5-10

   *


 雪を巻き上げ雪原(というか海)を走る愛しのハンプティは、どこかの車のCMみたいだったに違いない。

 初めは快調だった。けど、岸が見えなくなってから徐々に不安が湧いてきた。

 果たして自分は正しい方へ向かっているのだろうか。

 青春をこじらせたようなこの不安はしかし、決して無視出来ない懸案事項だった。漠然と沖に向けて走り出したものの、別に目印があるわけでもない。カーナビもなければ方位磁針もない状況では、本当に潜水艦まで辿り着けるのか、定かではなかった。

 いやいや、スマホでGoogleマップを見てたじゃないかって?

 自分でも驚いたことにホテルの部屋に忘れてきたのだ。アラームを停めたきり、枕元にほっぽっていたらしい。

 なんて、今だからこうして呑気に語っていられるけど、あの時は時速九十キロで氷上を爆走しながらかなり焦った。下手すると、そのまま氷結地帯の端まで行って海にドボンなんてことも十分あり得たから。

 ちなみに、一穂に六十キロ以上の速度は出せないと説明していたハンプティが、この時だけは何故かその限界を突破した。理由は結局よくわかっていないけど、〈想いの力〉ってことにしておこう。ほんの一つまみ程度でも、この世界にはそういうものがあるってことを、あたしは信じたい。

 その次に起きたことを考えると「一つまみ程度」ではないのかもしれないけど。

 真っ白な雪の上に、赤い点を見付けたのだ。

 初めは見間違いかと思って目頭を揉んだけど、赤い点はやはり消えなかった。自然の物だとは思い難い色に興味を引かれ、あたしはハンドルを切った。

 近付くごとに、点は点ではなく、帯状の物が丸まっているのだと判別出来るようになってきた。そしてあたしはその赤い物体に心当たりがあった。

 七蘂に入る前、一穂の首に巻いたマフラーである。

 車を傍に停めると、やはりマフラーだった。だけどまあ、これだけのことであたしは騒いでいるわけじゃない。

 赤いマフラーの近くには、足跡があった。恐らくは二足歩行で、靴を履いているらしい動物の、だ。足跡は沖へ向かって真っ直ぐに伸びていた。深さからして、一日以上の時間は経っていないようにも見えた。

 アクセルを踏み、クラッチを繋ぎ、発進する。足跡に沿って、ハンプティを走らせる。

 これで人の足跡じゃなかったら、あたしはこの世界を恨んでいたに違いない。


   *


「一穂」光の中の父さんが、僕の頭に手を載せる。「母さんのこと、頼んだぞ」

「父さん、僕は」泥沼に引き込まれるようなまどろみの中で、僕は呟く。「ごめんなさい、僕には……」

 ズン、と尻の下が揺れる。

 氷柱や雪がパラパラ落ちる。

 でも、靄の掛かった頭では何が起きたのか想像することが出来ない――

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