3-3 智奈と神獣フライト
———— Tina
青龍の背に乗って、智奈たちはガンからメネソンへと向かっていた。青龍の前を飛び、海上を滑空する朱雀の姿は、真上にある太陽の陽を浴びて輝いている。長い尾っぽが水面を跳ねる度に、海面に一瞬炎が灯り、すぐに消える。
その炎を追うように、赤く大きな巨大魚が泳いでいる。能利の獣化動物、ザンリというらしい。ライルの地で、初めて能利に会った時に能利を攫った赤い龍だ。
青龍の背には、一番前に霧亜、その後ろに智奈、ラオ、能利の順に座っている。ナゴはいつも通り智奈の首に巻きつき、アズは朱雀と青龍に並行して飛んでいる。
ナゴの乗り心地よりも青龍の背中は安定感こそないが、とても静かに飛ぶため、心の余裕がある。
青龍の鱗も太陽に輝き、てらてらと光っている。宝石のような鱗が太陽の光で反射して、智奈の身体をちらちらと七色の光が照らしていた。
常夏のガンから遠ざかるにつれ、北上しているのか気温が段々と低くなってくる。
智奈は肩を摩った。
「寒くなってきたね」
「日本でいうと秋の気温くらいだからな、メネソンって」
智奈の前に座る霧亜が言う。
「服、元に戻したい」
このロウが作ってくれた青いマントで、体温はどうにかなっているわけだが、足が出ているのが見ていて寒い。
「ワガ・ママ子ちゃんかよ」
霧亜は面倒臭そうに、ええ、と声を上げる。
「可愛い妹が風邪ひいてもいいの」
「わかりました」
観念した霧亜は振り返って智奈の太ももに手を当てた。
霧亜の手の平に魔法陣が浮かび、智奈の足に吸い込まれていく。
いつものニーハイソックスに戻してくれたのかと思ったが、縁がひらひらとレースになっている、お姫様が履いていそうな白く可愛らしいソックスに変わっている。
「ねえ何これやだ!」
霧亜は声を上げて笑った。
「いいじゃんか、似合うぜ。それ、お前のクローゼットに入ってたやつだよ」
「これはハロウィンパーティの時にお母さんが買ってくれたやつ! いつもの黒いのにしてよ」
「いいじゃん、ちょっとはそれ履いてな」
霧亜は、智奈の太もも部分のレースをぺしりと叩いた。
「それも可愛いよ」
後ろのラオも、笑いを堪えているのがわかる。
能利のため息も聞こえた。
「最悪。初めて霧亜嫌いになりそう」
そう言われて、霧亜は慌てて元のソックスに戻してくれた。
ついでに、自分もいつものパーカーに着替えている。
見えてきた大陸は、てっぺんに雪をつもらせた山脈に、ぐるりと囲まれている大陸だった。
「すげえな、なんだあの建物」
霧亜がぼそりと言う。
山脈に囲まれた内側には、茶色一色の建物がたくさん連なり、屋根だけが色とりどりの鮮やかな街並みが見える。
「すげえ! すげえ! 体術師の都メネソンだ!」
後ろのラオが興奮気味に言った。
「有名なの?」
智奈が振り返って聞くと、ラオは首がとれてしまいそうなほどぶんぶんと縦に振る。
「有名も何も、あの山脈は体術師の憧れなんだ! 海を越えて、あの山脈を超えることが体術師の
ふうん、と霧亜は興味のなさそうに呟く。
「じゃあ、ここから飛び降りて後で合流するか?」
まさか、今こんなところにラオを置き去りにしたら死んでしまう。
「いいのか!」
まさか、の答えが返ってきた。
「え、ここから海渡って山も超えるのか?」
驚きで、後ろの能利も信じられないという声を上げる。
「一日か二日で追いつけると思うから、待ってて!」
言うやいなや、ラオは青龍の背中から飛び降りて海の中にダイブした。ほとんど水音を立てずに着水したラオは、姿が見えなくなるほど深く潜った。だんだんと、ラオがメネソンに向かって進んで揺らめく姿が見えてくる。
「本当に行っちゃった」
「オレ、体術師にはなれないし、あの脳筋とは分かり合えないかもしれない」
ラオがイルカのように泳ぐ姿を智奈と同じように上から眺める霧亜が言う。
「ザンリ、ラオについて行け」
能利が下を泳ぐ赤い巨大魚に向かって言った。
「私が付き添いとは、それこそ誉れだぞ、あの小僧」
ザンリの泳ぐスピードがアップしたかと思うと、隣を泳ぐラオをすいと抜かした。負けじと、ラオもそれに追いつこうとする。
本当に、ラオは泳ぐのが得意ならしい。このスピードを第一の世界で披露したら、オリンピックの水泳選手がやる気をなくしてしまいそうだ。
朱雀と青龍は、メネソンの
「あたしたち先に白虎ちゃんの様子見に行ってるから、頑張って来てね。白虎ちゃんはわかりやすいだろうから。応援してるわ」
朱雀はそう言うと、赤い羽根を残して、姿を消した。それを霧亜が拾い上げると、六芒星のペンダントに吸収された。
智奈は、乗せてくれた青龍の顔を撫でて、お礼を言う。
「ありがとうございました。空飛ぶの、気持ちよかったです」
青龍は小さくパリパリと鼻から小さな雷を出す。
「また白虎のところで
青龍も、一枚の鱗を残して、姿を消した。
今までのように、一緒にいて、白虎へのヒントを教えてくれるわけではないらしい。
「息が詰まりっぱなしだったわ。青龍様に乗せていただくなんて」
ナゴがふらふらと智奈から降りると地面にへたり込んで、深く息をついた。
「あたしなんて、風で飛ばされそうだった!」
能利のもう一匹の獣化動物である蜘蛛のクズネも、ナゴの背中をぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「ヤバイっす! おいら、御二方と空飛んだんだ!」
人間より、獣化動物たちの方が興奮気味だ。
霧亜は獣化したアズの足に乗って、智奈と能利は獣化したナゴに乗って、メネソンの街に着いた。
数時間走り、もう時刻は日が暮れそうになっている。
街の通りを歩いている時、ちょうど夕陽が通りの進行方向から顔を出していた。
真正面から、オレンジ色に照らされる兄と、兄の友人を交互に見る。白色の髪がオレンジ色に染まり、琥珀色の目は真っ赤に燃え上がるような瞳だ。
智奈は、能利と出会った時を思い出す。
痛みに耐える能利の苦悶の表情は、右目の封印魔術も相まって恐ろしかった。まさか、隣を歩く友人になるとは思わなかった。
智奈の体力が封印されているという、能利の右目。最初は、智奈に返すつもりは無いと言っていたが、どうして突然智奈たちの目の前に現れて、霧亜の『四神の調停者』の仕事を協力しようとしてくれたのか。
見られていることに気付いた能利は、こちらに目を向ける。
「どうした?」
赤く見える瞳も、今はもう怖くなかった。
智奈は横に首を振る。
「なんか、オレたち見られてる気がするんだけど」
霧亜が言った。
智奈が弁明をしようと口を開けたが、霧亜が言っているのは智奈に見られているということではないようだった。
改めて街並に視界を広げる。
ライルの商店街と、変わらぬ賑わった街。違うのは、マントを羽織った人間が少ないこと。肌寒い気候であるのにも関わらず、肌の露出が多い服を着ている人がほとんどだ。
その人たちが、少なからず智奈たちに注目して歩んでいるのがわかった。
「オレ、イケメン過ぎたか……」
霧亜は物憂げに、まるで名探偵かのように顎をつまむ。
「バカなこと言ってないで、ラオを待てるところを探すぞ」
背中を能利に膝で蹴られた霧亜は、しぶしぶ歩き出した。
「もし」
突然、街ゆくおじさんに声をかけられる。上裸にサロペットを着た、恰幅のいいおじさんは、霧亜の腕を掴んだ。おじさんの二の腕は智奈の胴体ほど太く、まるでゴリラがサロペットを着ているようだ。
霧亜は慌ててその手を振りほどく。
「おお、わしの手を振り解けるなら、魔術師じゃなさそうですじゃ」
おじさんは、振りほどかれた自らの手を愛おしそうに眺める。すると、霧亜の髪に触れようと手を伸ばしてきた。
「その髪、もしかして、こみえですかな?」
霧亜はおじさんの手をぱしりと叩く。
「そうだけど」
霧亜の言葉に、サロペットのおじさんは顔を輝かせた。
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