いざ湿原へ! 後編
「どう? フィルミナ」
彼女に漆黒の翼をもつ蝙蝠が戻ってきたのを見て尋ねる。
あれから何事もなく街道を進み、自分たちの目の前には広大な『ポルシュ湿原』が広がっていた。時刻は丁度正午、予定より大分早く到着できた。
早速、とばかりにフィルミナが数匹の蝙蝠を飛ばし、湿地帯の索敵を行ってくれた。全員息を飲んで……いや、昼食を食べながら蝙蝠が戻るのを待っていたのだ。
フィルミナがフルーツサンドを食べながら蝙蝠と瞳を合わせるが……
「……うむ、やはり空からは何も捉えられん。湿地に潜んでおるようじゃ」
そう言うと食べていたフルーツサンドをちぎり、蝙蝠に食べさせる。他の部分はまとめて彼女の口の中へと消えた。
「となると……やっぱ湿地帯を進みつつ見ていくしかねえか。厄介だ」
すでに食べ終わっていたアランさんが口に手を当て唸る。
こちらが湿地帯を進むとすれば、まずは張り巡らされた桟橋を歩いていくことになる。そうなると精々が三人ほどしか横に並べず、しかも動ける場所も相当制限されてしまう。
湿地も歩けないことはないが、ぬかるみで桟橋よりもうまく進めないだろう。転んで身体が濡れると、さらに体力の消耗が激しくなる。
一番恐ろしいのは湿原の落とし穴だが、なんていったか……
「なるべく桟橋を歩くしかないのう。湿原を歩く場合は谷地眼に気を付けんといかんぞ」
そう、ヤチマナコだ。
「ヤチ、マナコ……ですか?」
「すみません、なんすかそれ?」
たしか……
「泥炭層の穴に水が溜まり底なし沼となったもの、だっけ?」
「そうじゃ、人はおろか牛や馬も飲み込んでしまうぞ」
フィルミナが頷き、補足していく。
「流石はセス様、ご存知でしたのね」
「いや、フィルミナに教えてもらっただけだよ」
「……フィーちゃんって、本当に博識っすよね」
元からそうっていうのもあるけど、何より本人が勤勉だからなあ。大図書館で読破した書物の量は、自分よりも圧倒的に多い。そのくせ中身もほぼ頭の中に入っている。
「アラン殿、儂なら湿地でも索敵できるのじゃ」
そうだろうな。けど平気か?
たしか封印の『副作用』で燃費が悪くなっているらしいが……ちょっとずつは回復していっているのか?
しろがねも世界を回り、旅をしていくうちに『副作用』が薄れていったとかいっていたけど……
「蝙蝠は泳げねぇぞ?」
「蝙蝠だけ、とでも言ったかのう?」
アランさんの問いに余裕で返すフィルミナ、今度は何を精製するつもりだろう?
ちなみに彼女が使役している蝙蝠やらは、現地の生物を手懐けているということにしている。さしずめ、『獣使い』とでも言ったところか。
さて、こちらは戦闘系三人、支援系二人、どのようにして湿原を進んでいくか……アランさんの采配を待つ。
「……よし、俺が先頭を務める。レベッカはジャンナと嬢ちゃんの護衛、セスは殿だ」
一番接敵の可能性が高い先頭をアランさん、次に狙われやすく奇襲の対象になりやすい最後尾に自分、挟まれるように支援のジャンナとフィルミナ、その二人の護衛にレベッカ。
おそらく、ベストな隊列だろう。
強いて言うならリーダーが先頭はどうか……という声もあるかもしれないが、一番の手練れはアランさんのため仕方ないだろう。
「何かあるまでフィルミナの嬢ちゃんには索敵し続けてもらうが……出来るか?」
「任せておくがよい」
蝙蝠を飛ばしたときも、今もフィルミナを見ているが本当に何ともない様だ。あとは湿原を進んでいる最中も、自分が目を離さないようにしよう。
「セス、お前は常に背後を気にしておけ。あと何かあれば、フィルミナの嬢ちゃんを最優先に考えて動け。いいな?」
「了解」
彼女を守る。
湖畔の町アモルでの時から、それは変わらない。
「ジャンナは戦闘になったら、すぐに支援頼むぞ。状況次第ではフィルミナの嬢ちゃんを連れて離脱しろ」
「はいっす」
ジャンナが返事と共に懐から特殊な形状のパイプ——キセルというらしい——を取り出す。
「レベッカは二人の身の安全を最優先。場合によっては俺かセスの加勢を頼む」
「はい」
レベッカが自身の得物、背中の大剣——処刑剣を担ぎ直した。
それぞれ『紫煙の魔女』と『赤毛の処刑人』の名を冠する凄腕のCランク冒険者。
今日までの間に、特訓や簡単な依頼で戦い方や得物を知ることが出来たが、二人とも二つ名に相応しい能力と腕前だと思う。
ちなみに自分の力は『錬成』と伝えてある。
恩恵の一種で、自身が持つ武具の形状や性質を変化させることが出来る。
そんなところだ
腕力や体力は生まれつきの体質、ということにして誤魔化している。正直、通用するか不安だったが……
『うーん、生まれつき魔力が高いけど身体能力の方に乗っているって例もあるっすからねぇ。その場合は魔術の素養が残念な代わりに、体力や腕力がゴリラっす』
とはジャンナの言だ。
せっかくだしこの予測に『あ、それかもね』と乗っておいた。
だがいざとなれば……そんなものは全部捨てる。
恐らく、どんな言い訳も効かないような——圧倒的な吸血鬼としての——『力』を振るう覚悟はできている。
アモルのように受け入れてくれなくても、その時とは比べ物にならない暴力を振るい嫌悪されようとも、自分がすることに変わりはない。
フィルミナはもちろん、今いる皆を死なせたくない。
自分の身は二の次にして、それを望む。
何より……それが出来る事件であることを願う。
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