第5話 一日ご主人様体験 前半

 突然だが、みんなはメイドという生態をご存知だろうか。


 黒のワンピースを基調とし、フリルをふんだんにあしらった最強萌え要素『メイド服』に身を包み、炊事洗濯そしてご主人様の世話まで行うという、まさに西洋が産んだ奇跡の生物だ。

 因みに誰も聞いていないのを理解している中で敢えて伝えておく。

 俺はメイドが大好きだ。


 では何故いきなりメイドの話を熱弁しだしたのかというと、その西洋の奇跡が今まさにこの場、天道家のリビングにいるからだ。


「じー……」

「な、何でしょうか……ご、ご主人様」


 少し露出度の高いメイド服に身を包むその少女は、主人である俺と目があった途端にその短いスカートの裾を抑え、紫水晶のような瞳を不安そうに揺らす。

 そんな可憐なメイドの姿を見た俺は、真剣な顔つきで、横に佇む銀髪メイドに主人として命を与えた。


「よしメイドよ、俺にこれをあーんしろ!」

「えぇ!?」


 紅潮するメイドは、俺の顔とテーブルに並ぶ昼食のオムライスを交互に見つめる。

 それを繰り返す度メイドの顔は赤みを増していった。


「早く早く!」

「うぅ……」


 今にも溢れそうな程目元に涙目を溜めつつ、メイドはオムライスを一口スプーンに乗せる。

 そのスプーンをゆっくりと


「そ、それじゃあ……ご主人さ、様……あ、あーん……」

「あーん♡」

「――って出来るかそんなことおぉぉぉ!」

「ひでぶ!?」


 後一歩でオムライスが口内に突入するその時、別の角度から俺の頬にストレートが飛んできた。

 強烈な痛みとその衝撃から、俺は無様にもフローリングへと転げ落ちる。


「何すんだ!」

「もう限界……何で私がこんなことしなきゃならないのよ!」


 怒り任せに地団駄を踏む銀髪メイドこと――姫神眞銀は、顔を真っ赤にしてフローリングに八つ当たりをする。

 あんまり暴れるとパンツ見えるぞ、何て今ツッコミ入れたら殺されるな。


 しかしそんな勝手なことを言う眞銀に、穏和な俺も流石に怒りが込み上げてきた。


「なら……このはどうするんだよ!」

「うっ……」


 俺は利き手である右腕を眞銀に見せつける。

 ぐるぐるに包帯の巻かれたそれを見た眞銀の顔からは、ゆっくりと赤みが失われ罪悪感一色へと塗り変わった。


「お前が昨日俺にP〇4を投げつけてこなきゃこんな事にはならなかったんだぞ!」

「あ、あんたが私の愚痴中にいきなりゲームやりだすからよ!」

「にしてもやり過ぎだ! 俺のゲームまで壊しやがって……お前には今日一日俺のメイドをやる義務がある!」


 正直言っていることが滅茶苦茶なのは理解している。

 しかしここで折れて眞銀の意見を正当化されたら、俺のこの傷はどうすればいい?

 この傷を癒せるのは、今はそう……メイドだけだ。


 しかしそれでも眞銀の表情は渋いままなので、迫真の演技で追い討ちを掛けてゆく。


「イタタタ! この痛みではとても一人で休日を過ごすには無理がある! これは誰かに面倒を見てもらわなければ!」

「ッ……分かったわよ、けど一日だけだからね!」


 フッ……勝った。

 これで眞銀は今日一日俺のメイドだ。

 普段のこともあるし、今日はしっかりとこき使ってやるぜ。


 にしても眞銀も簡単な奴だったな。

 こんな右手のフェイクに騙されるなんて――。

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