大森林攻防編——戦闘開始——

 自分がやることに変わりはない!

 狙うは、本体!


 そのままに、手にした二刀を携えてドリュアデスへと一直線に向かう! 向こうからしてもすぐにわかる、迎撃するには絶好の的になる。

 それでいい。


「うふふ。お相手するわ!」

 そう言うと同時、種々の花を咲かせた蔦の髪を振るってくるドリュアデス。頑丈でしなやかな鞭であり鋭い槍であるそれ、更に花からは毒の花粉を撒き散らしているのだろう。


 かかった!

 相手の主要な武器と注意を引く。それが自分のするべきことだ。

 頑丈な身体と図抜けた五感を持つ鬼である自分、それがやるべきことは最も危険な位置で戦い続けることに他ならない。常に最前線で、最悪の場所に居続ける。


 それが俺のやることだ!

 そう自覚しつつ刀を振るうが……早い、鋭い、いやそれよりなによりも——堅い!


 今まで戦ってきた種子、取り分け湿原と砦にいた奴は賢くて強力だった。

 自分が主に戦ったのは砦の方だが……そっちは蔦の髪の頑丈さが際立っていた。自由自在で変幻自在、それでいて鋭く固い鞭であり槍であった。


 それを、はるかに上回っている!

 少しでも角度とタイミングをしくじれば、切断出来ずに押し負ける!


 切れ味と鋭さに特化しているはずの刀、それでも一手ミスをすれば押し切られる蔦の完成度。そして何より、その密度が圧倒的だった。

 鬼の身体能力で辛うじて対応出来る、圧倒的な手数が押し寄せてきている!



 右、右前方、背後、左下、一歩遅れて時間差で前方……と見せかけて左後方から即座に二本! さらに間髪入れずに前、右上、左、背後に右に……クソ!

 切り返すとか『本命』に切り込むどころじゃない!

 自らの心を静めてあらゆる状況を写す。自分の動きだけじゃなく、周囲と相手を含めて対応する剣技『水鏡』。それでも切り払い続けるのが精一杯!


 けど、それでもいい!

 切断したそばから再生して向かってきていても、それで——いや、だからこそだ!


 結局のところ、どれだけ斬り捨てても向こうに再生能力がある以上はどうしようもない。種子ですらそうだったのだから、本体のそれはさらに優れているとみるべきだろう。

 その辺は把握済み。

 事実、触手は見る間に再生して自分を穿ち殺そうと向かい続けてきている。


 わかっている。俺は……それに晒され続ければいい。

 本命は——とっくに動いているのだから。


 こちらから影になるようにして、既にジャンナが動いている。無慈悲な処刑剣、それに乗るのは『侵蝕』の恩恵——如何なる回復や再生も無効にして蝕む力。

 このドリュアデスにとって、まさしく切り札となる力だ。



「……あなたは引き付け役。本命は、あっちの赤毛の娘でしょう?」

 余裕の笑みで、ドリュアデスが言う。



 そりゃそうか、見切られているに決まっている。

 種子からの情報が漏れていたなら、こちらの能力はバレてしまっている。そこからの戦術も……フィルミナとアランさんを捕らえたことからも見切っているだろう。


 だから、ここからだ!


 周囲を写した心のまま、それでも前に進む。

 鏡のごとく凪いだ水面を乱そうとする全てを打ち落とすかのように。それでも、本質は乱れずに不動のままに。

 一歩、また一歩と踏み出す。


 本来はひたすらに静かに切り落として打ち払い続ける『水鏡』。それとは逆に荒々しく、雄々しく、万理を飲み込む荒波のごとく刃を浴びせ続ける剣技『波濤』。



 不動の守りの剣技『水鏡』。

 猛烈たる攻撃の剣技『波濤』。


 決して乱れず、乱されずに刀を振るい続けるのみだが……それを維持したままに前に進む。心はそのまま水鏡のごとく、されど手にした刃と体は津波のごとく前に進み続ける。そしてひとたび間合いに捉えたならば、波濤のごとき刃を敵に浴びせる。

 矛盾するはずの二つの組み合わせ『虚空こくう海嘯かいしょう』。



「……あらぁ?」

 これを見せるのは……いや『波濤』自体も見せたことはない。攻防一体の『虚空こくう海嘯かいしょう』は自分にとっての切り札だ。これでも防ぎきれるなら、やってみせろ。深緑の髪こと蔦の触手、それにまだ余裕を持たせていることは分かっている。

 それでレベッカに対応するつもりだろう?


 させない。それを——引きずり出してやる!

 俺の役目は、真正面からぶつかって余裕をなくすことに尽きる。じりじりと、少しずつ……それでも確かに、ドリュアデスへと進んでいく。



「……これは驚いたわぁ。じゃあ、こうね!」

 全ての蔦の触手が、こちらに襲いかかってくる!

 ただでさえ手一杯だったところを意地と根性でどうにか切り払い、足を止めず……止、め……止められた!

 分かってはいたが……切り札の剣技とは言え、状況が悪すぎる!

 前後左右、挙句に上下まで縦横無尽に死角なく深緑の槍が降り注ぐ。どうにか二刀で対処するが……これが限界だ! どうにかレベッカが……





 ちらっと向けた視界の隅で、レベッカも同じように触手に対応している姿が見えた。





 え? なんで……髪の触手は、全部俺が……っ!

 気を取られた一瞬の隙、脇腹と肩を貫かれた! 体の中に異物が入る感覚、次いで鋭い痛みと焦熱が走る!



「あの触手も特別に用意しておいたの。厄介な恩恵を使うみたいだから」

 ……対応済み、か。

 思考と気合いで苦痛をねじ伏せ、手にした刀を振るって触手を切り払って引き抜く。身体に空いた穴から血が失われる感覚。


 落ち着け、この程度で乱すな!

 巡る血液と人体の構造をイメージする。肉に骨、細胞の一つ一つに血液の成分……デビーさんから習ったことを活かす。



 操血術の応用。

 全身を巡る血液を活性化、及び成分の調整。さらに魔力も乗せて高速治癒を促す。


 人間なら生涯感じることがないはずの——傷が見る間に塞がる——感覚を覚える。

すぐに痛みが消え、出血も止まった。



 ……わかってはいたけど、やっぱりもう俺は人間じゃないな。

 その間も振るう刀は止めていない。

 翻す身も、足捌きも同様。そうしつつ、レベッカの様子を窺う。




 彼女も処刑の刃を、幾本もの触手へと振るっていた。しかもその触手は、一回りも二回りも太い。十数本の蔦が編み込まれており、頑丈さとしなやかさを両立しているようだ。

 レベッカの恩恵『侵蝕』。

 処刑剣でそれらを斬撃と共に与えるが、流石にその頑丈さで一刀両断とはいかない。編み込まれた内の何本かを切り裂くに留まっている。

 それでも再生を防ぎ、繰り返していけば切り捨てられる。




 ——はずだった。

 切られた分が解けて捨てられると同時——新たな蔦が即座に編み込まれていく。


 最初から切られた分を捨て、物量で押し切るつもりだ!




「……やっぱり、あのお方の予想通りね。あなた、人間じゃないわね?」

「それが、どうかしたか?」

 精一杯ということを気取られまいと、出来る限り自然に答えたつもりだが……あのお方?

 いや、今は置いておけ。それよりも……



 相も変わらず刀を振るい続ける。その間も数度、レベッカの方に視線を送る——すると、空色の瞳とかち合った。




 一つ、合図を送る。




 合図に対する彼女の反応を見る前に、全神経をドリュアデスと蔦の髪に集中する。レベッカとジャンナは気にしない。囚われたフィルミナとアランさんを助けるため、全力で向き合って戦い続ける!


 俺が出来ること、するべきことはそれだけだ!


 レベッカは編み上げた触手の対応で、ジャンナも……余裕はないだろう。恐らくだが、花粉の打ち消しと自らの隠れ蓑で精いっぱいなのだ。

 言うまでもなく、レベッカが相手にしている蔦にも花が咲いているからだ。






 電撃作戦——のはずが、動かされた上でのことだった。

 そして見事にカウンターを貰ったのが今の状況。



 出来る手段も……限られている。

 合図を出した『それ』の対策も講じているだろうが、レベッカとジャンナなら——破れる、と信じるしかない。



 結局、いざとなれば俺はこうしてしまう。変わらない、変われないのかもしれない。


 刹那の油断すら許されない状況、それでも——自嘲の笑みが浮かんだ。

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