第4話 私の幼馴染

 放課後、下校時間となった私は荷物を纏めて自席を立った。

 クラスメイトたちも友人たちと集まり、この後の予定を話し合っている。

 そんな教室の後ろを見ると、幼馴染みの翔も鞄を肩に掛けて下校の準備をしていた。

 よし、先回りして校舎の外で待機しよう。

 そこであいつをしばいてやる。

 そんな計画を立てつつ、鞄を肩に掛けた私は翔より先に教室を出たのだった。


 ◇ ◇ ◇


「……遅い」


 下校路の途中で待ち伏せる私はいつまでも現れない翔にそんな愚痴をこぼす。

 学校を出てからもう二十分は経っているというのに、一体何をしているのだろうか。


「……まだ学校にいるよね?」


 ひとまず学校へ戻ってみよう。

 あいつが帰ってくれないと愚痴会も開けないし、しばけないではないか。


「私を待たせた分、罰は更に追加ね」


 明日は休日だし、今日は夜まで愚痴会に付き合わせてやる。

 そんなこんなで歩くこと数分、再び学校に到着。

 そのまま下駄箱へと向かおうとするが、校舎の裏から何やら話し声が聞こえてきた。


「この声……翔?」


 覚えのある声の方へ恐る恐る向かうと、校舎裏で男子生徒と女子生徒が向かい合って話していた。

 男子生徒は後ろ姿だが間違いない、あれは翔だ。

 もうひとりの女子生徒は見たことがない。

 もしや……『かな』?


『天道君、やっぱり私諦めきれない!』

『水野さん……』


 女子生徒の言葉に神妙な様子になる翔。

 え、諦めって何を?

 というかこの状態って……まさか?


『私、天道君が好き! 最初は友達からでもいいって言ったけど、どうしても貴方の彼女になりたい!』

(――え!?)


 何々、どういうこと? 一体これは何が起きているの?

 翔が女の子から告白をされているって事よね、しかもそれは前の話だし。

 というか、どうして翔の奴教えてくれなかったのよ。


『……教えて天道君、の何処が良いの?」

「……」


 さっき言っていた子?

 それって翔が好きな子……って事よね?

 ――誰よそれ聞いたことないけど!?


「……目、かな」

「目……?」

「うん、その目を見ると何だかほっとけなくてさ、探しちゃうんだよね……その子の目」


 優しい声音、顔を見なくてもわかる。

 きっと翔はその子の事を想い、大切にしているのだろう。

 そういえば昔、翔に目が綺麗って言われた事があったけど……あれは子供の頃だったから今は違うか。

では一体誰なのだろう?


『そっか、そんな事聞いちゃったら……敵わないと思っちゃうな、あはは……』

『……ごめん』

『そんな、謝る事じゃないよ! でもそんな優しい所が好きだよ――』

『水野さん……』


 そう言った少女は翔に微笑みかける。

 しかしその瞳には一筋の涙が流れていた。

 それを見てはっきりする、この子は本当に翔の事が好きだったのだと。


『でも、それでも……やっぱり天道君のこと……好き、簡単に諦められるなら……こんなに苦しい思いしないもん』

『……』

『……長く付き合わせてごめんね、今日はありがとう……それじゃあ』


 最後にそう伝え、女子生徒は翔から離れて行く。

 そんな彼女を見て、私は思わず羨ましいと思ってしまった。


 翔は皆に優しい、昔からそうだ。

 困っている人を見つけると、どんなことにも首を突っ込んでしまう。

 それが良くも悪くも翔の魔性の部分なのだろう。


 それにかかってしまったあの女子生徒は、二度も拒絶されたにもかかわらず、それでもなお翔のことを好きだと言った。

 もう何十年も一緒にいるのに、を伝えられていない私からすれば、彼女は眩しすぎる存在だった。


「私って、ワガママだな……」

「そうだな」

「――ってひゃああぁぁ!?」


 校舎裏の影に潜む私に、いつの間にか近づいていた翔がため息混じりに耳元に呟いてきた。

 突然現れるその声に、耳元を押さえて飛び上がってしまう。


「い、いきなり耳元で喋らないでよ!」

「……いきなり耳元で大声出さないでくれ」


 お互い耳を抑えて今日はじめての顔合わせだ。

全く、こんな形で対面するとは。


「盗み聞きとはいい趣味じゃないぞ?」

「……別にわざとじゃない、それに聞いてたのは途中からだし」

「……そっか、なら良いけど」


 抑えていた手を耳元から離し、翔はその手を私に差し伸ばす。

 その手を掴み、立ち上がった私は照れ臭さから顔を逸らした。


「ねえ翔、あんたの好きな人って……」

「――ワガママ」

「へ?」

「そんなこと気にしないで、いつもみたいに幼馴染オレにワガママを言うのが姫神眞銀、だろ?」


 堂々と、まるで自分のことかのように私を語る翔を見て、じわじわと顔が熱を帯びる。

 偶に現れるこういうのも、コイツの魔性なところだ。

 ……本当、カッコつけ過ぎ。


「……私のこと、よく知りもしないで」

「何年幼馴染みやってると思ってるんだよ」

「……バカ」


 私がいつも翔に言っている言葉を、まさか翔に使われるとは。

 でも使われると……何か嬉しいな。

 そう思いながら、照れ臭くなってしまった私は校門へと歩き出した。


「今日は朝まで愚痴会だからね」

「あ、朝まで!? それはいくらなんでも……」


 後ろを歩く翔にくるりと回って振り向く。

そしてげんなりしている翔に、私は全力の笑顔で応えた。


「だって私、ワガママだもん?」

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