3-2 クイとそれぞれの仇

「智奈の依頼は、こみえからの依頼か?」

 男が訊いてくる。

「そうだ。暁乃智奈——お前の娘を殺せと」

 秀架が答えた。


 そう、目の前のこの男は、依頼の少女の父親だ。

 こみえの女と愛を育もうとした、哀れな魔術師の男。


「こみえは親の心がわかってねえなあ」

 男は片足に体重を乗せ、腕を組んだ。

「こみえは、強くなるためなら、親でさえも殺すわよ」

 クイは目を伏せて言う。


 日常茶飯事に起こっていた、こみえ一族での親殺し。人を殺すこととは、その殺した者より強いという証だ。自分より常に親は強くなくては、子供にさえ殺される。子も同様、親に勝てない弱い者は、殺されても仕方がない。

 クイも、自分の兄を父親に殺された。実の子供を、何の躊躇いもなく、こみえ一族の長である父は、クイの兄を殺したのだ。


「オレの可愛い可愛い息子がさ、可愛い可愛い娘と一緒に調停者をやり遂げようとしてんだ」

 男は長い杖を取り出した。

 クイの目に見える範囲全て、森一帯から、太陽の光が消えた。風が吹き荒れ、木々がしなる。

 この男は、この範囲の天候を変えるのか。クイはそんな芸当を起こす魔術師を見た事がなかった。

「青龍の言葉通り手を引くんなら見逃す。邪魔するんなら容赦しねえぞ」


 クイは、この男の言うことに怒りを覚えた。

 この男は、勝手にこみえ一族の女と恋愛をして、結婚までして、禁断と言われる混血人種の子を作った。

「全部、あんたのせいでしょ。混血人種なんて産んで。あの子たちが可哀想よ」

 言われた男は、何も言い返してこない。

「こみえ一族が、一人の子供しか育てないのを知らなかったの?」


 こみえ一族は、強い戦士を育てるために、一子のみを育てる。次に生まれる子供をある程度まで育て、お互いを戦わせて殺すか、選んだ子供に、殺した方の体力を注ぎ、人一倍強い体術師を作る。それがこみえ一族だ。

 クイの兄は、病弱で生まれた。そのため、身体の丈夫に育ったクイが生き残り、兄が殺された。この身体には、兄の微弱な体力が流れている。


 こみえ一族の中で弥那は、一目置かれる存在だった。ただ、こみえのやり方には反対を突き通す人だった。弥那のために、より強いこみえの体術師と交配させようと、こみえの長が血眼になるほど。そんな彼女が、突然こみえ一族から姿を消した。

 探し出してみれば、子供を作って隠れていたのだ。最強の魔術師の子供を授かって。


「俺たちなら、逃げられると思ってた」

 今まで脅威を見せていたはずの男が、なぜか弱々しい、何の力もない男に見える。

「ここまで執拗に子供を追うとは、恐れ入ったよ」

 

「こみえの長を殺したんだもの」

 この男は、こみえ一族の長であった男を、こみえ一族を襲撃して殺したのだ。そうして、一族襲撃と長殺しで政府にまで追われている。


 男はクイの言葉に、悲しげに笑った。

「俺がいない間に、妻を殺されたらな。逆上しないわけない」

 ちらりとクイは秀架を見るが、秀架は黙ってクイと男のやりとりを聞いている。


「ありがとう。せいせいしたわ。あなたが殺してくれたの、私のお父様よ」


 まだクイが十四歳の頃。十年ほど前に、この栗色の髪の男はこみえ一族の住むルルソの一角に現れ、こみえの長であり、クイの父親であり、兄の仇を殺して、逃げた。


 男は目を見開いてクイを見る。こみえ一族であることは割れていたが、まさか長の娘だとは思っていなかったのだろう。

 男は頭を下げた。

「すまなかった」

「謝らないで。いつか殺してやろうと思ってたんだから。あなたがこみえ一族に混乱を起こしてくれたおかげで、あたしもこみえから逃げられたんだもの」


 この男がこみえ一族に混乱を招いた時。父親がこの男に殺された時。クイはやっと、自由を手に入れた。

 混乱に乗じて一族を離れ、ルルソの砂地で、食べるものもなく力尽きた。それを拾ったのが秀架だ。


 秀架に、こみえ一族の暁乃智奈の殺しの依頼が来た時、逃げたクイの存在は明るみになったが、この依頼の成功をもってして、クイの自由は約束されていた。

 平凡な長の娘がいなくなることより、最強同士の掛け合わせの子供を、更に強くして育てたいのだろう。


「申し訳ないけれど、あの子殺さないと秀架が殺されちゃうのよ」


 自分の娘を殺すことを止めない意思を知り、男がピクリと動くのが見えた。

 それに気付いた秀架が、地面に両手をつく。


 男が放った大量の雷撃がクイたちの上に落ちるのと、秀架が練り上げていた毒沼に男が引きずり込まれるのが同時だった。


「神獣だかなんだかしらないけど、自分たちの命より惜しいものなんてないわ」


 普通の魔術師だったら、秀架の毒の攻撃一発で死んでいるはずだ。もう、二、三度あの男は死んでいるはずなのだ。なのに、あの男には毒が一切聞いていないように見えた。


 逃げるしかない。

 秀架の行動はそれを示すかのように、毒沼を蒸発させて煙をあげさせた。この毒霧を吸うだけでも、普通だったら死に至る。

 クイは息を止め、秀架をおぶる。魔術師の前で、時空間魔術でどこかへ飛んだところで、魔術の軌跡で居場所がバレる。体術師の足で逃げた方が追われない。


 森の木から木へと、猿のように飛び移ってクイは逃げた。


 それにしてもあの男、こみえの刀を持ち歩いてどうしたいのか。妻の形見だというが。弥那も、盗み出してどうするつもりだったのか。

 『人護の刀』と呼ばれる、こみえ一族に伝わる刀。決してこみえ一族には抜けぬ、なまくら刀だ。


「霈念がいるのは厄介だな」

 クイにおぶさる秀架が呟いた。

「霈念っていうのね、あのおじさま」

「俺が、弥那の仇だと知ったらどうなるかな」

 背中にいても、にやりと秀架が笑ったのがわかった。

 趣味の悪い男。こんなんだから殺し屋で食べていけるのだ。

「嫌な男」

「嫌いになったか?」

「いいえ、大好きよ」

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