5-5
作品は評価された。様々なコンペを勝ち抜き、賞を獲った。
尤も表舞台に立つのは加賀谷で、あたしはあくまで裏方。同じ作品でも、加賀谷の名を冠しているだけで世間への見え方は全然違った。
「残念ながら、コネとブランドがモノをいう世界だからね」加賀谷は申し訳なさそうに言った。
あたしもそれは重々承知していたから頷いた。すると彼は、あたしの手を取り言うのだった。
「大丈夫。今に機会は巡ってくる」
学校は卒業した。でも、夜の仕事は続けた。
加賀谷はあたしを表立ってのアシスタントにはしなかった。つまり、世間的にはあたしは存在しないことになっていた。だからあたしの正職は「デザイナー」でも「デザイナーアシスタント」でもなく、「夜の接客業」だった。
「変な誤解をされたら、お互いのためにならないだろう?」
或る時、こちらがやんわり不満を述べると、彼は諭すような調子で言った。
「とにかく、他人の足を引っ張ろうとする輩が多い世界なんだ。そんなつまらないことで、今後の仕事をフイにはしたくないじゃないか」
そんなつまらないこと。あたしは口の中で呟いた。
自分が加賀谷と、人に褒められるような関係を結んでいないことは理解していた。だからこそ、必要以上に相手には踏み込まず、見返りも求めなかった。
ただそこにいたかった。
その場所で、〈夢の国〉への扉が開くのを待っていたかった。
だけど、待てど暮らせどそんな機会は巡ってこなかった。
それより先に、もっと大きな機会が巡ってきた。
「……今の、本当かい?」
眼鏡の奥で狼狽える眼差し。ソファーに掛ける彼は、あたしから顔を逸らした。
「冗談だったら、もう少し面白くするよ」
加賀谷は唸った。
「別に喜んでくれなくてもいいよ。あたしの答えは決まってるから」
しばらく俯いてから、奴は意を決したようにこちらを見上げた。
「終わりにしよう、僕たち」
加賀谷は、今度は打って変わって真っ直ぐに見つめてきた。自分に誠意があることを誇示すように。
あたしは堪えきれず、笑ってしまった。
「何だよ」
「そう言うんだろうなと思ってた」
次の瞬間、ぐらりと揺れて、奴はソファーに沈んだ。
「何をした……」
「ちょっと寝ててもらうだけ。起きたら全部なくなって、すっきりしてるよ」
「お前……これ犯罪だぞ……」
あたしは鼻を鳴らし、眠りの世界に突き落とされた加賀谷を見下ろしていた。眠りこける奴の顔を見ていたら、泣きたくなってきた。そんな気持ちに蓋をするべく、あたしはさっさと奴の体を仮眠用のベッドへ引きずっていき、奴の「作品」と栄誉の数々を一式持ち出した。
空っぽだ。
ハンプティ・ダンプティのトランクに全ての荷物を積み終え、もう一度事務所へ戻った時、空になった棚を見てそう実感した。棚だけじゃない。何もかもが空っぽになってしまった。
その時になってあたしは、あたしを突き動かしてきたエンジンが既にガス欠であることに気が付いた。
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