6-3

   *


 何から何まで奇跡づくだったけど、最大の奇跡といえば我が愛車・ハンプティが戻ってきたことだ。

 ただでさえ老体の上、凍てつく海の上で全力疾走させられ、銃撃まで受けたのだ。もちろん、こっちとしても今生の別れを覚悟していたけど、七蘂の修理工場から電話が掛かってきた。

「今度はさすがに一晩じゃ無理だけど、どうする?」

「直せるなら、お願いします」ここまで来たら、本当にスクラップになるまで付き合おうと思った。「あ、それから、支払いはこないだの男にツケといて下さい」

 電話を切ってから、そういえばどうして加賀谷は七蘂に来たのだろうと考えた。暇つぶしに推理を巡らせると、どうもトランクに積み込んだ荷物の中にセキュリティのためにGPSのような物でも入っていたんじゃないかという結論に行き着いた。けど正直、どうでもよかった。

 その後、彼が病室へ乗り込んでくることも、彼の話を聞いた警察やら弁護士やらがやって来ることもなかった。あたしたちはもう、完全に赤の他人だった。

 修理代はどうなったかって?

 何日か経ってから、無事に払われたみたい。

 これはまあ、慰謝料の代わりってことで。あ、でも慰謝料いらないって言ったんだっけ。

 まあ、もう何でもいいけど。


 病院まであたしに会いに来た人間が、背広男の他にもう一人いた。一穂の幼馴染みの桃香だ。病室でボーッとしてたら、急に現れたから驚いた。

「これ……」憮然としながらそう言って、彼女は花束を押し付けてきた。「あ、ありがと――てか二つ?」

 花束は二つあった。

「片方は、一穂の分です」

「自分で渡しなよ」

 すると彼女は俯いて、モジモジし出した。

「もしかして気まずい?」

 答えはなかった。けど、その沈黙は頷いたようなものだった。あたしはつい吹き出してしまった。当然、尖った眼差しが飛んできた。

「ごめんごめん。だって、いかにも初恋中の女子中学生みたいだからさ。いいねー、その感じ。おばさん羨ましいよ」

 ますます眉間の皺が深くなる。こういうタイプはついからかいたくなってしまう。

「いいよ、渡しといてあげる。ただし、一つ条件がある」

「何ですか?」

 この時の条件は、我ながらイカしたものを提示したと思う。大人として、未来ある若者の明日を作ったというか。いや、あたしだってまだ二十代前半だったけどね。

 結局、桃香は一穂に会わないまま帰って行った。そのすぐ後で、一穂が翌日退院することを知らされた。負った怪我といえば掠り傷ぐらいだったし、取調べも終わったのだから、そう長居する必要もなくなったのだろう。あたしはお腹のこともあるしで、今しばらく引き留められることとなった。

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