ポルシュ湿原の死闘、開始
「驚きね。『本体』に会って生きている人間がいるなんて……」
アランさんの疑問、それを前にしても植物人間——ドリュアデスと呼ばれた——は人形の笑みを崩さない。
「『本体』、だぁ?」
「ええ、今いる私はドリュアデスの『種子』の一つでしかないの」
二人の会話、どうやら色々と因縁があるようだが……この場で問いただすのは難しいし得策でもないだろう。
とにかく、目の前にいる植物人間と潜んでいるであろうワーム、こいつらをどうにかすることを優先して行動していくしかない。
言語を解して自意識もある……魔物のドリュアデス、そして周囲に控えるであろう20を超える巨大ワーム、こいつらを切り離さないと始まらない。
「大森林から動けない『本体』から自立した『種子』、それがこの私よ」
「ということは、お主はお主である程度の自意識を持つ……一種の『分身』のようなものかのう?」
「ええ、大当たりよ。お嬢さん」
相変わらず薄気味悪い笑みのまま、パチパチと空虚な拍手で褒め称えるドリュアデス。一直線に切り掛かりたいが……一つだけ、どうしても確かめなければいけないことがある。
「なあ……ブレンダさんは、本物のあの人はどうしたんだ?」
結果はほとんどわかっている。けどどうしても確認しなければいけないと思う。
フィルミナ以外の三人、その感情の機微が伝わるような気がした。
「私の擬態、上手だったでしょう? けど本人を直接取り込まないと、その姿に化けられないのが玉にキズなの」
瞬間、空気が焼けついた。
「てめぇぇぇぇ!」
自分に湧いてきた怒りですら霞むほどの激高、こんなアランさんは……初めて見た。
アランさんの怒りももっともだが、こちらもこちらで動かなければいけない。駆け出して、忍び寄っていた『それ』の首を断つように大剣を振るう。
「……えっ?」
レベッカの背後から迫っていた深緑のワーム、そいつの首は一太刀で落とせた。
返す刀でもう一匹にも振るうが、首を落とすまではいかない。大剣の重さと身の捻りを利用し、そのまま回転してもう一太刀浴びせかける。
「はえ?」
即座の二連斬りでジャンナに迫っていた方のワームも首が落ちる。
「あらぁ……残念ね。失敗しちゃったわ」
ドリュアデスが言葉とは裏腹に、笑みを崩さないまま肩を竦めた。
「……二人を狙いやがったのか!」
こちらに反応していたアランさんが、再びドリュアデスに向き直り問い詰める。流石にレベッカとジャンナが腕利きと言えど、ショックを隠せなかったようだ。
姉のような人が……死んでいたのだ。無理はない。
そこを平然と不意打ちしようとする目の前のドリュアデスに、どんどん怒りが湧き出してくる。
「当然でしょう? 隙が出来た獲物は脆いわ。ここに来た連中はみんなそう」
「今みたいに、か?」
大剣の血を乱暴に振るうことで、跳びかかりたい衝動を抑える。
ここで感情に任せて切り掛かっては、いよいよ不味い状況になる。そもそも現状、こちらが圧倒的に不利なのだ。
「ええ、私の擬態もそうだけど……神殿の結界は強力な魔物を防げないとか、この先にある国境の砦や公国の町はすでに滅んでいるとか、その度に動揺して簡単に餌食になったわ」
大きく呼吸し、憤怒をコントロールするように努める。また周囲に気を配り、先程のような不意打ちも警戒する。
覚悟を決めていたフィルミナと自分はいいが、アランさん達三人は違う。この目まぐるしい展開と非情な事実の連続に、どうしても隙が出来てしまう。
静かに迫っていたとはいえ、二人ともさっきのワームに気付かなかったのがいい証拠だ。
だが、それももう終わりにしないといけない。
「もう無駄だよ。今俺達がやるべきはお前を討伐することだ。それだけ考えて、他は全部後回しにするだけだ」
湿原が静かなのを確認し、大剣の切っ先をドリュアデスに向けて全員に聞こえるように言う。
これで伝わるはずだ。『今は戦うことだけを考えてくれ』と。
「……そう、まともに戦うしかないわね。けど、勝てると思っているのかしら?」
ドリュアデスがそう言って片手を上げると、自分たちがいる桟橋の前後をワームが破壊した。
さらに次から次へと深緑のワームが湿原から出てきくる。
残った桟橋を完全に囲まれ、じりじりと身を寄せ合うしかない。周囲のワームも狙うようにこちらに鎌首をもたげている。
これでは全員で退くことも進むことも難しい。
「うふふふふ……馬鹿ねぇ。人間は湿地を上手く移動できないんでしょ?」
そう、湿地という環境だけで向こうに有利でこちらは不利になる。こうして桟橋に居たいが、知性がある以上それを許してくれるはずはない。
しかもフィルミナによるとワームが22……いや、さっき二匹倒したから丁度20匹、数の上でも圧倒的に不利、勝ち目は薄い。
残った足場に一斉にワームが集中してくるだけで、こちらとしてはすでに手詰まりになる。
桟橋を捨てて戦っても、時間の問題だろう。
呼吸を整える。
自分がやるべきことは、決まった。
「フィルミナ……みんなを、頼んだ」
彼女に、鬼にだけ聞こえるくらいの声量で伝える。
「……帰って来い、必ずじゃ」
信じて、許してくれた。こちらのほうは彼女に任せておけば安心だろう。
「……アランさん」
次に彼……アランさんに話しかける。ドリュアデスにも、ワームにも聞こえないように。
「なんだ? 次の手なら俺に任せておけ」
嘘だ、流石に彼でもどうしようもないだろう。
ある程度は湿原で戦う用意はしていただろうが、知性がある魔物と20を超える特異種のワームは想定していない。
額を伝う冷や汗と作り笑いがその証拠だ。
「自分がワームを引き付けます。アランさんは全員でドリュアデスを叩いてください……反応しないで、いきますよ?」
軽くアランさんが頷いたのを見て、全力で駆け出す。
操血術……大剣を変化させる。
縛るために、捉えるために、長く頑丈に。
鎖へと変化させ、手ごろなワームに投げつける。手元で操ることで巻き付かせ、さらに巻き付いてから操血術で操作する。
引っ掛かり、食い込み、外れぬように。
先端を鈎上に、巻き付いた鎖からも棘を出してワームに喰らい付くように変化させる。
……いける!
鎖を引っ張ると同時、その反動を利用して思いっきり跳んだ!
鎖を巻き付けたワームを容赦なく踏みつけ、さらに跳躍する。
ワームが包囲する外へと!
恩恵『半減』。
湿地で取られる足、さらに崩れるバランスも『半減』する!
着地の感覚から、湿地の不利も半減できていることを実感できる。
これなら……!
あとはもう一つ、稽古や特訓の時も使っているように『半減』する。
「あらあら、一人だけで逃げるつもり?」
「俺一人じゃない!」
鎖を解除し、持ち物から秘密で用意していた袋を取り出し、潰れるように自分の胸に叩きつけた。
臭気に満たされ、吐き気がしてくるが我慢だ。
他のみんなを囲んでいたワーム共が、ピクリと反応する。
「こっちだ! 虫けら共!」
成功だ。
こっちに反応してワーム共が「ギィ、ギィィィィィ!」と不愉快な鳴き声を上げつつ、殺到してくる。
「これは……!」
「所詮は虫だな! 『本能』は隠せないみたいだ!」
特異種といっても、大本の部分は通常のワームと変わらないらしい。
フィルミナとの相談で、どんな魔物が潜んでいそうか候補は上げていた。そいつらが好みそうな匂い袋をいくつか作っておいたが……ワームはドンピシャだ!
いざとなれば頑丈で体力もある自分が囮になるために、秘密裏にしっかりと拵えておいた。
2、4、6……
バックステップを取りながら、こちらに向かってくるワームを数える。
……16、18、20!
全ていることを確認できた。
「アランさん! フィルミナをお願いします!」
「……ば、ばっかやろ、戻れ! セス!」
聞かずに背を向け、全力で駆け出す!
「セス様! お待ちください!」
「待つっす! セスっち!」
足を止めずに、さらに懐からもう一つ匂い袋を自分に叩きつける。独特の臭気に再び包まれるが、それでいい。
相変わらずの不快な鳴き声、それを後押しするかのように湿った土や草を蹂躙する音が背後から迫ってきていた。
早い! 恩恵で『半減』してなかったら、とっくに追いつかれて……
その思考を読んだかのように、一際ぬかるんだ部分に足を取られてよろけた。そのすぐ上、さっきまで自分の頭があった部分をワームが通りすぎた!
左から、すでに追いつかれ始めている!
なるたけ温存したかったが、そんなことは言ってられない!
操血術で強化し、鬼を超えた……吸血鬼としての身体能力を存分に発揮する。
さっきでも湿地を駆けていたとは思えない速さだったが、それを上回る速度で走れることを実感する。
肩越しに振り返ると、迫りくるワームの群れが湿原を引き裂きながら殺到している。数を数える余裕はないが、遠目に見えるみんなとドリュアデスのみ残っているのを確認できた。
……大丈夫だ。アランさん達なら大丈夫、フィルミナも付いている!
そう言い聞かせてさらに加速する。
こいつらを引き離し、ドリュアデスを孤立させる。
まずはそれをしないと、こちらの勝ち目は皆無と言ってもいい。
ただでさえ湿地で厄介なワームなのに、戦略と戦術を理解した指揮の元で襲い掛かってくるとなると、手が付けられなくなる。
群れを叩くなら、頭を潰せ。
向こうにとっては数匹ワームを潰されたところで痛くも痒くもない。
いや、必要経費と割り切ってこちらの足場やらを崩し、確実に殺りにくる戦法を駆使するだろう。
それをさせない。
あとはフィルミナとジャンナが連携すれば、アランさんとレベッカが存分に戦える舞台を整えてくれるはずだ。
アランさんも熟練の冒険者、単純な戦力だけじゃなくて湿原での用意もしているだろう。
俺に出来ること、こいつらを遠ざけて……!
背後の鳴き声と湿った大地を蹂躙する音に思考を向ける。
左右斜め後方から、また追いつかれ始めている!
全てではないが……三~四匹、くらいか? 全部が全部均一ではなく、足の速い個体もいるということらしい。
「くっ!」
せめてもの悪あがきとして、一直線ではなくなるべく不規則に左右に揺れるように、跳びつつ走る。
恩恵のお陰で早くも湿原に慣れ始めているが、決して楽観視を出来る状況じゃない。
鳴き声と湿原の音、それで判断し続ける!
左右の動きにも惑わされずに、喰らい付こうと追いついてきたワームを躱すにはそれしかない。
身体能力と五感を最大限に、さらにそれを操血術で強化し、恩恵で消耗や湿地の不利を半減して、ひたすらに駆け抜ける!
そしてみんなから十分に離れたら、ワームを出来うる限り引き付けて片付ける。一匹でも逃して向こうに行ったら、それだけみんなが危険になる。
無茶苦茶だがやれ、やるしかない。
いや、やれるに決まってる!
こんな芋虫共、『龍帝』に比べたら可愛いものだ!
『龍帝』しろがねとも手合わせした。
そのか細い根拠を支えに自分のやるべきことを成すのみだ!
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