第2話

料理の店に入る時とは打って変わってパスは思案することなくベッドの看板を掲げる店に入っていった。

店に入るとすぐに仕切りのようなものがあり、向こう側に年配の女性が店番をしていた。


「ここはやはり宿屋だと思われます。ベッドが商品として並べてあるわけでもありませんので。」

「寝てるわね、この人。」


店番の女性は眼を瞑って頭を前後に揺らしている。

だがフューが仕切りを勢いよく叩く音で目覚めたようだ。


「フュー、なかなかやるわね。どうしようか私は考え込んだのに。」

「早く、起こす、です!」


まあ店番してるわけだしきっと怒ったりはしないはずだ。たぶん。


「■■■■■?」

「ちゃんと笑顔にしときなさいよ。」


そう言うとパスはまた笑みを浮かべながら銀貨を一枚差し出した。


「■■■■■?」

「一晩お願いします!」

「■■■■■。」


言葉が通じないことが分かれば案外早いとこの二回で大体わかってきた。

僕らは背も低く見た目も幼めに創られているので姉の発想は大正解と言う訳だ。


銀貨を受け取った女性は一旦奥に引っ込んだかと思えばジャラジャラ音を鳴らしながら戻ってきた。

袋の中を何やらジャラジャラさせながら自分についてくるようジェスチャーしてきたので後ろをついていく。

宿屋の中は夜と言うこともありとても暗いが先導する女性は何やら明かりを手に持っている。

それは透明の袋のようなものの中に淡い光源が浮いていて辺りを落ち着いた光で照らしている。


「魔法製のランプだと思われます。覆いになっている透明のものはガラスでしょう。」

「キューブは見ただけで分かるんだね。」

「知っている知識は見れば当てはめることが出来ます。類似品でもなんとかなるみたいですね。」

「作り方は分かる?」

「そこまでは分かりません。」


女性は立ち止まりとある部屋の扉を開けて中に入るよう促してきた。

中には大き目のベッドが二つあるだけの簡素な空間で、今は閉まっているが窓も付いているようだ。

女性は手に持っていた袋をパスに渡すと何か一言言い残し去っていった。


「本当に寝るだけの場所ね、ここ。」

「まあいいんじゃない?別にやることも無いし。取り敢えず基本的な構造がキューブのベッドと同じで良かったよ。」

「ここに私のベッドを展開することも可能ですが。」

「この、ベッドで、寝て、みたい。」

「明日から遊びつくすわよ!」


キューブのベッドほど綺麗でもなければフカフカでも無いが、キューブの外で寝るのは初めてのことでやはり何か新鮮だ。

パスとフュー、自分とキューブがペアになってベッドに潜り込む。


僕らは本当のことを言うと寝る必要は無いのだが、生活にメリハリをつけるためにも必ず寝る時間を設けなさいと言うのが父の教えだ。


そういえばさっきパスが受け取っていた袋は何だったのだろう。パンの袋と一緒にベッドとベッドの間に置かれているが結局何だったのか聞くの忘れてた。

なんてことを考えながら眼を瞑り意識を手放す準備をする。

程なくして僕らは眠りについた。


次の日の朝は甲高い何かの鳴き声で目覚めた。

布団から体を起こし閉まった窓の隙間から零れる朝日に眼をやる。


「起きたのね。」

「うん。何かの鳴き声が聞こえて。」

「窓開けてきて。」


窓はあまり大きくないので全開にしても部屋中が照らされる訳じゃなかったけど、それはそれでいい雰囲気を醸し出していた。

窓から吹き込む風が扉の隙間へと流れ心地よい朝を演出している。

何時の間にかフューとキューブも目覚めていて、四人で小さな窓から外を眺めていた。

街の人も徐々に動き出しているようで少しづつ賑やかになる足音を聞いていた。


「初めての感覚だけど、なんか良いわね。」

「一日の、始まり、です!」

「宇宙では味わえないものですね。」

「まあ、何日もすればなれるんだろうけど。」

「そういえば姉さん、昨日貰ったジャラジャラしてる袋は何だったの?」

「ん?ああ、あれね。あれは銅貨よ。銀貨より安いお金。たぶん銀貨は多すぎたんでしょ。」

「へ~。態々返してくれるなんて良い人だね。」

「エンドは単純すぎ。」

「え~~。」


朝日を見ながら他愛もない会話をしていると扉の方から足音が聞こえてくる。

ノックをして声をかけてくるので扉を開けると板にお皿を載せて立っていた。

中には色のついた御湯が入っている。

板には展開できる足が付いていて部屋にそれを置いて店番の女性は帰っていった。

板にはフォークと似たようなものが人数分置いてある。


「これはスプーンですね。掬って食べる為のものです。スープも湯気が出ていて美味しそうです。」

「今日、最初の、ご飯、です!」


スープには軽く丸みを帯びた半透明の何かと薄い長方形の何かが入っていた。


「玉ねぎとベーコンですね。昨日の食事もそうですが私の知識ではそうなってます。もしかしたら良く似た別物かもしれませんが。」

「ねえキューブ、キューブの持ってる基礎知識を本として出せたりしない?父が前くれた奴みたいなの。」

「それ私も思ってたのよ。」

「スープ、美味しい、です!」

「なるほど、本型の解析機なんて良いかもしれませんね。ちょっと作ってみます。」

そう言うとキューブは一度人型から小さめのキューブ型に変形した。

「エンド、フュー、今日は先ず何しよっか?」

「馬車はいいの?」

「乗ってみたい気持ちはあるんだけど、街の中じゃ好きに走れないみたいだし出るときでいいかなーって。」

「フューは、何か、楽しい事、したい、です!」

「そうだなぁ。僕らはまだこの街の事を知らなさすぎるから取り敢えずウロウロしてみるのは?キューブも解析機?を作ってくれてるみたいだし。」

「そうね、そうしましょ。あ、パンをこれに浸すのどうかしら?」

「天才、です!」


少し味気なかったパンもスープに浸すとまた違った一面を見せてくれる。

パンは袋の中にまだまだ入っているので今後もまた何かに使えそうだ。

スープが終わってしばらくした頃にキューブがまた人型に変形した。


「解析機出来ました。本、とは些か違いますが役割は果たせるはずです。」


それは傍目には両手を合わせた程度の大きさの透明な板だった。

知りたいものに翳してそれに合わせて板に触れると類似するものの情報を表示してくれるらしい。


「その板は私と繋がっていて、私の知識に似たものが無ければ情報無しと出るので諦めてください。」

「分かったわ。」

「ありがとうキューブ。」

「いえいえ、お役に立てて嬉しいです!使わない時は腕に五秒間押し付けていれば腕輪に変形しますのでその様にしてください。腕輪の時は丸い模様が出るのでそこを続けて二回触れればまた板になります。」

「凄い、です!」

「じゃあそろそろ出ましょ!張り切って行くわよー!」


机の足を畳み空になったお皿を持って店番の場所に向かう。

起きてから随分ゆっくりしてたからか宿屋は静かだ。


「■■■■■!」


僕らを見つけた店番の女性は何かを言いながら速足でコチラに来て、机と皿を受けとって奥に持って行った。

宿屋を出て適当に外を歩く。


「そうそう今思い出したんだけど、服探さない?」

「どうして?」

「僕らの服はここではちょっと違和感ある気がするんだ。」

「そうですね。上下とも真っ白な服の人はまだ見ていません。ですが私の服で無いとなると移動の時にモノをすり抜けれませんよ?」

「そうか、それがあったか。」

「それにこの服だと汚れも付きませんし。」

「エンド、このままにしましょう?私は要らないわ。特に困ってないもの。」


多少の浮きは眼を瞑るべき、か。

結局服はこのままと言うことになった。

キューブの服じゃないと概念体である僕らにとっては都合が悪そうだ。


「姉さん、銅貨は?」

「置いてきたわよ?邪魔だし。」

「なるほど。お金なら置きっぱなしでも許してくれるか。」

「明確なゴミが出たらエンドに消してもらいましょう。」

「僕はゴミ箱じゃないぞ。まあいいけど。」


確かに消す係としては僕の力は使える。けど、他の三人と偉い違いだな。


「な~に~エンド、私たちに嫉妬しちゃったの?ふふっ。」

「気落ちしないで、おにい、ちゃん!」

「終わりの力は扱いが難しいですからね・・。」

「いや、いいんだ。君たちの力が羨ましいだなんてちっとも思ってないから。ゴミが出たら是非言ってくれ。」


本当はゴミの処理もパスとフューは出来るがそこはあえて無視しよう。せっかくキューブが気を利かせてくれたんだから。・・気を、利かせてくれたんだよね?


「ん?何ですか?」

「いや、何でもない。」


それから街の中をブラブラと散策した。

街の中は言葉に溢れていて、聞こえてくる喋り声や看板に書かれているマークと店名などを沢山知ることで何となくここの言葉も分かるような気がしてくる。

解析板様様だ。

まだ会話は難しいが簡単な挨拶ぐらいなら分かるようになった。


「ねえエンド、私たちも魔法って使えるのかな?」

「どうだろう。教えてくれる人がいればいいんだけどなぁ。」


この街では魔法が広く利用されているみたいで、そこらかしこでそれを見かける。

解析板で魔法を調べればどういう魔法かは出てくるけどその修得方法までは出てこない。


「ま、今は良いわ。そろそろご飯の時間みたいよ?」


街には食べ物を売るために店を構えているだけでなく、路上にも移動式の出店が走っていたりする。


「今日は目についたところ全部から買っていくわよ!」

「さすが、です!」

「私はパンに色々挟んでみてみたいです。」


出店には基本的にメニューが分かりやすい所に書いてあるのでそれを指差して「下さい」と言えば手に入る。

お金の価値についても大体分かってきた。

ここでは『金貨・銀貨・銅貨』の三種類が使われていて、銅貨100枚で銀貨1枚分の価値があるようだ。金貨についてはまだ分からない。正直金貨を使ってる場面はまだお目に掛かっていないのだ。

ご飯は一人前で大体銅貨5枚から10枚程度が相場らしい。

出店は街のいたる所にチラホラ見かけるが歩いていると大量の出店が展開されている通りが出てきた。


「出店、通り、です!」

「これ全部食べていくのかい?」

「あったりまえじゃん!」

「誰も損しませんし良いんじゃないでしょうか。」

「いや、まあ、そうだけど、よく食べるなぁと。この光景を見るだけでもうちょっとお腹が膨らんだ気になるよ。」

「食べても膨らまないのに食べずに膨らむなんて、可笑しなこと言うわね。」

「確かにそうだけどさ。こう、理解できない?感覚的なさぁ。」


僕の感覚を理解してくれる者は居ないらしい。

出店から買える種類を全て買って全員で分けながら食べ、終わったら次の出店へ移ると言うサイクルを繰り返す。

串焼き、粉もの、丼もの、汁物、サンドなど、色々な種類があってその全てに発見があった。

味にも当たり外れがあって、合わないものは僕が消し去った。


始めは同じく出店でご飯を買う客に紛れていたのだが、10軒目に差し掛かる辺りで周りがこちらを注目しているのが視線で感じ取れた。


「なんでこんな注目を受けてるのかねぇ?」

「恐らくですが、パスさんが出すお金が原因じゃないでしょうか?私たちの見た目は子供ですからね。」

「買いすぎ、食べすぎ、怪しすぎ、です!」

「ねえパス、残りの出店は明日以降にとっとこうよ。楽しみを一瞬で食べ尽くさなくてもいいんじゃないか?」

「それもそうね!じゃあ今日のご飯はこれで終了!」


手持ちのパンも食べ終わり、ごみを全て消し去って僕らは街の散策に戻ることにした。

11軒目の出店の店主が僕らが通りを離れていくのを残念そうに見つめていた。


街を散策していると、とある方角から地響きのような歓声が聞こえてきた。

その方角には周りの建物の五倍は高さのある巨大な建築物が見える。


「コロシアムの様に見えますね。」

「気になるわね。」

「行って、みよう!」

「それにしても凄い歓声だ。近くの建物は揺れすぎて落ち着かないだろうな。」


その建物に近づくにつれそこに行こうとする人が増え、流れが出来ている。

そんな時にパスが空いている入り口のような場所を見つけた。


「左見て!あそこから入りましょ!」


こんなに向かっている人が居るのに、何故そこは空いているのかもっと強く考えるべきだったと、後になって思うことになるが、こう言うのを後の祭りと言う。

その入り口には受付と係員らしき人が居て、僕らがそこから入ろうとすると首を横に振ってダメだと伝えてきた。


「なによー、ケチね。いいじゃない、空いてるんだから。そうか分かったわ、お金ね。お金払えばいいんでしょ!」


パスが勢いよく受け付けに金貨を叩きつけると、その係員は少し思案し、ここの文字で数字が書かれたカードをパスに渡して、中に入れとジェスチャーしてきた。


「流石、お姉ちゃん、です!」

「本当にこれで良かったのでしょうか。何か一瞬考え込んでいたように見えるのですが。」

「奇遇だなキューブ、僕もちょうどそれを思ったところだ。」

「何してるの二人とも!早く行くわよ!」


観客ではなく、むさ苦しい男どもだらけな部屋に到着するのがこの一分後である。

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