2-3 智奈と常夏のガン

「あんなこと言ってよかったの?」

 霧亜を追う智奈は後ろから話しかけた。


 霧亜はかなり足早に、港を抜けて海岸のような場所まで歩いてきた。

 海岸には、子供を連れて遊ぶ家族連れや、若者だけで遊ぶ姿。第一の世界の光景と大差ない。

 大差ないが、砂場で遊ぶ子供は手を使わずに遊んでいたり、若者に混ざって獣化動物らしき様々な動物も混ざっている。ビーチボールらしい遊びをしている人たちにとっては、ありえない高さに飛んであり得ない速度と威力のボールを受け合っている。映画で見た少林寺サッカーとかピンポンのような光景だ。


「実際、ラオを連れて歩くのはオレが責任持てない」

「そっか……」


 守ってもらう立場である智奈は、それ以上は何も言えない。


「一緒に居たかったな」

 この世界で初めてできた、一緒に長い時間共にした友人だ。


 霧亜の顔を見ると、顔にごめんと書かれているかのような目を伏せた顔。

 首元のナゴお姉様は、子供たちを見守るように目を瞑っている。

 わざわざしんみりする空気してしまった。


「次って、朱雀の所に行くんだよね」

 霧亜の無言が、はいそうです、と物語っていることは、このところずっと一緒に居ることで理解した。

「どこに行くか決めてるの?」


 すると、霧亜は人気のない海岸まで着くと突然岩場を回し蹴りで蹴りあげた。

 バキリと音がすると、蹴られた岩は突起した部分が崩れ落ちる。

 おー、と智奈はパチパチと手を叩く。


「すげえ、本当なんだな」

 霧亜は崩れ落ちた岩の欠片を拾い上げて智奈に見せてくる。

 その手には、岩の欠片ではなく木の欠片があった。

「この島は、どでかい木の根っこでできてるんだ」

 霧亜は岩場もとい、木の根をポンポンとと叩く。

 智奈は足元をよく観察した。確かに、海岸にある硬いものだから勝手に岩場かと思っていたが、触ってみればでこぼこの木外皮であることがわかる。


「二人とも、何か出てきたわよ」

 ナゴに言われて、智奈と霧亜は蹴りあげた突起部分を見つめる。

 そこからは、じわりと赤い蜜が滲み出てきている。

「蜜?」

 智奈はそれに触れてみる。

「待て!」

 霧亜に止められる時には、智奈はそこに触れていた。

 想像以上の熱気と指先の痛みに、智奈は慌てて手を引っこめる。

「手が早えよ、お前は」

 霧亜は智奈の手を取って治療をしてくれる。

「熱かった」

 驚きで智奈はひしと霧亜にしがみついて硬直している。

「きっとマグマだ。この島の木は、中がマグマになってんだ」


 この常夏の島は、地面が全て木の根でできており、通常は木の芯であるところを、高熱のマグマが流れているのだという。

 その熱さが島に蔓延して、この島は常夏と呼ばれている。

 上を見上げれば、見たこともないような巨大樹が島の真ん中に影を作っている。智奈の知る大きな建物で考えても、確実に東京タワーが横は五個、縦は二、三個並びそうなほど大きい。


「つまり、この真下が全部根っこでマグマが流れてるってことだな」


 だから、ショーロからガンに向かう途中に大きな火山活動が見れたのだ。海の底にもガンの巨大樹の根は張っていて、その根が火山のように、噴火する。


「朱雀は下にいるってこと?」

 この硬そうな木の地盤をどうこじ開けるというのか。

「それが合ってるとおもうんだけどなあ。どこか洞窟みたいなのがあれば」


 霧亜の肩にずっと大人しくしていたアズが、そわそわと霧亜を見つめる。

「見つけてきてくれるか?」

 それに気付いている霧亜が腕を出すと、手首辺りにアズはぴょんぴょんと移動する。霧亜が手を持ち上げると同時に、アズは空高く舞い上がった。

「合点承知!」

 アズは、真夏の太陽の陽に照らされて見えなくなった。


 アズの報告を待つ間、智奈と霧亜は街に繰り出した。人のひしめき合っていたショーロとは違い、ガンはゆったりとしたリゾート風な雰囲気が漂っている。

 智奈は行ったことのなかったハワイを思い出す。気温が暑いと、人はゆっくり動くようになるのだろうか。


「なんか、薄着の人が多いからみんな体術師に見えるな」

 辺りを見回す霧亜が言う。

「薄着の人は体術師なの?」

「自分の身体が武器な人がほとんどだからな。ラオだってあんなペラペラ一枚にズボンじゃん。あの、青い森で会った布巻いてる女だって、足出てたし裸足だっただろ」


 そう言われれば、確かにそうだ。襲ってきた女と一緒にいた男は、マントも羽織っていたがそれよりも着ている布の枚数が女よりは多かったように思う。


 レストランを見れば、店内やテラス席で食事をする人たち。ショーロよりも、文化的な生活水準のように見える。あの街は、汚いところが多かった。


 あるレストランのテラス席に居る、一組の見慣れた夫婦。

 智奈は足を止めてそこに棒立ちになった。

 仲の良さそうな夫婦は、テラス席で楽しげに昼食を食べている。


「おい智奈?」

 突然足を止めた妹を数歩置いていった霧亜は、戻ってきて智奈の肩に手を置いた。

「どうした?」


 智奈は、首の動かなくなったブリキ人形のようにゆっくりと霧亜を見る。

「いた」

「何が」

 不思議そうな顔の霧亜に、智奈は目の前の夫婦を指さす。


 夫婦の女性は、その場に立ち止まってこちらを指さす子供の姿を見つける。

 がたりと椅子から立ち上がり、ゆっくりと足を踏み出すと、こちらに駆け寄る。立ち尽くす智奈を、女性は膝まづいてしっかりと抱きしめた。


 知っている匂い。

 知っている髪のくすぐったさ。

 知っている触り心地。


 後から、男性もこちらに近付き、智奈と女性を抱きしめた。


 智奈は、今まで我慢していたタガが外れたうに、声を上げて泣いた。

 突然行方不明になった、十一年間一緒に居たはずの両親が、そこにいたから。

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