CUBE
アークアリス
第1話
終末はまだ来ていない。終焉はまだ先だ。そう言われて僕は生まれた。
過去は変わらない。やり直しは認められない。そう言われて姉が生まれた。
未来は不定。のぞき見は許されない。そう言われて妹が生まれた。
僕たちの父親は世界から権利を奪う権利を持っている。そうやって僕らが生まれた。
白色のキューブ型宇宙船に放り込まれた僕らは旅でもしてきなさいと送り出された。
特に何かしないといけない決まりは無いから宇宙の綺麗な星を見て回ることが多い。
僕が生まれた瞬間、『終わり』にまつわる力を使える存在は居なくなった。
姉が生まれた瞬間、『過去』に干渉する力を使える存在は居なくなった。
妹が生まれた瞬間、『未来』に干渉する力を使える存在は居なくなった。
僕ら以外には。
僕らは宇宙船の事をキューブって呼んでる。
宇宙に出るべからず。生まれの地で一生を終えよ。そう言われて造られたのがキューブだ。キューブが存在している限りあらゆる存在は宇宙へ飛び立てない。
キューブは移動だけじゃなくてベッドが配置されていたり服を見繕ってくれたりするし、地上に降り立てば人型にもなれる。
時が来れば迎えに行くと父親には言われていて、その時が来るまで僕らは当ての無い旅を延々と続けている。
概念が形を持った存在である僕らはその維持に何も必要としない。だから行ける場所も多くて本当に色々な星を見てきた。でも僕らや父親の様な人型の生命体にはまだ会ったことが無い。
宇宙と言うのは本当に広くて、宇宙に干渉出来なくなった所為もあるのか本当に痕跡が無い。
朽ち果てた人工衛星を幾つか見たので存在はすると思っていたけど、今の今まで見たことが無かった。
今日はそんな希少な存在と出会う記念すべき日だ。
結局のところ僕らが降り立つことになる星は科学ではなく魔法の進んだ世界だったから痕跡らしいものは全く無く偶々見つけただけなんだけど。
「青の惑星への降下を開始します。なお、船内に影響はありません。」
「この日が来るまで長かったね。」
「お父さん、恨んでる理由、分かるかな。」
「いやー、楽しみだなぁ!」
キューブは重力に引っ張られるように加速していき表面が燃え始めていた。
大丈夫と分かっていても焙られるのは気分がいいものではないなと思った。
地上からはどんな風に見えているのだろうかとか考えながら到着を待つ。
凄まじい速度で地表に到着したキューブは地面にぶつかるギリギリで急停止し、僕らは降り立った。
それなりに大きいキューブは人型に変形すると何故か小さくなる。
「じゃあ街に向かいますか。人がいるのは分かってるんだし。」
「こんな、真っ白な、服で、大丈夫、かな?」
「折角文明の有る所に来たんだから目一杯遊ぶよー!」
「ここから北に進んだ先に街を確認しています。」
キューブが降り立った地点は森の中だったみたいで、周りには緑が生い茂っている。
現地時間はお昼であると言うのに陽光の大部分が遮られて薄暗い。
宇宙にはたった一つの生命すら存在しないがここには数え切れないほどの生命を感じる。
僕らは思い思いにこの世界を視界に収めながらキューブの先導で街に向かった。
幾匹かの動植物が僕らを捕食しようとしてきたが、皆僕らをすり抜けていった。僕らは一見すると人間に見えるかもしれないがそうではない。
概念体は生命体とは住む世界が違うのだ。
森はそんなに広くなかったはずだが僕らは特に急ぐことも無かったので街を見つけるころには随分と日が陰っていた。
森を出て街に近づくと削られた石で綺麗に整えられた道が出てきた。
時折箱のようなものを四足動物が牽いて通っていくので道の隣を通った。
「キューブ、あれは何て言うんだい?」
「あれは馬車と呼ばれる乗り物です。牽いている生物は馬と呼ばれます。ここの人も体力の無い方が多いのでしょう。」
キューブは父親から色々な情報を貰っている。
姉と妹と僕も多少の知識は貰ってるけどやっぱり物知りなのはキューブだ。
「ねえ馬車乗りたい!あれは向かっている先に行けば手に入るの?」
「おそらく。お金を用意しないといけませんね。」
僕らは街に行けば取り敢えず何とかなるだろうと軽く考えていたが、思いもしない難題にぶつかることになる。
問題に気付いたのは遠目に明かりが見えてくるようになってきたころだ。
「■■■■■。」
そう、周りの人間が話している言葉が理解できない。
この辺りになると馬車もゆっくり走るようで中から話し声が聞こえてくるのだが。
「キューブ、なんて喋ってるのか分かる?」
「無理ですね。全ての惑星の言語をインプットされている訳じゃないですから。私の記憶には類似する言語情報もありません。お役に立てずすみません。」
「謝ることないわよ。こうなったら身振り手振りで勝負よ!」
「私たち、小さい、何とか、なる。」
実際の所、力を使えば姉と妹は何とかなる。
過去は全て姉のもの、未来は全て妹のもの。過去が消え去らない限り姉はその全てを引き出せるし、次の瞬間文明が崩壊でもしない限り妹は言語情報を未来から引き出せる。
実生活において一番能無しなのは僕なんだよね。
キューブも物覚えが良い訳じゃないけどそもそもが物知りだし。
「そう気落ちしなさんなって。落ち着いたら私とフューで覚えるの付き合ってあげるしさ。」
「お兄ちゃん、勉強、です、ね!」
「私も一緒に学びます。」
家族の無能を笑うような関係じゃなくて本当に良かったと思う。
「でも取り敢えずは身振り手振りで行くわよ!いきなり力使ってたんじゃ面白くないもの。」
入り口は徒歩用と馬車用に分かれているようで、馬車用の方には列が並んでいるが徒歩用は誰も居ない。
進みの遅い馬車を横目に入り口の下へと向かう。
入り口に人が陣取っているのは徒歩用でも馬車用でも変わらないらしい。
入り口前まで来た僕らにその人が喋りかけてきた。
「■■■■■。」
やはり何を言っているか分からない。
「中に、入りたい、です!」
「・・■■■?」
フューが訴えてみるがやはり通じない。
何を言っているのか分からないという雰囲気だ。
次に姉であるパスが街に入りたいと全身で表現する。
門番はそれは分かったようで一度頷くと、まるで何かを渡せと言う感じに右手を差し出してきた。
「おそらく通行料がいるのではないでしょうか?」
「ねえキューブ、さっき言ってたお金とか通行料とかってさ、何?ここが街って言うんだろうことは雰囲気で分かったけど。」
「お金とは価値を証明するものです。人はお金を使って様々なモノをやり取りするのです。ここでは街に入る権利を通行料を払うことによって得ることが出来るのだと推測できます。」
「しょうがないわね。まさかこんなはやく決意を曲げることになるなんて。過去から引っ張り出すわよ、それ。街にはさっさと入りたいし。」
フューはそう言うと何処からともなく金色の円盤を取り出して門番の手に置いた。
それは精巧な作りではなく、円盤型の金に何かの印を彫り込んだだけの、材料さえあれば誰でも造れそうな見た目をしている。大きさは親指より少し大きいぐらい。
男は一瞬驚いた顔をして、次に僕らの体を調べ始めた。
でも来たばかりの僕らは何も持っていない。
簡単な作りの白い服を着ているだけだ。
それも上に一枚下に一枚だけで靴も無い。馬車に乗っている人を見ると何やら色々着込んでいるように見えた。
何も見つけられなかったからか門番は残念そうな顔をしたが、街に入っていいと手振りで伝えてきた。
「どうせもっと金貨が無いか期待してたんでしょ。」
「がめつい、です。」
「さっさと行きましょう。」
さっきのは金貨と言うらしい。過去を扱えるってずるい。
入り口をくぐりついに僕らは街に入った。
石造りの高い壁に囲まれたこの街は石造りと木造の建物が混在している。
地面は土のままだがよく踏み固められている。
「さて、もう夜なので色々楽しむのは明日にしませんか?」
「そうだね、僕はそれでいいよ。」
「私も別にいいけど、何か美味しい御飯を探しましょ?」
「初めて、御飯!」
「じゃあ美味しそうな匂いを探そう。パス、悪いけどお金頼める?」
「しょうがないわね。でも私たちは遊びたいのであって仕事はしたくないものね。」
「楽しくないことは楽しましょう。きっとお父様も頷いてくれるはずです。」
僕らみたいに薄い服の子供は街にチラホラいたけど、汚れの無い真っ白な服は珍しいようで少し浮いていた。夜でこれなら明日は何か服を探すべきかもしれない。
「向こうから良い匂いが来てる!行くわよ!」
そう言い残しパスが駆けだしたので残された三人も追いかける様に走り出した。
僕らは態々道から外れて向かいはしなかったが路上の障害物は無視して走った。
人や物をすり抜けて行く様子を見て驚かれていることに僕らが気づくことは無かった。
本能的に人や物から物理的干渉を受けないことを知っていた僕らはその特異性に何も感じていなかったのだ。概念体の共通の特徴として僕らは相手からの干渉を制限できる。走ってる今は足裏から僕を支える力のみ受け入れてる感じ。
パスがとある店の前で立ち止まり中を覗いてる。
「ここ、ですか?」
「入るなら早く入ろうよ。」
「本当にここで良いのかちょっと考えてるのよ。」
「どうせ時間はあるんだし全部行けばいいじゃん。」
「なるほど、エンド天才!」
「注文や支払いはどうするのですか?」
「そんなの適当で良いでしょ。ニコニコしてりゃ何とかなるよ!」
「・・適当だ。」
「さあ入るよ!」
中はそれなりの人が居て空いている席はそんなに無かった。
最後の机に陣取るとそれを見ていた店の人が寄ってくる。
「■■■■■?」
「で、姉さんどうするの?」
「ニコニコしてなさい。」
勿論店員の言葉も聞き取れない訳だが、パスは満面の笑みで金貨の銀色版を一枚を差し出した。たぶんお金だろう。
僕らも笑みを浮かべて店員を見る。
「■■■■■?」
「なんでもいいわ。適当に頂戴。」
パスの声を聴いて店員も言葉での意思疎通は厳しいと悟ったらしい。
お金を持って行った店員はしばらくして、食べ物を盛ったへこみの有る板と人数分の木製の尖った物を持ってきた。続いて木で出来た筒に水が入っている物も運ばれてきた。
「これはフォークと呼ばれる食事用のツールですね。食べ物を巻き取ったり突き刺したりして食べる為のものです。料理を乗せているのは皿と言います。これは特に大皿と呼ばれます。水が入っているのはコップですね。」
「良い匂いで、美味しそう、です!」
「見た感じこれはパスタの一種の様です。」
「さ、食べるわよ!」
「「「「頂きます!」」」」
それは大量の黄色い紐のような食べ物に赤いとろみのあるものが掛かっていて、茶色の球がたくさん絡んでいる。上から白い粉も大量に振り掛けられていてとてもいい匂いだ。
ツルツルした触感や旨味甘味酸味のハーモニーを楽しめる料理で、姉の感性は正しかったのだろう。
キューブが教えてくれた握り方でフォークを使い絡めたり刺したりしながら思い思いに食べる。
「キューブ、この量は多いの?」
「人が食するには結構多いですね。四人いることを考えても少し多いかと。しかし私たちには関係ありません。」
「さっき渡した銀貨はそれなりに価値があるようね。」
「とっても、美味しい、です!」
僕らは休むことなくパスタを食べ続け終わりに水を飲み干した。
「「「「ごちそうさまでした!」」」」
僕らの食事が終わるのを見計らっていた様なタイミングでさっきの店員が両手に大きな袋を持って近寄ってきた。
「■■■■■。」
何と言っているかは分からないがその身振り手振りから袋をくれると言うことは伝わってくる。
袋の中には楕円形のかさついた物体がたくさん入っている。
僕らは父から教わったお辞儀をして店を出た。
「銀貨って結構な価値があるのねぇ。で、これは何?」
「おそらくパンでしょう。これも食べ物ですよ。」
「次、どこ、行くの?」
「寝る場所を探そう。ここなら寝る専門の場所もあるはずだよ。」
「人型なら寝具の形も私たちと似ているはずです。」
「このパンでも齧りながら探しましょ。」
「■■■■■。」
「外はやたら硬いけど中は柔らかいね、パン。」
「私たちには、関係、ないです!」
「■■■■■!」
「あ、あちらにベッドが描かれた看板がありますよ!」
「看板って、あの板?」
「さっきの店にはフォークの描かれた看板がありました。看板は何の店なのかを表すのです。」
「■■■■■!!」
唐突に伸びてきた手はパスの後頭部から正面へと通り抜け齧っていたパンを叩き落とした。
パスは唖然とした顔で落ちたパンを見つめている。
辺りを見渡してみると幾人かの男が後ろを囲むように立っていて何故か男たちも唖然とした顔で立っていた。
「ちょ、ちょっと何するのよ!パン落としたじゃない!!」
事態を受け入れた姉は振り向きざまに蹴りを放ちパンを叩き落とした男の股間を撃ち上げた。
姉は自分の足に掛かる抵抗力を切っていたようで男は姉三人分程度の高さまで撃ち上がり地面に落ちた。
パンを拾い叩いた姉は「さ、行くわよ。」と言いまた齧り始めた。
泡を吹く男を尻目に僕らはベッドの看板を掲げる店へと足を運ぶのであった。
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