第19話 トラウマ


「どの部屋でも好きなところを使っていいよ」


 と大屋さんに言われ、松本は堂々とあの廃屋、第一萌木荘だいいちもえぎそうに初めて足を踏み入れていた。



 一階と二階で合わせて20部屋あり、食堂や風呂もあるのは基本的に第二萌木荘と変わらない。


 第二も古いが螺旋階段や室内の装飾などに大工職人のこだわりを感じた。 



 第一は全体的にさらに古い年代を感じさせる木造であり、ただ住めればよいという殺風景な内装。


 建築されたのは1970年頃なのではというのが松本の勝手な想像だった。



 一階の各部屋から順に開けていく。


 畳が腐り果てている部屋も多い。


 がそれはまだマシな部屋。



 中には不法侵入されたのか以前の住人の忘れ物か、食べかけのパンと飲みかけの牛乳がそのまま六畳一間の中央に置いてある部屋があった。


 異臭に鼻をつまみながら松本は本能に逆らえず、興味本意で数冊置いてあったエロ漫画雑誌のページをめくろうとする。



「うわっ!」



 湿ってくっついたページを持ち上げると、めくった先から見えたのは、数十匹集まったゾウリムシの群れ。


モゾモゾモゾモゾモゾ


 と急に四方へ這い出してきて驚いた松本は慌てて部屋から逃げ出した。



 そもそも一階に住むつもりはない。


 放火の可能性を視野に入れ、安全かつ最速で逃げられる二階の階段近くの部屋を手に入れようとすでに決めていた。


 幸い二階のその部屋は綺麗に残っていた。



 松本は実家から駆け付けた両親に感謝し、その部屋に自分の真新しい布団、CDコンポ、パソコン、電話機を置く。


 なんだかんだ怒られたものの、保険からおりるお金を使って父が必要なものを買ってくれた。


 不幸中の幸いでその部屋には初めから電話線はつながっていたので、パソコンと電話はすぐに再開できた。



「オレは窓から逃げたいんで一階にしまス!」


 藪内やぶうちはそう言っていたが、部屋数が多くていちいちどの部屋に誰が入ったかは覚えられなかった。



 カーテンのない部屋に新品の家財道具。


 松本は一年前の春を思い出した。


 あの頃と違うのは、夜9時になっても鳴らない電話と、再生するCDのないコンポと、カーテンがなくても困らない夏の暑さか。



 ーー第一萌木荘初めての夜、松本は深夜1時を過ぎても眠れなかった。 



(ウゥウゥウウウウー……)



 遠くで消防車のサイレンが鳴っている………でも実際には鳴っていない。



 幻聴



 自身が思っていた以上にあの火事がトラウマになっていたのだ。



 松本はしかめっ面で目を閉じる。



(消えろ消えろ消え消えろ消えろ消えろ)



 いくらそう願っても夜になると頭の中にどこからともなく響くサイレンの音。



 空が白み始めて雀がチュンチュン鳴く声を聞けてやっと、安心して眠りに落ちる。



 そんな日々が一週間続いた。








 




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