攻城戦——開幕前——
空を舞い戻ってくる黒い翼——蝙蝠——を迎える少女。
「……うむ、やはり砦は魔物の巣窟になっておるぞ」
夜空を切り取った黒髪、雪を溶かしたような白い肌、宝石よりも怪しく美しい真紅の瞳、それらを携える美少女フィルミナが言った。
「予想してたとはいえ厄介だな。どんなのがいるか分かるか?」
フィルミナの報告を聞いて返したのはアランさんだ。
自分よりも頭一つは大きく、腕や首は二回りほど太い。筋肉で構成された巨漢。その体躯に恥じない二つ名、『旋風の武人』を冠する冒険者だが……
「うむ。主にいるのはコボルトで数は30匹、門の内側にはアイアンゴーレム、全体を指揮するのはドリュアデスの種子じゃな。髭の軍人に化けておる」
占拠された砦とそれに巣食う魔物の内情を聞き、巨漢は乱暴に後頭部を掻いた。
どうやら、彼でもこれを崩すのは相当な骨らしい。
「獣の敏捷と感覚を持つコボルト……そして門番にタフで破壊力に優れたアイアンゴーレムですか……ちょっと、私達だけでは荷が重いかもしれませんね」
頬に手を当て、冷静に分析したレベッカ。
空色の瞳も今は物憂げになっているが、それがまた儚げな魅力を醸し出している。溜息と同時、綺麗にショートに揃えられた赤髪も微かに揺れた。
「やってやれねぇことは、ないかもしれねぇが……」
「ちょっと待つっす、師匠。あたしたちは斥候が主っすよね? じゃあ、もう目的は果たしてるっすよ」
悩むアランさんに意見したのはジャンナ。
三角帽子にゆったりとしたローブ、どちらも黒を基調に纏めている。眼鏡の奥から覗く灰銀の瞳は、冷静な光を携えていた。
今自分たちは、国境近くの砦を遠巻きに見ている。
学術都市エコールから出て、ポルシュ湿原を抜け、潜みつつ砦——プンクト砦を監視しているのだ。
プンクト砦。
王国側から見ると、ポルシュ湿原を抜けた先……国境の目印であるリーニエ河に隣接する砦である。国境の防衛所でもあり交易の関所、重要拠点の一つとなっている。
王国と公国を繋ぐため、大きな道が砦を通る作りだ。だが通過するには二ヶ所——王国側からと公国側からそれぞれ——跳ね橋を下ろさねばならない構成となっている。
リーニエ河から水を引いた堀、石と鉄で構成された城郭と備える軍人、まさに天然と人工を兼ね合わせた堅牢な要害……だった。
アランさんが冒険者ギルドを通じて王国と連絡を取り、公国への救援隊派遣を進めていたが……その前の先遣隊として自分達に依頼が来たのだ。
湿原での大立ち回りから随分と負担が大きいと思うが、それだけ状況を進めたいのだろう。救いと言えば、今は『虫捕り』を成功させてから、さらに十日ほど経っていることか。
たった十日間、されど十日間。その間に自分が出来たことは大きく分けて二つある。
一つは自分が極める武具を二つに絞ることが出来たこと。もう一つはそれらの武具で『技』を習えたことだ。とは言え……自分が鬼になって二か月程度、それはつまり実戦や武術を習って二か月程度であるということだ。
フィルミナの指導を疑うわけではない。
問題は自分——たった二ヶ月で、どれだけのことを身に出来ているか——に尽きる。如何に『必要鍛錬量の半減』で反則しているとはいえ、元は完璧に凡人な自分……不安というか、慢心は禁物だ。
……話を戻そう。
公国に行くには、国境にあるプンクト砦を通る必要がある。湿原で戦ったドリュアデスの種子……そいつの言葉通りなら、この砦はすでに陥落しているはずだ。その真偽を確かめなくてはならない。
それをフィルミナに蝙蝠で確認してもらったが……結果は先程の通りだ。こうなると、こちらが砦を攻めて取り返さなくてはならない。
プンクト砦の陥落を確認できた。
ジャンナの言う通り、先見かつ調査の依頼をされた自分たちの仕事は、既に完了しているだろう。魔物に占拠された砦の奪還、それは本隊——集まった冒険者と軍——と合流してからになる。
ここは彼女が正しい。撤退し、後に編成される本隊への情報とする。
それが最善だ。
だが……堀と門を隔てるはずの跳ね橋、それが今は下りたままになっている。
「……それもそうか。じゃあ、俺らはここらで撤退するか」
「待って下さい」
自分の口から、自然とそれを静止する言葉が出た。
「自分に一計あります」
本当は、「自分に任せてくれないでしょうか?」と言いそうになった。まあ、『任せる』と言っても、全員の協力がなければ無理だろう。
だが、承諾してくれれば……みんなが協力してくれたなら……ここで攻城戦を成功させたなら……後に来る本隊の犠牲や負傷はなくなる。
まあ、何より……失敗しても湿地と違って逃げやすい、という部分が大きい。何なら砦から出てしまえばいいだけだ。
向こうがこっちを追って砦から出てきたなら、それはもはや逆襲のチャンスに早変わりする。
「……なんか作戦があんのか? セス」
「はい、まず……」
「……無理はするでないぞ?」
自分が作戦を伝えた結果、やはりというか当然というか……「そりゃ無理だろ」という反応だった。そのままなら却下されて撤退で終わっていただろう。
「ああ、無理だと思ったらすぐに逃げ帰ってくるから」
しかしフィルミナが「儂が援護しよう。こちらとセスの連絡を通し続け、無理そうなら即撤退の合図を出す」と援護してくれた。
そのおかげで、何とか通すことが出来たのだ。
「……帰ってくるのじゃ、必ず」
あの——湿原で単身跳び出した——時と同じ、自分を信頼してくれたから出てくる言葉。そう、湿原では守ることが出来なかった言葉。にもかかわらず、今また信じてくれたからこそ……出たであろう、言葉。
……今度は絶対に、裏切らない。
深く呼吸し、全身の余計な力を抜くように。
目を閉じ、暗い世界の中でただひたすらに集中する。
するべきは、電光石火——いざ!
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