訓練と『龍巫女』

 実戦訓練用の鏑矢。

 矢尻に刃はついていないし、尖ってすらいない。けど適度に重しがついており、訓練用の弓とは言え、まともに当たれば大怪我を負うのは明らか。

 だからこれを相手にするほうは、防具をつけるのが鉄則になっている。それでも、当たり所が悪ければ……






「ほら、カリーナちゃん! しっかり集中して!」

 そんな心配は身の程知らずだった、としか言えない。


 もう何度目かわからない、弦で矢を引き絞り——放つ!

 見た目通り……ううん、それよりもはるかに鋭く優雅な身のこなし。あっさりと私が放った矢を躱して、猛然とリストーレ聖騎士が距離を詰めてきた!


 もう何度も、何十回も繰り返されてきた光景。

 そしてこのあとの結果も決まっていた。近接に持ち込まれた私は、あっさりとリストーレ聖騎士に転ばされ、または制されて、あるいは弓を盗られて……とにかく負け続けた。


 けど、本番はここから!


 今度は訓練用の矢じゃない。

 地である以上は絶対にそこにある、龍脈から力を借りて矢を形成する。見た目は何の変哲もない、平根矢尻のもの。


「あら、出たわね! 龍巫女の……『龍の羽根』ね」

 さっきの訓練用の矢はおとり、本命はこっち!


 龍巫女の——自分の魔力を呼び水に龍脈から——力を借りて作った矢を、地面に向けて放つ!

 矢は狙い通り、迫ってきていたリストーレ聖騎士から三歩ほど手前に突き立った。



 瞬間、石造りの地面がせり上がり四角形で私とリストーレ聖騎士を別つ!



 龍の羽根。

 私の属性……土の力を矢に込めて放つ。

 複雑で大きなものを精製するのは、それだけ時間と力をかけなくてはいけない。けど、単純に壁を作る程度の矢なら、即座に精製できる。



 さらにもう一本!

 私から見て左、精製した壁に刺さるように龍の羽を放つ。壁に突き立つと、さらに壁が変化した。左——リストーレ聖騎士からすると右側——の進路を塞ぐように、壁が精製されたはずだ。


 これで方向を制限できた。

 リストーレ聖騎士がこちらに来るためには、壁を右から回ってくるか、上から乗り越えてくるしかない。左側は二本目の龍の羽根で塞いだ。




 進行方向を制限して、弓を構えて待つ。

 壁を乗り越えると隙が大きく、中空にいる間は無防備になる。そうなるとわかっていても、狙い打たれると躱せない。

 右しかないところを、当てられるか躱されるかの真っ向勝負。




 それが私の狙い——と、思わせる。

 一枚目の壁に向かって全力で駆け出しつつ、三本目の龍の羽根を精製! 今度込める力は壁じゃなくて、もっと単純なもの!


 弓の弦に龍の羽根をかけつつ、足は止めない。

 予想通り、右から真っ向勝負と思っていたリストーレ聖騎士と目が合う。


 構えて待たず、突っ込んできた私に少し驚いたみたいだけど……向こうも足は止めない。そこを、龍の羽根で狙う!




 正確には、その目前の足元。




 リストーレ聖騎士の足元に刺さった龍の羽根が、力を発揮する。

 無秩序に足場——ごく近い範囲の地面——を凸凹にする、壁よりもずっと単純なもの。




 ——崩れた!

 そのままに突っ込む。

 もう矢をつがえる時間もない。弓矢は邪魔になるだけの距離。


 だから、持っていた弓を捨てて、訓練で習った通りの動きで拳を繰り出す!




 ずっと、何回も何十回も繰り返しては負けた。

 弓矢を使っても、龍の羽根を使っても、すべて見切られてしまった。接近されてあっという間に制されてしまう。

 近寄らせないように工夫しても駄目。いくら正確に狙おうとも、龍の羽根で制限しても、全部見切られてしまう。



 それなら、いっそ『逆』にする!

 弓矢と龍の羽根は全部布石にして、こちらから接近して奇襲に賭ける——あれ?






 私が放った渾身の拳が届く前に、浮遊感が全身を支配した。

 視界がぐるりと回り、背中に強い衝撃!


「……ッカ、ハァッ!」

 呼吸が止まる。

 肺から空気が絞り出されたような苦しさ。




「——あぁぁあああ! ごめんなさい、カリーナちゃん! しっかり!」

 暗くなって、意識が遠のいていく中で……リストーレ聖騎士の絶叫が耳に届いた。











「ほんっっっとうにごめんなさい!」

「いえ、勉強になりました……その、体格差はどうにも、なりませんよね……」

 しなやかに鍛えられた長身を縮めて、必死に頭を下げるリストーレ聖騎士。こんな彼女……ううん、彼かもしれないけど未だにわからない。

 とにかく、初めて見る姿だった。



 どうやら私の奇襲——最後の特攻は届く前に、リストーレ聖騎士に受け流されてしまったらしい。同じ程度の体格なら、先に当たっていたらしいけど……私とリストーレ聖騎士の身長差は明確だ。


 特別背が高くない私に引きかえ、リストーレ聖騎士は男性から見ても長身の部類に入る。そのリーチの差が、私の奇襲を後出しで潰すことになった。



 渾身の突きを受け流された結果、私はこうして医務室のベッドに横になっている。受け身も何も取れず地面にたたきつけられ、数十分ほど気を失ってしまっていたらしい。

 結局、私は全敗。

 けど……



「私の最後の、特攻。リストーレ聖騎士の本気……少しでも出せたでしょうか?」

 その言葉を聞いて頭を上げたリストーレ聖騎士は、パチクリと数度の瞬き。


「……ええ、正直言うとヒヤッとしたわ。自分の強みを全部囮にして、最後には得物も捨ててくるなんて」

 けど瞬きの後には、いつも通りの笑みに戻っていた。

 村で出会ったときから変わらない、優しく接してくれるけど……あるところからは「来ちゃだめよ?」と言いたげな雰囲気の笑み。




「……必死なのはいいけど、自分の身も顧みないと駄目だよ」

 リストーレ聖騎士から声のほうに目を向けると、カシェル聖騎士がいた。どうやら実戦訓練の途中から見ていたらしく、投げ飛ばされた私をすぐに医務室に運んでくれたらしい。


「ご迷惑をおかけしました。カシェル聖騎士。」

「ああいや、無事ならいいんだけど……その、カリーナさんも女の子なんだから、気を付けて」

 金の髪と碧眼、それを収める穏やかな相貌がかすかに陰ってしまった。リストーレ聖騎士と同じように、カシェル聖騎士も面倒見がよくて優しい。

 そんな表情をさせてしまったことに、後悔する。




 けど、これからも同じように心配をかけてしまうと思う。

 だって、私が探している人は……もっともっと、ずっと先に進んでしまっているから。公国への遠征部隊にいるという『セスさん』。


 私が探している『セス君』は、その『セスさん』なんだろうか?

 確かめなくちゃ、確かめて違ったら……その時はまた探す。


 見つけるまで、探し続ける。

 見つけて……あの時、取れなかった手を取りたい。手遅れだったとしても、許してもらえなくても、諦めることだけはしたくない。



 だけど——そもそも『セス君』は、どうなってしまったんだろう?


 今ならわかる……村でのあの、別人みたいな力。

 どんな特別で強力な恩恵だったとしても、すぐにあんなことが出来るのは不可能に近いと思う。ここに来て、同じように恩恵に目覚めた人たちを見てそう思った。


 あんなことをいきなり出来るとしたら……私たちの理解の外、魔性の力以外に考えられない。



 もしも『セスさん』が『セス君』だとしたら……一緒にいるって女の子は、その『魔性の力』に関係している?

 そう考えると、村を出ていくときにいたかもしれない……『セス君』といた、女の子は見間違えじゃなかった?




 あの女の子は——『セス君』が『魔性の力』を得ることに関係していた子だって、そう考えることも……?


 辻褄が合う、かな?

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