6-5

 あたしは突堤に立ったまま、港からタクシーが走っていくのを見送った。黒のタクシーは坂を上がり、やがて信号を右折して見えなくなった。

 その時になってようやく、一穂の連絡先を知らないことに気が付いた。

 けどすぐに、まあいいかという気持ちが湧いてきた。たぶん、知っていたところで手紙の一つも書きやしないだろう、と。

 旅は終わったのだ。明日からはまた、新しい日々が待っている。

 良いことばかりじゃないだろう。むしろ、苦労の方が多いかもしれない。

 だけど、お腹に手を充てると、どうにかなりそうな気がした。少なくとも、あたしは一人じゃなかった。

 ふと見上げると、海猫とは違う鳥が飛んでいた。

 白鳥だ。

 番いだろうか、二羽が並んで羽を広げていた。

 白鳥たちはあたしの頭上を通り過ぎ、白波の立つ外海へと出て行った。そのまま真っ直ぐに、水平線へと飛んでいく。

 あ、と思った。

 七蘂の海を灰色に覆っていた靄が晴れていた。

 そればかりか、虹が出ていた。誰かが薄い水彩絵の具で引いたような、ちょっと出来過ぎなくらい綺麗な虹が。

 二つの真っ白な鳥の影は、虹を目指して小さくなっていった。


   *


 海が木々の向こうに消えるまで、僕は窓に張り付いていた。

 綾瀬さんも見ただろうか、あの虹を。

 今となっては、もう確かめる術はない。だけど、彼女がどんな顔で虹を眺めていたのかは想像出来る。

 もちろん、左側から見た横顔で。

 僕が一番よく知っている、彼女の顔だ。

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