第3話
コロシアムと思しき建物の入り口に入り1分ほど進むと物々しい扉が現れ、その前にまた人が立っていた。
「・・■■■■■。」
その人は少し思案してからパスが手に持つカードを渡すように手を出してきた。
カードを確認したその人はカードをパスに返し扉を開け中に入るよう促した。
「パス、なんか観客席とは思えないんだけど。」
「・・ここはどこかしら。」
「むさ苦しい、です。」
「ここはコロシアムの出場者の控室では?」
「■■■■■。」
このむさ苦しい空間にもどうやら女性は存在していたようで、綺麗な赤い衣装を着た女性が話しかけてきた。
その女性はとても不思議がっている様子でコチラを伺っている。
困惑する気持ちはよく分かる。場違いだもんな、絶対。
「ごめんなさい、アナタの言葉は分からないわ。」
「パス、どうするんだい?今からでも観客席行けるけど。」
「そうねぇ。キューブ、ここがコロシアムならこのまま行くと何することになるの?」
「聞こえてくる音から考えても、剣や拳で誰かと戦うのではないでしょうか?」
「見るだけでいいかな、それなら。態々ここで待っててもつまんないし。」
「じゃあ観客席に向かおう。ここを上に進めば多分見えてくるよ。」
僕らは頭上目指して歩き始めた。
子供の四人組に訝し気な視線を向けていた出場予定者たちは何もない場所をまるで階段がある様に進み天井へとその子供達が消えていく光景に何か幻覚を見せられたのかと驚いていた。
文字通り建物の中を螺旋状に上へ上へと進んだ僕らだったが、開けた空間に出れるまでそれなりに時間がかかった。
「えらく綺麗に整備した部屋に着いたわね。」
「でも見易くていいじゃないか。他の観客席より二回り高くて快適だ。」
「戦い、よく、見える、です!」
「食べ物や飲み物もありますね、ここ。」
大きなフカフカの椅子も一つ置かれていて、用意されていた果物の搾り汁や食べ物を手にその椅子に四人で座った。
どうやら今は動物と人間が戦う催しをしているらしい。
状態の良くない皮の鎧を着た男は、意外にも獣の重そうな一撃を小さな丸盾で器用にいなしている。
獣の一撃をいなしつつすれ違いざまに一撃を入れては離れるという戦法で戦っていたが、最終的には獣の体力が勝ったようで残念ながら人間が丸かじりされてそれは終了した。
「あら、獣も結構バテてきてたのに、残念ね。」
「歓声にも種類がありますね。応援している声や喜んでいる声、残念がっている声が雰囲気で伝わってきます。」
「次は、人、対、人、です!」
中央の広間には先ほどの獣が引っ込んでいった大きな出入口以外に人用の小さな出入口が二つあって、片方からは穴がギリギリの大男が入ってきた。
もう片方から出て来たのは見たことのある女性だった。
大男は青で、女性は赤と対照的な服装。さっきの丸かじりされた男とは違い服の状態はとても良い。
「下で話しかけてきた人ね。自信ありそうな表情してるけど、勝てるのかしら。」
「手に持っている短剣を上手く使えばなんとかなりそうですね。」
「この試合も片方しか生き残らないのかな?」
「ヒート、アップ、です!」
多少の距離を保ちつつ中央で向かい合った二人は、ゴングの音と共に動き出した。
大男は豪快に棍棒を振り回すが、女性の方がスピードに優っているようでなんとか避けきっている。
大男が攻撃し、女性が避けると言う図が続き、コロシアムの歓声がブーイングに変わりつつあったその時、女性の動きが変わった。
凪ぎ払われる棍棒の下をくぐり抜け、大男の首目掛けて飛び込んだのだ。
コロシアム内の多くが決着を予感したが、それは予想通りの決着では無かった。
これまでの動きからは想像もつかない素早さでバックステップした大男は、目標を失った空中の女性を真上から棍棒で叩き潰したのだ。
地面が陥没するほどの威力が籠められたその一撃は文字通り女性を粉砕した。
決着のゴングが鳴り、大男の雄叫びと観衆の歓声が場を震わせる。
「見誤ったのね。」
「すごい、加速、でした!」
「私には良く分かりませんでしたが、思った以上に実力差があったのでしょう。」
「誰か出てきたよ。」
女性が出てきた出入り口から全身を白の服で覆った人が五人出てきた。顔まで服で覆っていて表情も分からない。
大男は自分が出てきた出入り口に戻っていき、残された女性だったものを中心に白の人たちが環を作っている。
白の人たちはそれぞれ手に杖のようなものを持っていて、それを空に突きだしたかと思えば、杖の先端が周囲に白い閃光を放った。
僕らは気づいてなかったがこれは珍しくもないことの様で、コロシアム慣れしている観客は事前に眼を瞑っていた。
ちなみに言うと僕らは視界を遮る光を遮断出来るので特に問題なかった。
閃光が放たれた瞬間、女性だったものが蠢き失った部位を再生させていく。結構グロテスク。
服までは元に戻らない様でかなりはだけた見た目に成っているが、観客が眼を開ける頃には女性は元通りになっていた。散らばっていた肉片の内、最も大きな物から再生したようで、女性の周りには元々女性だったものが散乱しており、異様な雰囲気に感じる。
「なんか、すごいわね。衝撃的だわ。」
「僕もビックリした。まさかあの状態から復活するとは。」
「丸かじりされた人には特に何も無かったですよね。身分の差でも有るのでしょうか?」
白の人たちはその女性と共にそそくさと退場して行った。
その後も一対一や一対多や多対多などの試合が続いたが、身なりの綺麗な人は居らず、白の人も出てくることはなかった。
ひたすら部屋に備え付けの食べ物を食べつつ観戦していると、いつしか日も傾いてきていた。
これまで使われていたゴングとは違い、音色の荘厳な鐘が打ち鳴らされ、より一層大きな歓声が騰がる。
ちょうどその時後ろの扉が開き数人が入ってきたのだが、コロシアムに注目していた僕らは気に留めていなかった。
部屋に入ってきた人は高身長で装飾の凝った暗色系のマントを羽織った男と吸い込まれそうなほど真っ暗な漆黒の鎧を着た数人の騎士だった。
僕らが喋りながら観戦していたこともあって侵入者が居ることにすぐに気づいた騎士は鎧を明滅させつつ5メートルの距離を予備動作無しで詰め、瞬時に抜いた剣で、肘掛けに座っていて頭が背もたれから飛び出ていたパスとキューブの頭を横凪ぎに払った。
勿論その剣は二人を通り抜けたのだが、パスがかぶり付いていた推定メロンとキューブが齧っていた推定ジャーキーが剣にぶつかった。
まだ大部分が残っていたメロンはその場で弾け飛び、ジャーキーは観客席の方へと飛んでいった。
「・・・あれ、私のジャーキーはどこへ?」
「メロンが急に爆発したんですけど。」
「・・・■■■。」
「■■■■■!!」
そこで初めて僕らは後ろに注意を向けた。
僕とフューも背もたれから体を乗り出して後ろを見ると、ちょうど騎士の剣が椅子ごと僕らを切り裂こうとしているのが見えた。
剣も含めた騎士の全身が白く明滅していて、目にも止まらぬ速さで繰り出された剣戟は豪華な椅子をいとも容易く細切れにしコロシアムへ吹き飛ばした。
椅子を支えにしていた僕らは良く分からずにそのまま床に落ちた。
騎士は更に何かしようとしていたが、それを長身の男が止めこちらに近づいてきた。
「■■■■■?」
「ねえどうする?もう会話にも力使っちゃう?いい加減意味分からない言葉掛けられるのにも飽きてきたわ。」
「いいんじゃない?パスとフュー、お願いできるかな?」
「了解、です!通訳、します!」
力を解禁し過去から言語情報を引っ張り出したパスはもう一度長身の声に耳を傾けた。
「君たちは何者なんだい?」
「観客よ?」
「ふざけてるのか?何故この部屋に居た?誰の許しを得た?そしてどうやって剣をかわした?」
「何故って、たまたまよ。たまたまここに辿り着いたの。許可?なにそれ。剣もかわす必要なんて私たちには無い。そんなことよりメロン弾け飛んだじゃない。まだちょっとしか食べれてなかったのに。」
「ダメだランス、要領を得ん。見た目通りの子供では無いだろうと踏んだが、見た目通りだったらしい。」
「ふむ、ミネルバの剣では捉えきれん様ですし、恐らくこの感じだと私の剣も効きますまい。如何致しましょう?」
「エンド、ダメだわ、分かり合えそうにない。」
「早いね、そんなに厳しいのか。」
「もうほっといてコロシアムに集中しましょ。なにやら白熱してるわよ。」
「ほんとだ、大きな水の怪物と土の怪物が取っ組み合ってる。」
それは二人の魔法使いの闘いで、水で作られた竜と土で作られた巨人が一進一退の攻防を続けていた。
竜の口から指向性を持った水柱が飛び出し、それを巨人が腕で打ち払う。
巨人が距離を詰め竜に殴り掛かるも、竜は身を屈めてそれを避け、尻尾で打ち払って巨人をこかした。
巨大な翼を大きくはためかせ巨人より微かに上へ飛んだ水竜は体を縮こませ巨人の上へ落ちた。
ただでさえその両怪物の重量に耐えきれず陥没していたコロシアムの地面が、まるで隕石が落ちたかのように捲れあがり、土塊が観客席にも降り注ぐ。
決着がついたようで、荘厳な鐘が再び鳴り、巨人は輪郭を失い土塊となった。
水竜は一度膨張し弾け飛んだ。観客席に雨となって降り注ぎ、この部屋も半分ほどが水に濡れることになった。
「観客もぞろぞろと出て行ってるね。僕らも宿を探そうか。」
「後ろの、人は、どうする、の?」
「どうでもいいんじゃない?」
「そうだね。」
僕らは人の波の先へと足を向けて地面に沈み込むように進む。
「なっ、待てっ、どこに行くんだ!?と言うか地面に埋まってるぞ!?」
「帰るのよ。さよなら煩い人。」
長身の男と騎士達は唖然と僕らを見ていた。
コロシアムの内部を素通りし人の流れに合流した僕らはパスの提案で出店通りに寄ることになった。
散々観戦しながら食べてたんだけど、メロンを潰されて少しご立腹らしい。
物理的に満腹に成り得ない僕らにとって精神的なことはとても大切なんだ。むしろそれが全てと言っても良い。
出店通りには昼間と同じように多くの出店が販売をしていたが、その中に一際大きく客も多い出店があった。
「さあさあ!寄ってらっしゃい見てらっしゃい!賭け腕相撲にいらっしゃい!!」
「賭けごとをしてるみたいね。見に行きましょ!」
タタっと駆けていくパスの後ろを見失わないように追いかける。
僕らは人にぶつかるなんてことが無いからそこまで問題無いけど、人ごみの中で子供が追いかけるには大変なほど人が込み合っている。
「パスは何か賭けるつもりなのでしょうか?」
「まあいいんじゃない?面白そうだし。」
賭け腕相撲のルールは店先の看板に書かれていて、フューが読んで教えてくれた。
――――――
賭け腕相撲にようこそ!
当店の腕自慢ギラフィールに勝てるものは居るか!?
掛け金は最低銀貨1枚!
ギラフィールのオッズはプラス銅貨1枚!
挑戦者のオッズは5倍!
挑戦権は銀貨1枚!
注意:挑戦者は自分にしか賭けれません
――――――
ギラフィールって言う奴はよっぽど負けない自信があるのだろう。
ステージを見てみるとコロシアムで見た大男に負けないぐらいの良い体格をしている。
「なあパス、どっちに賭けるんだ?」
「勿論、私よ!」
「・・・?」
「さあ次の挑戦者はこのお嬢ちゃんだ!!ギラフィールに挑むその勇気に拍手!!」
この場に居る大人は基本お酒が回っていてその異常性に気が付かないらしい。
「お嬢ちゃんは自分に何枚賭けるんだ?」
「これでよろしく!」
そういって掛け金置き場に袋一杯の銀貨をぶちまけた。
「あ、そこは金貨じゃないんだ。」
「金貨だと流石に皆さん異常だと気づくんじゃないでしょうか。」
「意外と、冷静、お姉ちゃん!」
「でも流石にズルくないか?概念体に勝てるわけ無いと思うんだけど。」
概念体は自身への干渉を制限できるから、たとえば腕を構える程度の力だけ許容してそれ以上の力の干渉を遮断出来る。相手からの力は伝わらず自分が相手の腕を押し倒そうとする力だけが結果的に残ることになるから相手は踏ん張ることも出来ないはずだ。
「楽しければいいんじゃないですか?」
「この街追い出されなければいいけど。」
画して試合が始まった。
初めは余裕綽々な態度のギラフィールであったが、全く動かせないパスの手に徐々に顔を赤くし始め、いたる所から野次も飛び始める。
「何してるんだ!」
「早く捻りつぶせ!」
「がんばれ嬢ちゃん!」
「力抜いてるんじゃないだろうな!」
「小娘に色目使うんじゃねえ!」
「八百長があるとか聞いてねえぞ!」
次の瞬間、強引に腕を捻ったパスによってギラフィールは宙を飛んだ。
それは多くの安定志向な掛け金が宙を飛んだ瞬間でもあった。
CUBE アークアリス @902292
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