2-5
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川沿いの遊歩道を歩きながら、一穂に色々なことを訊いた。
好きな食べ物に好きな歌、好きな本に、好きな女性の仕草――。あまり思い出せないのは、興味がなかったからではなく、あまりに平凡な答えだったから。覚えているところでいうと、たしか最後の質問の回答は「ラーメンを食べる時に髪を掻き上げる仕草」だった。
「普通は食べ始める前に縛るけどね」
あたしはそう教えた気がする。「わざわざ髪の毛垂らしたままラーメン食べるようなデリカシーのない女に騙されちゃ駄目だよ」とアドバイスもした筈だ。
結局、あの子が「平均的な中学生男子」という以上の情報は得られなかった。或いは、男子中学生なんてものは皆が皆似たり寄ったりの価値観と思考で動いている生き物なのかもしれないけど。
ああ、でも、今思うとそれはあの子なりのカムフラージュだったのかもしれない。自分の中の何かを隠すために、わざと害のない答えで人間性を均していたというか。
もちろん、そんな他人の心の機微に気付けるようなあたしではない。
ただ、ぼんやりとして言葉にもならない違和感は覚えた。あの子の回答を単に「面白味がない」という感想で片付けてはいけないという気持ちが、奥歯の間に食べカス挟まったように残っていた。
遊歩道を進んでいくと、運動公園のような場所に行き着いた。
たぶん、普段はグラウンドしかないような場所なのだろうけど、この日は何かの催しが行なわれていた。大きな舞台が設えられ、周りには出店のテントが並んでいた。夏祭り、というよりは高校の文化祭めいたイベントのようだった。
こんなこと言うといかにも「足りない人間」に思われるかもしれないけど、あたしはウスターソースのにおいに釣られてフラフラと出店に近付いていった。いや、あの匂いを嗅いで何も思わないのはもはや人間じゃない。少なくともあたしは、そんな人間を信用しない(君も信じちゃダメだよ)。焼きそばもたこ焼きも豚玉も買うのが人情というものだ。一穂は引いてるみたいだったけど。
買ったものを座って食べられる場所を探していたら、音割れの激しいスピーカーから声が聞こえてきた。のど自慢大会の参加者を募集する放送で、優勝賞品は三万円分の商品券だと言っていた。あって困るものじゃない。
あたしが受付に向かいかけると、一穂は眉を上げた。
「出るつもりですか?」
「だって三万だよ? 一穂も出ようよ。賞品は山分けでいいからさ」
「無理です! 人前で歌うなんて」
「好きな歌うたっていいんだよ? 寿限無唱えるよりは楽でしょ」
「僕にはどちらも変わりません」
ということで、あたしは買った物を一穂に預け、一人でステージに立つこととなった。
君はもしかしたら知ってるかもしれないけど、あたしは中学の頃、帯広に「NHKのど自慢」が来た時、近所の大人たちに煽てられて出場したことがある。結果は満点。あの時は「地元からスターが誕生するのでは」と、ちょっとした騒ぎになったものだ。あたしの人生に於ける、数少ない自慢の一つ。
*
温かさの残るパックを抱えて、ステージの前に並んだ椅子に座る。
アナウンスでは「メインイベント」と言っていたけど、その割に観客は疎らだ。いる人にしても、のど自慢大会を見に来ているというよりは、そこに椅子があるから座っているというような雰囲気だ。
法被を着て襷を掛けた女の人が舞台袖から出てきた。彼女が司会らしい。「ミス○○(この町の地名みたいだったけど、うまく聞き取れなかった)」と名乗った彼女は、普段はこういうことをしないのか、いかにも慣れないという感じで進行表を読み上げていく。商工会長と紹介された頭の禿げ上がった老人が挨拶をし、出場者たちを激励した。パラパラと拍手が起きた後、早速最初の出場者が出てきた。
知らない人の知らない歌は、全く頭に入ってこなかった。
綾瀬さんが出てくるのを待つ間、僕はずっと彼女のことを考えていた。正確には、彼女に七蘂出身であることを打ち明けた場合、どういう反応が返ってくるか、ということを。
どうしても、悪い方に考えが行ってしまう。彼女はあくまで、僕を「家出少年」として車に乗せてくれたのだ。それ以上のオプションを受け入れてくれる保証はどこにもない。というより、受け入れてもらえない気がする。
いつか聞いた、同級生たちの声が蘇る。
「あいつは人間じゃない」
「あいつは呪われている」
「あいつは氷の世界から不幸を持ってきた」
あれが普通の反応だ。当事者以外の人たちからしたら、そう考えるのが真っ当なのだ。
怖い。綾瀬さんのようにあっけらかんとした人にまで嫌われてしまうことが。
その時、僕はどうなってしまうのだろう。
腕の中でパキパキと、プラスチックのパックが音を立てた。
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