6-3
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何から何まで奇跡づくだったけど、最大の奇跡といえば我が愛車・ハンプティが戻ってきたことだ。
ただでさえ老体の上、凍てつく海の上で全力疾走させられ、銃撃まで受けたのだ。もちろん、こっちとしても今生の別れを覚悟していたけど、七蘂の修理工場から電話が掛かってきた。
「今度はさすがに一晩じゃ無理だけど、どうする?」
「直せるなら、お願いします」ここまで来たら、本当にスクラップになるまで付き合おうと思った。「あ、それから、支払いはこないだの男にツケといて下さい」
電話を切ってから、そういえばどうして加賀谷は七蘂に来たのだろうと考えた。暇つぶしに推理を巡らせると、どうもトランクに積み込んだ荷物の中にセキュリティのためにGPSのような物でも入っていたんじゃないかという結論に行き着いた。けど正直、どうでもよかった。
その後、彼が病室へ乗り込んでくることも、彼の話を聞いた警察やら弁護士やらがやって来ることもなかった。あたしたちはもう、完全に赤の他人だった。
修理代はどうなったかって?
何日か経ってから、無事に払われたみたい。
これはまあ、慰謝料の代わりってことで。あ、でも慰謝料いらないって言ったんだっけ。
まあ、もう何でもいいけど。
病院まであたしに会いに来た人間が、背広男の他にもう一人いた。一穂の幼馴染みの桃香だ。病室でボーッとしてたら、急に現れたから驚いた。
「これ……」憮然としながらそう言って、彼女は花束を押し付けてきた。「あ、ありがと――てか二つ?」
花束は二つあった。
「片方は、一穂の分です」
「自分で渡しなよ」
すると彼女は俯いて、モジモジし出した。
「もしかして気まずい?」
答えはなかった。けど、その沈黙は頷いたようなものだった。あたしはつい吹き出してしまった。当然、尖った眼差しが飛んできた。
「ごめんごめん。だって、いかにも初恋中の女子中学生みたいだからさ。いいねー、その感じ。おばさん羨ましいよ」
ますます眉間の皺が深くなる。こういうタイプはついからかいたくなってしまう。
「いいよ、渡しといてあげる。ただし、一つ条件がある」
「何ですか?」
この時の条件は、我ながらイカしたものを提示したと思う。大人として、未来ある若者の明日を作ったというか。いや、あたしだってまだ二十代前半だったけどね。
結局、桃香は一穂に会わないまま帰って行った。そのすぐ後で、一穂が翌日退院することを知らされた。負った怪我といえば掠り傷ぐらいだったし、取調べも終わったのだから、そう長居する必要もなくなったのだろう。あたしはお腹のこともあるしで、今しばらく引き留められることとなった。
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