調べ物と特訓の生活 前編
「けど……『植物』か。確かに『生物』だもんなぁ」
たしかな紙の質感、それを指で感じながら頁を捲る手は止めない。何か有益なことが書かれていないか、文字を流し読みする。
「またその話題か? 散々話したであろう」
こちらの呟きに答える美少女、フィルミナ。開いた本から目を離さずに、何の感慨もなく事も無げに返してきた。
以前に聞いた通り、彼女の操血術の固有技能は『生物の精製』である。
吸血蝙蝠の子供キールはもちろん、その気になれば人の赤子や植物も精製することが出来る、とのことだ。
それ——植物——を精製して、蔦で気付かないように身分証を掏る。
冒険者ギルドでのカラクリはそれだった。
俺が周囲の注目を集めている間に懐の身分証——大抵は財布の中にある——を拝借する。
ギルド内のほぼ全員が注視している中、そんなことできるのか? と思ったが、フィルミナ曰く……
『どんな時でも死角というものは生まれる。さらに注目している時ほど、一点に集中する物。そこを利用しただけじゃ。あとは……なるだけ事前に動いておく、そのくらいかのう』
とのことだ。
冒険者と補助者、その登録をしてから六日間経った。
あの後、大笑いで認めてくれた冒険者『アラン・ウォルシュ』さんの後押しもあって、自分は無事にDランク冒険者に、フィルミナはその専任補助者になることが出来たのだ。
予定では大図書館で情報を調べた後、適当な依頼を受けつつ公国に入国し、大森林を目指す予定だったのだが……
『しばらくは公国には行けねえ。厄介な魔物らしくてな……』
頼ってくれと言った冒険者、アランさんがそう答えた。
『血の落日からずっと、街道の国境付近を縄張りにしているんです。公国との貿易も滞ってしまっていて、みんな困っているんです』
『冒険者や王国軍が討伐に乗り出さなかったわけじゃないですよね?』
交易路はここだけではないとはいえ、王国としてもこの事態はよろしくないはず。とっくに討伐は試されているはずだ。
『……Cランクの冒険者パーティ、派遣された討伐軍、どっちも消息を絶っている』
アランさんの表情が苦虫を噛み潰したように歪む。
『公国側でも何かあったらしく、軍や冒険者を派遣できないようで……今は遺留品の回収すら出来ていない状況です』
受付嬢さんこと、ブレンダさんも顔を伏せた。
Bランク冒険者、上から二番目の階級にいるアランさんも迂闊に手を出せずにいる。すでにCランク冒険者のパーティ、王国からの討伐軍、どちらも返り討ちにあった可能性が高い。
二人の反応、それに周囲の沈黙からも事態の深刻さを窺えた。
解決のために力になりたいが、冒険者になったばかりの自分では相手にされないだろう。秘密裏に単独で討伐しようとするのは無謀すぎる。
正直言って、手詰まりだった。
読み終わった本を閉じ、鼻から空気を抜く。
自然、大図書館に通い詰めることになり、こうして資料を漁り続けるが……収穫はなかった。
この六日間で成果ゼロ。
それを自覚すると、ドッと疲労が湧いてくる気がした。
「……セスよ、そろそろ特訓の時間ではないか?」
相変わらず本から目を離さないフィルミナが声をかけてくる。それにならって時計に目を向けると、たしかにもう15時近い。
「本当だ。そろそろ片付けようか」
「……うむ、こちらも切りが良い」
読んでいた本を閉じ、どちらからともなく本を整理していく。片付けながら、『特訓』を受けることになった経緯を思い浮かべる。
『悪いな、頼ってくれなんて言ったのによ』
アランさんが軽く頭を下げてくる。
『いえ、アランさんのせいじゃありません。ですが……かわりに一つ、お願いをしてもいいですか?』
正直に言えばその気持ちだけで十分なのだが、少し図々しくなっておこう。
早速、足りないものを少しでも埋めることが出来るチャンスだ。
『お! なんだ? 言ってくれ』
『自分に稽古をつけてくれませんか? 実戦形式で』
これまでの振舞いや立ち姿などから、伊達でBランクになったわけじゃないとわかる。百戦錬磨の冒険者だろう。しかも子供相手にしっかりと諭そうとする人格者でもある。
実際に戦って経験を積むには願ってもないチャンスだ。
一瞬アランさんが呆気にとられるが、すぐに白い歯を見せて笑顔に戻る。
『任せとけ! 先輩として面倒見てやるよ!』
『ありがとうございます』
これでフィルミナからの指導だけじゃなく、戦闘経験も積んでいける。
しろがねと手合わせしたと言っても、たった一度。それだけで実戦経験の差を埋められるなら、誰も強くなるための苦労なんかしない。
まだまだ足りない。
『それはそうと、こんなご時勢に公国に何しに行くんだ? あそこの出身か?』
『いえ、公国にある『大森林』に用事があるんです』
その言葉を聞いた瞬間、アランさんの表情が変わる。
『……大森林、か』
『アランさん? どうかしましたか?』
すぐに笑顔に戻り、
『いや、何でもねぇ。しばらくはこの町でのんびりしとけ。俺の弟子達が帰ってきたら、そいつらと俺で……魔物を討伐するからよ』
なぜかその言葉で悪寒の様なものが走ったが、気のせいだろう。
それよりも、これで稽古は一石二鳥になる。
『本当はもっと早く帰ってくるつもりだったらしいが……なんかトラブルがあったらしくてな』
『あとどれくらいで帰ってくる予定ですか?』
『ああ……多分、一週間くらいか。その間は稽古してやるよ』
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