第15話 常世の闇を撃ち抜け
7月3日、夜9時39分のことだった。
目をこらせば見えなくもない。かといって知らぬ場所では身動きがとれないような。
そんな暗さの夜。
過信だった。
もう慣れている建物だから手探りでも大丈夫と思っていた。
松本は風呂に入ろうと下宿の一階へ降りた。
風呂場にある丈夫そうな茶色い柱の前まで来たとき、廊下の灯りに照らされて柱の中央で白い何かが蠢いているのに気付く。
目の錯覚かと思い近付いてみると、柱から顔をだした無数の小さな白い幼虫と目が合う。
「シロアリ…」
正しくは目があっているわけではない。
柱を食い破って突き出た幼虫が
ウネウネウネ
と足をバタつかせながら
一世代前に建てられたであろう木造建築物の屈強な柱はシロアリによって床下から一階中心部まで内部を食い破られていたのだ。
よく見ると柱の下には食べ散らかした残骸が木屑の山となっている。
話に聞いたことはあっても初めて目にするシロアリ。
じっくり観察した後、松本は
「人に危害を与えるわけではないし」
と思いそのまま風呂場へ向かった。
人二人やっと立てる狭さの脱衣場でボイラーの電源を入れて服を脱ぐ。
磨りガラス状のドアを押し開け、広さ2畳ほどしかない風呂場に足を踏み入れてドアを閉めた。
シャワーを出して体に当てると視界の隅で何かが蠢く気配。
まだ見えるからと電気をつけずに風呂場に入ったことを松本は少し悔やんだ。
何の気なしに自分の体に当てていたシャワーを風呂場の右下角隅に向けてかけてみる。
瞬間、隅にあった黒い影だと思っていた「影ではない黒い塊」がブワッと広がって松本に迫る!
「わぁあああ!!」
意表を付いた黒い
必死でシャワーを当てて交戦すると、隅にまとまっていた大きな黒い塊は水の流れに押されて排水溝へ近付いていく。
よく見るとゴマのように黒くて小さい虫の集まり。虫には羽がついている。
それがまるで助けを求めるように風呂場の隅に集まって上に向かってもがいていた。
「羽蟻!?もしかして…シロアリの成虫!!」
松本は流されていく羽蟻の群れをダンスのステップを踏むようにジタバタとかわしながら放水し続ける。
「!?」
閃いて振り向き、風呂場の四隅に向かって急いで順にシャワーをかける。
水×最大出力によって威力を増したシャワー。
すると次々と隅から剥がされ影から現れた黒い羽蟻の群れ、群れ、群れ。
ゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾ
その数は何百ではきかない。
夜に紛れた千匹の蟻。
松本はわずか一畳ほどの
実際には3分ほどの出来事だったかもしれないが、至近距離でしかも裸で虫の群れと向き合う恐怖は松本の体感時間を倍にした。
最後の一匹をシャワーで排水溝へ流し込んだ松本は結局、湯船にはつからずに風呂場を後にする。
「勘弁してくれよ…」
クタクタになって風呂場から脱出した帰り、柱から顔を出すシロアリとまた目が合った。
松本はこれからの下宿生活を憂いながら自分の部屋へヨタヨタと戻っていった。
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