3-1

   *


 曲がりくねった道が続く。

 右へ左へ、僕らは車ごと揺さぶられる。

 窓の外を、気の遠くなる数の木々が過ぎていく。どの木にも、濃紺の葉が鬱蒼と茂っている。

 明日の今頃は――

 そんな言葉が、さっきから頭の中をぐるぐる回っている。

 明日の今頃、僕は何をしているのだろう? 七蘂に着いているだろうか?

 着いているとしたら、もう〈目的〉は果たしているだろうか?

 お腹の底から何かがせり上がってくるような感覚がある。強いて言うなら、毎朝学校へ行く前に感じていたものの親玉のよう。

 いや、待てよ。今更何を言ってるんだ、僕は?

 もう引き返さないって決めたじゃないか。

 元々札幌でバスに乗れていれば、今頃はもう七蘂に着いていた筈なのだ。それが一日遅れたぐらいで何を弱気になってるんだ?

 本当なら、今頃はもう……

「一穂?」遠くで綾瀬さんの声がする。水の中にいるみたいにワンワン反響して聞こえる。「ちょっと、大丈夫?」

 何がですか?

 そう言うつもりだったけど、口を動かすことが出来ない。何かがおかしい。

 目の前には大きなカーブ。遠心力で、僕の体は左側へ押し出される。だけど変だ。体が傾いた後で、意識がついていく感じがする。体が元に戻っても、意識は右へ左へ揺れたまま安定しない。まるで熱に浮かされているみたいだ。

 変だ。

 お腹の底が煮えている。胃が、食道が、喉が、何か叫ぶように痙攣する。

 変だ。

「もしかして、酔った?」

 ああ、そうだ、この感じ。

 小さい頃、父さんの船に乗せてもらった時にも味わったっけ。


   *


 最悪の事態は免れた。あのカーブにガードレールを設置した行政に感謝。いや、ガードレールを発明したどこかの誰かに感謝だ。

 車体の右前には明らかに擦った跡がついていた。おまけに、取れたサイドミラーが数十メートル後方に落ちていた。支柱が根元からポッキリ折れた銀色の鏡を拾って戻ってくると、一穂が道端の草むらから戻ってきた。

「もういいの?」

「すみませんでした……」涙目で言ったあの子は、自分のリュックから水を取り出し、口をゆすいだ。

「とにかく、命があって何より。それに内装も無事だし」

 助手席から発せられる不穏な空気を察知するのがもう少し遅かったら、あたしのハンプティへの想いは尽きていたかもしれない。結局そこで狼狽えたせいでカーブを曲がりきれず、ガードレールに思い切り擦ったわけだけど、失う物は最小限で済んだ。

「まあ、この山道じゃねえ。あたしの運転も悪かったよ」

「いえ、綾瀬さんのせいじゃありません」そして目を伏せ、「ただ、少し考え事をしてしまって……」

 そう言った一穂の顔は、すっかり青ざめていた。そんな風になるまで彼が何を考えていたのか、あたしには知りようもなかった。

「山もあと少しだからさ、街まで行って休もうよ。我慢出来る?」

 一穂は弱々しく頷いた。

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