自己紹介して復讐を

 丸い木のテーブル、そこに五人が席について各々の前には頼んだ飲み物が置いてある。自分とアランさんの前には麦酒、フィルミナの前にはリンゴジュース、レベッカさん達の前には果実酒が並んでいる。

 食事は後になるとはいえ、自己紹介の後には飲み物はあったほうがいいだろう。ちなみにこのテーブルはアランさんの奢りになっているので、遠慮するつもりはない。

 自分の発言が暴発した後……






「わ、悪かった! 場を和まそうとしただけだ!」

 嘘つけ、と思ったが流石にそれを堪えられないほどではない。

「セスよ、儂も謝るから怒るでない。まずは自己紹介じゃろう?」

 フィルミナの言う通り、それが無難だろう。このまま一緒に食卓を楽しむには、流石にお互いの理解が足りなさすぎる。


「……わかってるよ。とりあえず、飲み物は頼んじゃっていいですか?」

「お、おお! 好きなもん頼め! さっきも言ったが俺の奢りだ!」






 とまあ、以上のようなやり取りのあと注文した飲み物が揃ったのだ。

「アラン殿、全員が知っている上に、この場を設けたお主からお願いしても良いであろうか?」

「おう、それもそうだな!」


 アランさんが咳払いを一つしてから立ち上がった。

「俺はアラン・ウォルシュ、Bランク冒険者だ。一応『旋風の武人』なんて大層な二つ名も持ってるぜ。何か困ったことがあれば、何でも言ってくれ」

 白い歯を見せて笑顔を見せる。そして立ち上がるとやはり大きい。


「じゃあ、次は俺の弟子達の紹介でいいか?」

「うむ」

「お願いします」


 言葉通りアランさんが視線で促すと、

「はい、私はレベッカ・キャンベルと申します! 冒険者でランクはCです!」

 自分の隣、勢いよく立ち上がったのは赤髪をショートに揃えた女性である。それとは対照的な青空の瞳は、真っ直ぐにこちらに向かっている。


「年は18歳、趣味はカフェ巡りです!」

「あ、はい」

 全員への紹介のはず、なんだけど……俺にだけ話しかけてないかな?



「……あ、それと『赤毛の処刑人』っていう二つ名も持ってるっすね」

 アランさんの隣、明灰色の髪と瞳の女性が口を挟む。


「ジャンナ、それは……」

「物騒だからあんまり好きじゃないみたいっすけど、せっかくだし言っちゃったほうがいいっすよ」

 眼鏡の奥の瞳を細め、楽しそうに笑顔を作るジャンナと呼ばれた彼女が、三つ編みを軽く揺らして立ち上がる。


「あたしはジャンナ・エヴリーっす。レベっちとコンビを組んでる冒険者で、ランクは同じCっす。『紫煙の魔女』なんて二つ名もあるんで、実力はそこそこっすね」

 そう言って、ふんっと胸を反らすが……すごい。

 ゆったりとしたローブの上からでも、しっかりと豊かな双丘を主張している。凝視したい欲望を必死に捻じ伏せた。



「年は私と同じ18歳、趣味は……喫煙具集めと燻製づくりですわね」

「ああ! バラされたっす!」

 今度はレベッカさんが口を挟んだ。


「……女の子らしくないっすよね?」

「『せっかくだし、言っちゃったほうがいい』のでしょう?」

「うぅ、なんも言い返せないっす」


 がっくりと項垂れるジャンナさん、それと引き換えに腕組みしてそっぽを向くレベッカさん、こうして会ったばかりでもお互いが遠慮なくやり取りできる関係だとわかる。


「いえ、燻製は自分も好きです。自分は……」

「お主の前に儂が貰ってもいいかのう?」

 自分が名乗ろうとした前に、フィルミナが名乗り出てきた。彼女に譲るよう、手の仕草だけで答える。


 立ち上がるが……やはりフィルミナは今の姿だと小さい。テーブルに腹から下は全部隠れてしまっている。


「儂の名はフィルミナ・テネブラリス。仮登録だがセス専任の補助者じゃ」

 一瞬、レベッカさんの表情が強張った気がするが気のせいだろう。


「趣味はチェスと読書で、好物は林檎とそれを使った菓子じゃ」

「専任……」

「仮登録の補助者、てことは12歳っすか」


 本当は何歳か全く見当がつかないけど。

 心の中でそう付け加えておく。


 さて……

 立ち上がり、全員を見回す。



 漆黒の髪と瞳、自分よりもたっぷりと頭一つ大きい巨漢アラン・ウォルシュさん。


 ふんわりとした赤いショートヘアに青空の瞳、自分よりも小柄な体躯のレベッカ・キャンベルさん。


 明灰のお下げに眼鏡の奥の瞳も同じ色、レベッカさんよりもさらに小さいジャンナ・エヴリーさん。


 夜空を切り取った長い黒髪に真紅の妖しい瞳、雪を溶かしたような白い肌、見た目は小さな子供のフィルミナ・テネブラリス……

 いや、フィルミナ・リュンヌ・ヴィ・テネブラリス。



「自分はセス・バールゼブルです。年は17歳、趣味は家事全般です」

「まあ……家庭的なんですね。素敵です」

「ますます、ウチら冒険者稼業にはいない人っすね」

 こうした自己紹介なんて何年ぶりだろう?

 なんか照れ臭い。



「Dランク冒険者になったばかり「「ええっ!!」」



 二人……レベッカさんとジャンナさんが同時に叫んだ。どちらも目を見開いて、こちらに身を乗り出している。


「おいおい二人とも、まだ途中じゃねぇか。どうした?」

 眉を寄せたアランさんが口を挟む。


「いえ、その……まさかセス様ほどのお方が……」

「……いや、考えたらそうに決まってるっす。Dランクスタートの特例っすよね?」

「そうです。つい一週間ほど前になったばかりです」

 そうだった。

 そう言えばレベッカさんを助ける時に、はぐれ龍を三体討伐したんだった。あの場にジャンナさんもいたんだろう。


「そりゃ……セスの坊主はなかなか強いけどよ、普通はEからスタートだろう? Dなら納得だろ」

「普通のDランク相当はワイバーン二体に、シールドドラゴン一体を瞬殺なんてできないっすよ……」

「………あぁ!? そりゃマジか?」

 今度はアランさんが身を乗り出してこちらを覗いてくる。


 ……ま、好都合かもしれない。


「はい、レーベ湖の宿場町で偶然その場に居合わせまして……余計なお世話かと思いましたが助太刀しました」

「余計なお世話なんてとんでもありません! セス様が駆けつけてくださらなかったら……今頃私は……」

「そうっすね。あたしもワイバーンの攪乱をしてたんすけど、一発で撃ち落としてくれて助かったっす」

 ジャンナさんは投擲槍で仕留めた、二体目のワイバーンの相手をしていたらしい。それなら見覚えがないのも仕方ないか。


「……感謝するぜ、セスの坊主。二人を助けてくれてありがとうな」

「いえ、出来ることをしたまでですので……」

 いい流れだ。

 アランさんは感謝してくれているし、レベッカさんとジャンナさんも素直に認めてくれている。

 ここで頼んでみるか?


「そこでじゃ、セスを街道の魔物討伐に加えてはもらえんだろうか?」

 フィルミナ、ナイスアシスト!

 一瞬彼女と目が合うが、軽く瞑って目配せしてくれた。


「うーん、それは……」

「儂が見た限りでは、はぐれ龍三体を危うげなく片付けておった。能力的には問題ないと思うが……レベッカ殿とジャンナ殿はどうじゃ?」

 上手い。

 ここで自分だけじゃなくて、称賛していた二人にも判断を委ねることで、多数決でも持っていけるようにするつもりだ。


「セス様が加わって下さるなら、百人力です!」

「あたしも賛成っす。特に殴り合い貧弱なあたしは、前衛が多い方が心強いっす」

 こうなるともう決まったようなものだ。

 あと必要なのは……

「アランさん、自分がお力になれるならお願いします。少しでも出来ることがあるなら、それをさせてください」

 自分自身——セス・バールゼブル——の意思だけだ。



「……正直に言うと、助かる。今日までの実戦稽古でも全く問題ねえ。どころか、そこらのCランクなんぞ相手にならないくらいの実力があるからな」

「じゃあ……!」

「ああ、手を貸してもらう。ただし、フィルミナ嬢ちゃんは「儂も着いて行くぞ」


 思いっきり食い気味にフィルミナがアランさんの言葉を遮った。


「フィルミナのお嬢ちゃん、その……」

「たしかに戦闘なら儂は力になれん。しかし、索敵や諜報ならここにいる誰より長けている自信があるのじゃ」

 一理ある。

 植物、その気になれば魚類や鳥類、鼠などの哺乳類も精製出来るのだ。地形や天候に関わらずに、その場で索敵や諜報をこなせるのだろう。


「そもそも、討伐対象がいるのは国境付近の湿地帯であろう? 儂ならその中でも外でも調査できるのじゃ。なにより……パーティメンバーから考えてももう一人、戦闘以外を担当できるものがいた方が良いであろう」

 全部正論で事実である。

 しっかりと事前の情報を集めている上に、現状のパーティに自身が必要とプレゼンテーションをこなしていく。


「ジャンナ殿も戦闘での支援に索敵となると……一人では負担が大きかろう。儂が索敵を担当すれば、彼女も楽になるはずじゃ」

 自分、アランさん、レベッカさんは完全に戦闘系だろう。支援系がジャンナさん一人では負担が大きい、その上で索敵まで押し付けては彼女が潰れてしまいかねない。



 ちら、とアランさんがジャンナさんに視線を向けるが……ジャンナさんも頷くことしか出来ないらしい。



「安心せい、なるべくセスの傍から離れんようにするのじゃ。身勝手な行動もせん」

 この一言が決め手になった。


「わかった……フィルミナ嬢ちゃんにも一緒に来てもらう」

「うむ、足を引っ張るつもりはない」



「ああ……それと、『セス!』」



 名前のみでの呼びかけ。

「嬢ちゃんの身の安全はお前にかかってる! 『坊主』なんて呼ばれる奴にゃ務まらねぇ! 気合いを入れろよ!」

「……はい!」


「うむ、話はまとまったようじゃな。では、音頭をお願いしよう、アラン殿」

 いつの間にかフィルミナが握っていた会話の主導権、それをアランさんに返した。



「ああ、これで俺達は一心同体のパーティだ! 目的地は国境付近にある『ポルシュ湿原』!」

 アランさんが麦酒の入ったジョッキを掲げる。

 それに倣い、自分を含めた皆もグラスやジョッキを持つ。


「出撃は一週間後、各々それまでに身辺整理を整えること! だが……俺たちは勝利し生還するために行くんだ! それだけは忘れるな!」

 全員の顔を見つつ、アランさんが確認を取った。


「我らに女神さまの加護を! 乾杯!」


「「「「乾杯!」」」」


 五人が持っていたジョッキやグラスを軽く打ち合わせた後、中に入っていた飲み物を流し込む。

 炭酸の喉越し、それを感じつつも食道から胃に流れ、全身に熱として回っていくのを感じた。


「さあ、みんな好きに飲んで食え! 今日到着したレベッカとジャンナも倒れるまで楽しんでいけ!」

 待ってました!

 今日は遠慮するつもりはない。実戦の稽古がない分、朝早くに起きて自主鍛錬していたせいだろう。いつも通りの朝食、昼食では全く足りなかったのだ。


 何より……さっきロリコン疑惑をかけられたことを忘れてはいない!


「すみません、注文お願いします!」

「はーい! 喜んで!」

 容赦はしない!







 テーブルの上には注文した料理や飲み物が届いていき、所狭しと並べられていく。麦酒や葡萄酒、鶏足に大盛りのピラフやパスタ、各種サラダ、挙句には魚のフライや豚の丸焼きまでくる予定だ。

 冒険者ギルド内とは言え……いやギルドであるからこそ、ここまで豪華な飲食物が出てくると言っても過言ではない。ギルド内ではパーティの募集や親睦会、そういったものを後押しするため、飲食スペースが設けられ料理人も名が知れたものが多いのだ。


 冒険者だと一般よりも割引がかかるとはいえ、これを一人で払うとなると結構な出費になるのは想像に難くない。


 その証拠に『ここは奢りだ』と言った巨漢は、財布を開いて中身を確認している。



「……おい、セス?」

 すでに届いた料理を片っ端から取り分けて食べ始めているため、すぐに返答は出来ない。言っておくが、自分だけじゃなくて他の人にも取り分けるようにしている。

 頼んだものの大部分は自分だが、それを独占するような神経はしていない。


「………何ですか? どれも美味しいですよ!」

 口の中にあった物を嚥下し、わざとズレた返答をする。



「いや、その……残すんじゃ、ねぇぞ?」



「平気ですよ。自分、好き嫌いないんで! あ、麦酒もう一つお願いします!」

「はーい、喜んで!」

 鬼になってから、食べたら食べた分だけ活力になるのを実感する。


「ああ……たくさん食べるあなた様も素敵です」

「うーん、あの食事量であの体型……一体どういう仕組みっすかね?」


 二人の感想も何のその、タダで食べて飲めるならそれをするのみだ。

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