2-7 霧亜と朱雀
「魔術じゃ動かない」
能利は諦めたのか立ち上がった。
「……どういうことだってばよ」
「俺その漫画好き!」
ラオが手を挙げた。
「後で語らおうじゃんか」
能利の魔術で動かない要因は、魔力が足りないから。それか、能利の火——マグマのイメージが明確じゃないから。だが、さっき能利はマグマを動かせてた。つまり、この目の前の滝のように流れるマグマは、マグマじゃないのかもしれない。
試しに、オレは青龍の森で体術師の女、クイに放った威力の高い水鉄砲を、滝に発射してみる。
じゅっと音をたてて、オレの渾身の水鉄砲は、小さな煙をあげて蒸発した。まごうことなきマグマのようなんだが。
ラオは、なんの躊躇いもなく川に指先を突っ込んだ。
「ぎゃっ!」
慌てて指を引っこめる。マグマの熱気だけで火傷をしたようだった。
「お前はバカなのか」
オレが言うと、能利も呆れたようにラオの火傷した指先を叩いた。
「いっだ! あ、ありがと」
ラオの火傷は治ってる。
治癒に関しても、性質は一緒だから、火傷の治癒はオレより能利の方が上手い。身体の中で、その要素がどう影響して怪我をしてるのか、理解しないと治すものも治せない。
「青龍さん、どうすればいいですか」
智奈が、頭の上に落ち着いている青龍に訊く。
「あとは自力でどうにかするんだな」
青龍はするりと智奈の頭から蜷局を解くと、オレの六芒星のペンダントに吸い込まれて消えた。
「いなくなっちゃった」
智奈は肩をすくめる。
捨て身タックルでもしてみるか。
「能利、火傷の治療魔術に自信はあるか?」
オレが訊くと、能利は頷く。
「そこそこには」
「しっかり練度を上げた魔力を用意しといてくれ」
言われてる意味を理解したのか、能利は目を丸くした。
「お前正気か」
多分、同じことを考えていてくれてるはずだ。
オレは深いため息をつく。
「水が得意で良かった」
オレたちが立っているマグマの川の岸から、滝までの距離は役五十メートル。
「ラオ、オレ一人持ち上げて飛ばすことは?」
「楽勝」
「よし」
じわじわとオレがやろうとしている事がわかってきたのか、智奈が頭をふるふると横に振り続ける。
アズは危険を察知したのかオレから智奈の肩へと移動した。
「大丈夫大丈夫、死にはしない。能利さんを信じて待っててくれな」
身体に水の防御膜を張る。生身で突撃するよりはいいだろ。
「いい? いくよ」
ひょろひょろのラオに腕をつかまれる。掴まれた腕の部分に、加速をかけておく。ラオはハンマー投げの要領で一周回ってオレをマグマの滝へ飛ばした。離される直前、加速でブーストをかける。
投げ飛ばされる間、直下がマグマで既に防御の水が蒸発しそうだった。
ものの数秒で、朱雀の目の前のマグマに近付く。オレは手を前でクロスして、身体を丸めた。
身体に張った水が、一瞬で蒸発する感覚。
マグマに触れた感触はあったが、何故か熱くはなかった。
飛ばされた勢いそのままに、滝の向こうの穴に到達して、オレはふかふかの何かに突撃して、ゴロゴロと転がる。
「いったーい!」
聞こえてきたのは、声高な男の声。
大の字の状態で、放心する。手を持ち上げて確認してみる。火傷の痛みは何も無い。辺りは、ただ、ふかふかの赤いベッドにいる気分。
「生身でつっこんでくる子久々よお、もう。あんただいぶバカね」
ベッドが喋る。
頭だけ持ち上げてみると、ちょうどオレの股間部分に、鳥の頭がある。
額から後頭部にかけて、赤と金色を混ぜた長い羽。羽の先端は炎が揺らめいている。目は鋭く黄金の色で染まり、
「ちょっと、そろそろどかないと、あんたの可愛いとこ
嘴が動く。
オレは慌てて鳥からどいて、地面に降り立った。
鳥もバサバサと体勢を立て直す。家ひとつ分くらいでかくて、赤い鳥だ。
「いらっしゃい。調停者ね?」
と男の声で可愛らしく首を傾げた。
オレが頷くと、大きな鳥はあはは、と笑う。
「あんたみたいなバカが好きだからこんな試練にしてみたんだけど、案外みんな突っ込んできてくれないのよね。いい見せ物だったわ」
翼を広げて高笑いする朱雀。滝の奥にあった穴いっぱいに広がる、赤と金。翼の先も、振り返って穴から垂れる金の尾っぽの先も、炎が揺らめいている。
「青龍には行ったみたいね。残念だけど、代替はあたしじゃないわ」
朱雀の言葉にオレは落胆する。また出直しか。もう少し効率的にならねえのか、この制度。百年に一度のイベントだから、しょうがないのか。
朱雀は翼から一枚羽根を啄むと、ひらひらとオレの前に落とす。
「はい、これ。青龍の鱗と同じ証よ」
「どうも」
落ちてきた羽根は、オレの手に触れるとするりとペンダントに吸収された。
「代替えって、きっと白虎ちゃんじゃない? 前回は玄武だったし」
オレは朱雀の言葉に驚く。
「教えてくれるのか」
あはー! と朱雀はまた声を上げて笑う。青龍と違って、随分フレンドリーで陽気な神様だ。
「青龍は教えてくれなかったの? ケチ臭いわー、あの青二才」
「うるさいぞ」
いつの間にか、オレの隣に小さな浮遊する青龍がいる。
「あたしより百年若造でしょ。でしゃばらないでちょうだい」
ふんと息をつく青龍の鼻からは小さな雷がバチバチと飛んでいる。
「お仲間も多そうね、楽しいじゃない。白虎がいるのはメネソンよ。ほら、さっさと行きましょ」
ありがたい情報をくれた朱雀は、ぐっと力を込めると上へと羽ばたいた。
朱雀の嘴で木の洞窟はバキバキと穴を開けていく。オレの頭上を朱雀が突き進み抜くと、小さな光が天井に見えた。地上まで、朱雀が穴を開けたらしい。マグマがこっちに流れ込んでくる様子もない。朱雀にとっては自分の縄張りだから、マグマを操るなんて簡単か。
「朱雀が死にゆく姿なんて、想像できないな」
一緒に上を見上げていた青龍がぼそりと呟く。
「青龍さん青龍さん、オレたちを地上へ連れて行ってくれたりしないか?」
期待を込めて、オレは訊いてみる。
青龍はふわふわとオレの目の前に泳いでくる。
「私が、わざわざ大きくなって、わざわざ四人を乗せて上に上がれと?」
全く乗せてくれそうにない。オレはがっくりと頭を下げた。
「すいませんっした」
「良かろう」
オレが驚いて顔をあげると、目の前に大きな黄金の目玉が現れる。
「うわ、その驚かせ方やめろよ」
青龍は穴の中に、身体が入りきらないようでみちみちと蜷局をまいて、穴の下に尻尾部分が朱雀と同じく垂れている。
「早く仲間を呼んでこい。上に飛ぶぞ」
滝に見えていたマグマは、幻覚だったようだ。オレが発射した水は、川の蒸気で蒸発しただけだった。
オレは全員を青龍の前に呼び寄せる。
初めてこのサイズを目にした智奈、能利、ラオは硬直していた。
「こんな本物の龍に乗ったら、ザンリに当分乗せてもらえないだろうな」
能利が興奮気味に言った。
青龍はバチバチと雷の音を立てる。ぐっと力んだかと思うと、暴風を巻き起こして朱雀の開けた穴を一気に上った。
段々と光が大きくなってくる。洞窟によって蒸していた空気が、穴を抜けて一気に解放された。
新鮮な空気を、オレは大量に吸い込む。
ガンを作り出す巨大樹の木のてっぺんに、朱雀は降り立っていた。
「このままメネソン行っちゃいましょ」
そう言うと、朱雀は羽ばたいて浮き上がり、ガンの上空を旋回して、水平線に向かって飛んでいく。陽の光と海に照らされる朱雀は、宝石のように綺麗だった。
青龍に、一度智奈の両親の元へ戻ってもらい、別れの挨拶をして、オレたちは次の白虎のいる地、メネソンに向かった。
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