調べ物と特訓の生活 後編

 移動した場所、エコールの外れにある空き地で何にもない、広場のようなところだった。そこに円を描くように、十数人の人が集まっている。


「お、きたきた!」

「セス君とフィルミナちゃんが来たぞ」


 集まっている十数人、年齢も性別も格好もバラバラ。ほとんどが冒険者だが、中には物好きな一般人も混じっている。



「……今日はブレンダさんがいないみたいだね」

「うむ」

 フィルミナは周囲の人たちに混じり、自分は人で出来た円の中心に向かっていく。


「皆さん、こんにちは」


「今日もがんばれよ!」

「また一本取れたら、あたしが奢ってやるよ!」

 掛けられる声に会釈と笑顔だけで答えながら、円の中心で待っていた一人の人物に向かい合う。

 どこかで嗅いだような微かな匂い、鬼でようやく捉えられるそれも変わらない。


「今日も時間通りだな。準備はいいのか?」

 自分よりもたっぷりと頭一つ大きく、腕や首の太さも二回りは違う巨漢——アラン・ウォルシュさんが快活な笑顔を見せてくれた。


「はい! 本日もご指導よろしくお願いします!」

 しっかりと挨拶をしてお辞儀をする。

 三つ子の魂百まで、テオドール先生に習った礼儀は自分の中に生きている。この『三つ子の魂~』とやらも、テオドール先生が教えてくれた言葉だった。


「おう、何時でもいいぞ!」

 そう言って背負っていた長斧槍を構えるアランさん。

 彼の身長に合わせ柄がより長く、穂先と刃も大型化している。鞘を被せたままとは言え、十分すぎるほどの威圧感を発していた。


 こちらも呼吸を整え、あらかじめ操血術で生成していた二本の剣を構える。

 肉厚・幅広で両刃、グラディウスと呼ばれる一般的な片手剣。ただし刃渡りは70㎝と通常よりも20㎝ほど長くしている。

 こちらも鞘のままだ。



「今日は双剣か。間合いに潜り込まなければ、お前に勝ち目はないぞ?」

 忠告してくるアランさんの得物——長槍の間合いと突き、戦斧の薙ぎ払いを兼ねた武器、長斧槍——を見れば一目瞭然だ。


「承知しています」

 こちらの双剣ではその内側に入らなければ、まず攻撃のチャンス自体が回ってこない。



「お互い、良いな!」



 フィルミナの声、こうして彼女が確認の合図を取るのも、もはやお馴染になっている。


「いざ、尋常に……」

 油断なく目の前の巨漢を見据えつつ、頭を回転させる。

 お互いの得物だけではなく、使い手の体格でも差があるために間合いの差はさらに大きい。

 向こうもそのことは理解しており、ひたすら間合いの外から刺突で攻め続けるつもりだろう。適度に足を開き、穂先をこちらに向けている。



「始め!」



 開始の合図。

 ここに来てからの六日間の稽古は、常にこの掛け声から始まっていた。


 合図と同時に強く地面を蹴った巨漢が滑るように、こちらの間合いの外から鋭い刺突を放った。

 それを紙一重で躱すが、息つく暇もないくらいに連続の突きが襲ってくる。


 薙ぎ払いはしてこない、やっぱり間合いの外から攻め続ける気だ。



 鋭く速く、間合いの外から最低限の動作で繰り出される連続突き、人のままだったら最初の突きですでに勝負は決まっていたと思う。

 だが今の自分は鬼だ。

 その常軌を逸した動体視力が、しっかりと相手の動きと刺突の先端を捕らえている。身を捻ってひらひらと躱していく。


 これだけじゃ駄目だ。


「良い身のこなしだ! だがそれだけじゃどうにもならんぞ!」


 アランさんの言う通り、どうにか刺突を捌いて懐に入らないと話にならない。ただ攻撃を躱し続けるだけでは、出来の悪い曲芸と何も変わらないからだ。


 刺突を躱しつつ、相手に気付かれないように呼吸を整えて合わせていく。しっかりと、自分の瞳に相手を捉え、タイミングを計っていく。


 最低限の動作、最小限の労力で繰り出される連続突き。その一つを……



 ここだ!



 刺突が伸び切り、戻す前。


 その刹那、左の剣で長斧槍を切り払う!



「! うおっ!」

 鬼の目があってこそ出来る芸当、防ぐではなく叩き伏せて攻めに転じる。

 一気に間合いの内側に入り、右の剣を振るう。


 ……おそらくは槍の柄で防ぐ。

 だが間合いの内側に入ればこちらが攻め続けられる。


 離されずに押し切る!


 瞬時に戦術を組み立て、そのままに攻め込むが……予想外のことが起きた。



 アランさんが長斧槍を手放し、槍よりも剣よりも内側になるよう間合いを詰めてきた。



 ……!

 剣を握った右手、その手首を大きな手で掴まれてしまう。もう右の剣は振れず、左の剣も間合いが内側過ぎて届かない。

 苦し紛れに左の剣を放り捨て、アランさんの右手を掴む。


 素手の格闘戦による間合い。


 長斧槍が地面に落ち、次いでこっちが捨てた剣も地面に落ちた音が響いた。



「なんだ今の! どうなった!」

「馬鹿、見てなかったのか? セス君が槍を叩き落としたんだ」

「いや、たしかに剣で払ったけどさ……アランさん、自分から槍を手放したよ」



 先程の刹那の攻防、それで盛り上がる周囲とは逆にこっちは我慢比べ状態になってしまった。


 お互いがお互いの片手を掴みあい、完全に力比べの硬直状態。



「驚いた……あんな返しをされたのは……初めてだ……」

「こっちも驚きです……即座に……武器を捨てるなんて……」


 お互いの吐息がかかるほどの距離、会話しつつも込められた力は一歩も引かない。

 自分が鬼じゃなかったら、到底抗えないほどの怪力と対峙する。


 それでも、操血術も用いた『吸血鬼』としての……いや、鬼としての全力を込めれば勝つのは自分だ。体格から言って全く勝ち目がないように見えるが、鬼はそうなった時点で人を超えた膂力を持っている。


 だが、それじゃ意味がない。

 鬼としての力に任せて勝っても意味がないのだ。



「おいおい……あっちの兄ちゃん、なんでアランさんと組み合って耐えられてるんだ?」

「知らないのか? セス君は見た目と違ってゴリラだぜ」

「あたしはグリズリーって言ってる」



 好き放題言わないで下さい!


 一瞬の雑念、そこからアランさんが崩しに掛かってきた。

 力の配分と重心を調整して、一方的に崩されないように拮抗させる。そこから繰り出されたアランさんの小足払いを足で防ぎ、お互いの力を反発させるように距離を取った。


 格闘術もフィルミナから習っておいてよかった。

 そう思った瞬間、すでに行動している。アランさんも同じ、こちらと同様の行動を起こしていた。


 ほぼ同時、お互いに目的の物——手放した得物——を手にする。


 アランさんが構え直すが関係ない。

 こちらは拾ったままに駆け出すが……直感で急停止する。



「ぬぅおりゃぁあ!」



 掛け声とともに繰り出された力任せの薙ぎ払い。

 剛力のままにぶん回された長斧槍を後退して間一髪で躱す。


 大きく後ろに下がり、またも間合いが開いてしまった。

 奇しくも最初……稽古を開始する時と同じ程度の距離。


「振出しに戻りましたね」

「ああ、だが……まだこれからだろう」


 お互いに軽く笑い、構えなおす。


 そのまま日が暮れるまで戦い続ける。

 この六日間、ずっとそうしてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る