1-3 霧亜と体術師の女
———— Kiria
物凄い風と、うるさすぎる雷の轟音。怖いもの全般苦手なのは知ってたが、やっぱり智奈は雷もダメだった。ずっとマントの裾を引っ張られ続けている。
四神は、方角を司る神獣だ。まずは、地図上で、オレたちのいたライルから一番近そうな、東を司る青竜を探しにきた。アズに辺りを飛んでもらって、青い森があると聞いて、直感でここだと思った。
いざ森の中に入ると、思った以上に風が吹き荒れるわ、雷がうるさいわ、森が青すぎるわ、最悪だった。
アズも怖がってオレのパーカーに潜り込んでくる。獣化動物がこんなに怖がるなんて、やっぱり四神という神獣は動物の頂点にいるものなんだろうか。
智奈と一緒に雷を怖がっていたナゴは、耳に遮音をかけてやると、ころっと表情を変えた。
「あたしは大丈夫よ、もう雷聞こえないから。きっと、青竜に威圧されてんのよ。あの子あたしより若いからね」
アズは、サダンに魔術学校を主席で卒業したお祝いでもらった。
オレが初めての契約者だ。
別に生まれてすぐの子供でもないが、ナゴよりは子供だ。ナゴは、本当にあり得ないほど生きてるから、四神にも近しいのかもしれない。
「霧亜、ナゴは大丈夫みたい」
「ああ」
だろうな。
ふと目を離した隙だった。
「霧亜?」
不思議そうな智奈の声に後ろを振り返る。そこに、智奈とナゴの姿はなかった。
「智奈!」
オレが叫んでも、智奈の反応はない。何の気配もしなかったのに。
「匂いはする。けど見えないわ」
ナゴの声。
そこにいるはずの、音は聞こえる。智奈の少し上がり始める呼吸、ナゴの声。
オレは即座に杖を出して、辺り一帯に魔力を分散させ、智奈の索敵を図る。いや、いる。いるんだここに。何故か、見えないだけ。それとも、この智奈の気配が幻なのか?
「霧亜! 霧亜!」
迷子の子供のような声を出す妹。不安だよな、こんな、嫌いなとこに一人ぼっちなんて。
オレの索敵に、突然別の魔力が現れた。本当に突然。魔術師の瞬間移動でさえも、直前に来る気配はするもんだ。
「あなた、暁乃智奈?」
女の子の声だった。ちょうど、栗木んちの遥平くらいの女の子だ。やっぱり姿は見えないが、声だけ聞こえる。
「あなた、暁乃智奈?」
怖いのが、智奈とその女の子はお互い見えてるってことだ。オレだけ、その場に手を伸ばしたり魔術をかけてみたりしても、何も反応がない。
「あきのちな、いたよー!」
女の子の叫び声に、オレは思わず耳を塞いだ。人が出せるような音量じゃない。パーカーの中で震えていたアズは、女の子の声で失神したようだった。
なんか、よくわからんが、よからぬことに巻き込まれている。
「あら、思わぬ遭遇」
笑う女の声。
次は、ちゃんと魔術師の移動の気配がした。智奈の前に立っているようだが、やっぱりオレには見えない。
「こんな子供が依頼の子なの? 随分ひ弱そうだけど」
「いくら子供でも、依頼に変わりはない」
男の声もする。
こいつら、魔術師と体術師の男女だ。
「じゃあ、せっかく作ったし、毒で死んでもらいましょうか」
小瓶の割れる音。
「智奈!」
ナゴが獣化する気配。
そして、智奈とナゴは離れていく。ナゴがいれば、とりあえず安心だ。気配だけで判断するに、おそらくナゴは智奈を連れて逃げれた。
その瞬間、霧が晴れたように、智奈を囲んでいた男女と女の子の姿が見えるようになった。
オレの存在に気付いた男は、眉を潜めた。
「ガキがまだいたのか」
「てめえ、智奈に何しやがった」
オレは気配索敵を終わらせ、魔力を全集中させて戦闘態勢に入る。
向こうが少しでも攻撃してこようもんならこいつらを一瞬で水の中に沈める準備はできた。ここは森の中。水分は豊富だ。
「あら可愛い」
女の声が聞こえた瞬間、目の前に女の顔があった。
女の灰色の瞳が楽しそうにギラギラと揺れている。キツイ香水の匂いが鼻を刺す。
女は指を二本突き出してオレの腹にめり込ませようとしてくる。
オレは女の手を弾いて飛び退いた。
こいつ、直接
魔術も体術も、初めは
ただ、普通の人間がへそ周りを突いた所で何もないが、丹田の経穴を閉じることができる、体術師がいたら。魔力が生成できなくなって、魔術は使えなくなる。
体術の方が不利なオレは、こいつとの接近戦は危ない。
女は高らかな笑い声をあげる。
「いい判断ね。でも君に魔術を使う隙は作らせないわ」
女はそう言うと、素早くオレの背後に回り込む。
「可愛い魔術師くん、体術師との殺し合いは初めて?」
狙われた首を傾けて避け、下段蹴りをするがひらりと避けられる。距離を取ろうとしても、瞬時に間合いを詰められて魔術を出せない。
地面の土を蹴り上げる目眩しと、女の少ない布面積についている鈴の音が、経穴を突こうとする攻撃とタイミングの差があって避けづらい。
次々と繰り出される手数に、オレは必死に女の攻撃を避けるが、速すぎて筋肉が悲鳴をあげ、段々と身体が反応しなくなってくる。
しかも、砂使ってくる時点で嫌な予感はしてたんだ。こいつの性質は『土』。八木組のヤクザの魔術師と同じ、オレの相克になる相手だ。攻撃を防げても、身体が触れるだけで、オレの体力や魔力を想像以上に削られる。
女は、さっきよりも口角を上げて、楽しそうに、笑い声をあげてオレに迫ってくる。
オレは能利との戦闘を思い出した。この女の攻撃の合間に、加速の魔術を手足にかける余裕はない。
が、やるっきゃない。一瞬の隙でもあれば。
女につられて、笑みがこぼれた。
オレは女に圧されて後ずさっていた足元を見て、杖を上空へ投げ飛ばした。
辺りが一瞬真っ白な世界になる。よし、成功。バリバリと地を揺らす音。杖に雷が落ちて、地面を伝い、雷撃が女に向かって走る。それを避けた女は、オレから気を逸らした。
即座に、足に加速の魔術を発動させ、後ろに跳び、一気に女と距離をとる。
空中で女にピストルを構えるように指で頭を狙い、威力を細く早く練り上げた水を発射した。
着地ができるほど気が回らず、後ろの木の根本に、オレはどしゃりと落ちる。
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