湿原の死闘—鬼姫と冒険者—前編

『行く出ない! 一人で無茶をするな!』

 本当はそう叫んで、お主を引き留めたかった。


 たった一人の、儂の眷属。

 それを死地に向かわせるような真似などさせたくない。常に、儂のそばに置いて共に居たいと思う。



 悔しくて、仕方ないのじゃ。



『儂も加勢するぞ!』

 そう言って、共に肩を並べて戦えぬことを心底情けなく思う。


 儂が全盛期の……いや、本来の力の一割でも振るえれば、お主だけに行かせぬものを。


 共に飛び出し、虫けら共を即座に駆除することも出来よう。

 今対峙している木っ端擬き、こいつを四半刻の十分の一未満……180秒掛からずに屠ることも出来よう。



 しかし、それは叶わぬ。

 この吸血鬼の力に枷をかけられた、小さき体では出来んのじゃ。


 そうなる以上、お主がそれをせんと儂らが全滅してしまう。

 嫌というほど理解できるからこそ……どうしようもなく不甲斐なく、悔しく、もどかしく感じてしまう。








「へえ……あの坊やを生贄にして私を倒すつもりなの?」

 ワームから切り離された木っ端擬き——ドリュアデスが聞き捨てならんことを言いおった。


「たわけ。あやつにはたっぷりと説教をくれてやらねばならん。『生贄』などという陳腐な終わりになってもらっては困るのじゃ」

 そう、理解はしておるが納得しておるかは別じゃ。

 一人で危険を一身に引き受けて飛び出したことについて、八つ当たりしてやらねば気が済まぬ。


「あらぁ……生きて帰ってくるとでも思っているのかしら?」

「当然じゃ。儂の相方じゃぞ? 虫けら如き蹴散らして帰ってくるに決まっておろう。ただし……」


 一度言葉を切り、焦らしてやるとしよう。

 こちらの——アラン殿、レベッカ、ジャンナ——三人を奮い立たせるという意味もある、丁度良い。



「それをお主が見ることは叶わん。雑草如き、引っこ抜かれて終わりじゃからのう」



 こちらの予想通り、『雑草』は頭に来るらしい。冷たい作り物の微笑がわずかに歪む。セスとの問答でも『雑草擬き』に反応しておったからな。



「儂らは雑草駆除だけでよい。あとは害虫駆除したセスを迎えるだけじゃ」

「あらぁ……勇ましいわねぇ。けどお嬢ちゃん、私がワーム共より弱いって言ったかしら? 勝てると思っているのかしら?」


 知恵を持っていようと、所詮は単細胞のケダモノじゃな。崩れないように保っているが、流石にもう剥がれかけておるぞ。

 あとは一押しするだけで、こやつから仕掛けてくるじゃろう。


 瞳だけで見渡すが……こちらの準備は整っておるようじゃ。ジャンナの魔術も発動済み、アラン殿も何か仕込んでおる、レベッカはもう動いておる。


 セスのこともある。早く始めるとしようかのう。


 ふーっ、とわざと聞こえるように溜息をついてから、見下した表情を作り……

「玄関先の木っ端を掃いて捨てるのと、何の違いがあるのじゃ?」

 最後の『一押し』をした。


 その言葉でドリュアデスの張り付いた笑みが消える。と同時に儂の胸をドリュアデスの髪——いくつもの蔦を絡め、円錐状になった鋭い先端の触手——が貫いた。


「……これは?」


 風穴を穿ったはずの触手、それには何の手応えもなかったはずじゃ。その証拠に、胸を貫かれたはずの『儂の影』は霞のごとく掻き消えた。




「フィーちゃん、ナイス煽りっす! 向こうさん激おこっすよ!」

 ドリュアデスが貫いた『影』を生み出した魔術師、ジャンナが途切れた桟橋から手を伸ばしていた。その手を取り、切り離された桟橋から飛び移る。



 『紫煙魔術』

 自身の魔力とパイプで吹かした煙を混ぜ合わせて使役する魔術。

 視覚はもちろん、煙という細かい粒子を操作している以上、それ以外の感覚にも左右するであろう。

 この戦闘において、主力になる魔術じゃな。



「うむ、だがここからじゃ。レベッカとアラン殿が戦えるかは、儂らにかかっておるぞ」

「はいっす! ……て、フィーちゃんも援護するっすか?」

「儂には儂の戦い方があるのじゃ」


 操血術……植物を精製し、絡みつかせ、浮かぶように。

 固有の能力で精製している途中、周囲の湿原の感覚が違うことに気が付く。


「これは……アラン殿の仕込みじゃな」

「師匠の……? あ、あの湿原に落としてた小瓶っすか?」


 ドリュアデスが動く前、アラン殿が何か小瓶の封を空けて湿原に落としておった。なるべく死角になるよう、目立たぬように。

 その効果じゃな、これは。


 儂の負担が軽くなる。もう一つ仕事ができるのじゃ。



「ジャンナ、行くぞ」

「はえ?」

「アラン殿とレベッカを援護するのじゃ」

 未だに儂の手を握っているジャンナが目を丸くする。言葉は届いておるが、頭には入っていないようじゃな。


「お主の魔術は近寄ったほうが正確かつ強力であろう? 儂も手伝うのじゃ」

「……いやいやいや、無理っすよ! あたしはレベっちや師匠と違って、湿原をホイホイ移動できないっす!」

 そうであろうな。

 今日までの一週間で、全員の大方の能力は把握しておる。ジャンナの筋力や体力は、冒険者として高い方ではない。


「そこは儂がカバーするのじゃ。アラン殿の『仕込み』もあるからのう」

「……フィーちゃんがあたしを背負うっすか?」

「たわけ!」


 何をどうすれば、その案が出てくるのかわからぬ。思わず、じとっとした視線を目の前にいる魔女に向けてしまう。

 後頭部に手を当てつつ、「いやいや~、冗談っすよ! アハハ……」と乾いた笑いを零すジャンナの手を軽く握る。


「よいか? 儂が足場を作り続ける。お主はそれを渡りつつ、紫煙魔術で援護を続けて欲しいのじゃ」

「えっ、フィーちゃんの能力でそんなことが出来るっすか?」

「うむ、あとはじゃな……」

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