2-2 智奈とラオとの別れ

———— Tina



 一直線の水平線を、じっと見つめる船の客たち。その中に、智奈と霧亜、ラオの姿もあった。ラオはこれから起こる光景は見飽きているらしいが、一緒についてきてくれている。


 海の底からの地鳴りが水を伝い、船を伝って足元から震えてくる。耳を塞ぎたくなるほどの轟音が聞こえたと思うと、目の前の海が大きく盛り上がった。それがどんどん膨れ上がると、ついに下のマグマが水を割って姿を現し、目の前の太陽を隠すほど高く噴出した。

 それがゆっくりと重力で落ちてきたかと思うと、頭上に無数の小石が降り注ぎ、転覆するのではないかと心配になる程、船が大きく揺れた。が、船を覆う満瑠の魔術結界によって乗客が怪我をすることも、転覆することもない。徐々に頭上は落ちてくるマグマによって覆われ、船内は真夏以上の暑さになった。


「すごーい!」

 智奈は船の甲板から身を乗り出して、結界の向こうを見つめる。

「お、落ちるなよ」

 ラオは智奈のTシャツを心配そうに後ろでつかんでいる。

「はは、こんな暑さのマグマ、あいつが見たら喜ぶな」

 霧亜は、ぼそりと呟く。


「魔術って、霧亜は水ばっかり使うけど、得意不得意があるの?」

 ふとした疑問を智奈は口にする。

 今まで見てきた戦闘で、いくつか水以外の物質も動かしていた霧亜だが、大抵は水で攻撃と防御をしているように見えた。

「ん、ああ、あるな。イメージが大事なんだ。物質が、どういう動きをするとか、どういう構造で変化するとか理解してないと頭の中に魔法陣が描けないし、物質の動きのイメージがないと予想した動きにならない。その二つが伴わないと、魔力を上手く使えなくて、すぐに消費する」


「へえ。じゃあ、あのマグマ動けーとかやっても動かないんだ」

 試しに智奈は、目の前に降り注ぐマグマをじっと見つめる。理科の授業でやったマグマの話を思い出す。そして、結界の向こうで流れるマグマの一部が、丸く浮かぶイメージを作る。

 霧亜と出会った時に、霧亜が初めて見せてくれた魔術のように、丸く浮遊する水。


「うわっ!」

 霧亜が突然声をあげた。

 振り返ると、親指の先ほどの小さなマグマが、霧亜の周りを飛び回っている。

「なんだこれ、誰がこんないたずらしてんだよ」


 智奈は背中に冷や汗が伝うのを感じた。

 まさかと思いつつ、「落ちろ」と心の中で唱え、水滴が下にぴしゃりと落ちるイメージを持つ。

 霧亜の周りを飛んでいたマグマが、ぴしゃりと霧亜の足元に落ちる。


「あっぶねえな、どこのガキだよ」

 ふうと息をつく霧亜を、智奈は硬直して見つめるしかない。

 今のは、本当に自分がやったものなのだろうか?


 動揺を隠せない智奈に唯一気付いていたのは、首元にいたナゴだ。

 ちらりとナゴを見ると、騒ぎ立てることはなく、よく見る猫のように首を傾げた。

「今の智奈?」

 こそりとナゴが耳元で囁く。

「わかんない……」

 だって、智奈の中に魔力はないと言われていたのだから。第一の世界の人間と変わらない、魔術は使えないと言われていたのだから。



 その後、マグマ観光も終え、残りの船旅も満喫し、満瑠の船はガンの港へと到着した。


 そこは、最高気温は三十度を常に超え、夜も熱帯夜が続く常夏の島ガン。

 霧亜の魔術で、霧亜と智奈の客室のクローゼットを家と繋いでもらい、洋服を夏仕様に変えた。

 智奈はTシャツにショートパンツのみ。ニーハイソックスは暑すぎて脱ぎ捨てた。霧亜は緩いノースリーブに下半身は変わらずジーンズだ。

 本当は、ロウの作ってくれたマントの冷却機能で、真冬の格好をしていても涼しく問題ない状態で歩けるらしい。が、見た目が暑いと満場一致で着替えることになった。



「ありがとうございました。お世話になりました」

 新たな装いの智奈と霧亜は、深々と満瑠とラオに頭を下げる。


「にぃにによろしくね。大好きよって伝えておいて」

 満瑠はふわふわと満面の笑みで手を振っている。

「しっかり、一言一句間違えないように伝えておきます」

 しかと頷いく霧亜は、プルプルと笑いが堪えきれていない。


「元気でな」

 しょんぼりとしたラオが小さく手を振る。

「なんだよ、辛気臭いな」

 霧亜は敢えてにやにやと笑い、悲しそうなラオの頭ををわしゃわしゃと撫でる。

「また帰りは船使わせてもらうから、な?」


 撫でられるラオは、唇を真一文字に締めたままぐっと何か言いたげな顔をして、霧亜を見た。

 霧亜はラオの言葉を待ったが、何も言わずにまたしょんぼりとした顔をする。


 困ったように霧亜は満瑠を見ると、満瑠はふふ、と笑ってラオに言葉をかけた。

「言いたいことがあるんなら言っていいわよ、ラオくん」


 ラオは霧亜のノースリーブを両手で掴んだ。

「俺も、一緒についていきたいです」

 小さな声の嘆願。


「聞こえねえな」

 霧亜の冷たい一言に、ラオは顔をあげた。

「霧亜と智奈の旅に、一緒について行きたい!」


「駄目だ」


 即座に言い放ったのは、必死の顔で勇気を振り絞った言葉を目の前で聞いた霧亜だった。

「お前の体術の力は正直勉強したい。むしろ教えて欲しい」

「ならっ」

「でも無理」

「え」

「オレがお前を守れる自信がない」

「守られる筋合いねえよ! 俺は自分で自分の身は守れる」

「政府のやつらから自分の身も守れずに、智奈も守れなかったのは誰だ」


 霧亜の痛烈な言葉に、ラオはぐっと言葉に詰まった。

「それは、これから、俺も強くなる」

「強くなったらよろしくな」

 霧亜の顔は、何の感情も表していないようで智奈は霧亜に恐怖を覚えた。


 ラオは、霧亜の服からそっと手を離した。


「満瑠さん、ありがとうございました」

 霧亜は、もう一度満瑠に挨拶をすると、さっさと港を出て行ってしまう。


 智奈はぺこりと挨拶をして、「またね」とラオに手を振ると、霧亜を追った。

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