第13話 昨日の今日

 

 12月26日朝8時


 松本は第二萌木荘だいにもえぎそうの食堂でごはん、納豆、味噌汁、目玉焼きという王道の朝食を食べていた。



 食堂のTVではどのチャンネルでも昨夜の鉄道事故のニュースを取り上げていた。



 秋畑あきはたへ向かう途中の特急『さなえ』が強風に煽られ、酒畑さかはたで脱線。


 先頭車両が横転し線路沿いの建物に激突、乗っていた5人の乗客が犠牲になった。


 遺族の意向もあってか、全員の名前は明かされているわけてはないようだ。



(それともまだ身元不明の遺体もあるのだろうか?)


 松本は現場を映す報道番組を食い入るように見た。


 見慣れた列車の大破した姿に寒気がする。



 それもそのはずだ。


 特急『さなえ』は松本が年間に最低4回は乗車する実家への交通手段なのだから。


 25日は萬代ばんだい駅に16時30分着。運よく難を逃れていた。



 大破した列車を映す画面を見るのもつらくなり、チャンネルを変えようとしたそのとき。


 画面の下側に白い文字で公表された事故の犠牲者の氏名を見て、松本は目を疑った。



山中木春やまなかこはる……嘘……だろ……なんで?」



 箸を持つ手が震えた。


ありえないありえないありえないありえない


 それは椿つばきの本名。


 手紙を出すときに書いていた宛先と同じ名前だった。



 椿は、24日の夜に秋畑にいた。


 松本が逃げ出したあの夜まで。



「まさか…オレのことを追いかけて?」



 松本は24日の夜、実家で一泊してから夕方に着く列車で木枯こがらし町へ戻った。


 もし椿が25日始発の特急で木枯町へ向かっていたら、帰りは事故に遭った列車に乗るだろう。


 木枯町での滞在時間はわずか一時間程度だったはずだ。



「たったの一時間会うために探して追って来てくれた?そんな、、でももしそうだとしたら。

 オレが、椿を、殺し…た……………」



 松本は椿の死を受け入れられない。


 信じられなかったから涙も出なかった。



 普段ごはんを残すことのない松本。


 米を半分残して立ち上がり、おぼつかない足取りで自室へ戻る。



 窓際に置かれた白い電話機をぼんやりと見ていた。



 毎晩のように、耳が痛くなるまで電話した。


 「ちょっとハスキーな声がいいよね」

 って言うと

「なおと電話しすぎて声が枯れたのかな」

 と冗談で返された。



 受話器を握りしめると思い出す椿との思い出。


 松本の目から涙が溢れた。



「あ゛ぁああぁああああ!!」



 松本は布団をかぶって叫んだ。



(あの日会いに行かなければよかった!


 あのとき掲示板で出会わなければよかった! 


 オレのせいで椿が!


 オレが!……オレが……………)

 


 自責の念。



 いくら自分を責めても誰も裁いてはくれない。



 松本は泣きつかれると、布団をかぶったまま眠りに落ちた。




――――――――――――――――――――




トゥルルルル!トゥルルルル!



(電話の鳴る音がする)



トゥルルルル!



(もういいよ。もういいから切れてくれ)



 そう思う気持ちとは裏腹、3コールまでに出る習性には逆らえず松本はしぶしぶ布団から這い出て受話器を持ち上げて


「もしもし」


 と相手の反応を待った。



 公衆電話からだろうか。


 後ろからざわめきが聞こえる。



「…もしもし、なお?私…」


「椿!?」


 (生きていた…!!よかった。

 あの名前は同姓同名。オレの勘違いだった)

 


 ホッと松本は安堵して全身の力が抜けた。



「さっきなおに会いに下宿に行ったんだけど、いなくて会えなかった。

 ごめん。もう行かないと…」


(…?)



 松本はずっと下宿にいた。


 寝ていたから気付かなかった?


 慌てて松本が切り返す。



「オレの方こそ突然会いに行ってごめん!今日は今まで寝てて、せっかく来てくれたのに気付かなかった」


「そっか…」



 椿の声の後ろからアナウンスが聞こえる。



「間も無く3番線に下り列車、特急『さなえ』がまいります。黄色い線の内側までお下がりください」


 何度も耳にしたことのあるアナウンスと、列車到着をつげるメロディー。



(まさか、、そんな……)



 松本の背筋に悪寒が走る。



「椿、、今どこ?

 あ、いや…今日って、何日だっけ??」


1225。今萬代駅だよ。ごめん…もう行かないと」



 松本は慌てて時計を見る。


 時刻は16時ちょうどになるところ。


「その列車は!!」


 脱線するから乗るな!!

 とでも言うのか?


 非科学的だ。

 死んだはずの椿と時間を越えて会話している。



「今までありがとう。バイバイ、なお……」



 どうすれば?どうしたらいい?!


 松本は追い詰められて頭の中が真っ白になった。



 もう、言葉はこれしか思い浮かばなかった。



「好きだ」


「…」



「ずっと好きだった」


「…」



「行かないでほしい」


「…」




 椿の声は聞こえない。


 それでも、松本は思いを届けたかった。


 もう届けられないと諦めた思いを。



「♪もうすぐ街の光は消え 全てを忘れて闇へ帰る♪」


「…」



「♪星1つない窓の外 ずっと見つめていたいつもの夜♪」



 松本は歌った。


 クリスマスイブに渡せなかった、ギプシーの新曲。


 帰りの列車で何回も聴いていたからもう一通り歌詞は覚えていた。



「♪そんな目で見ないでよ 僕は一人 ただ一人 うずくまるだけで♪」



 松本は必死に歌った。


 音程を外しても、下手でも、椿への思いをこめて。



 ただ引き留めたかった。


 椿を萬代駅に、、この世に。


 最悪だった出会いと別れを、やり直したかった。



 少しの沈黙の後、雑踏のざわめきの中から椿の声がした。



「…列車、行っちゃった。あんまり良い歌だから乗り過ごしちゃったよ」


「…!!」



「責任とってくれる?」


「うん…あ!でもちょっと用事があって。。今夜は近くのホテルで泊まってもらってもいい?」


「…いいけど、今は会えないの?」


 がっかりして落ち込んだ声で椿は言う。

 不信がられたかもしれないが、松本には説明が難しい状況だった。


 椿の今は松本の昨日だから。



 ここは勢いで押すしかない。


「明日の17時、萬代駅で会おう。待たせてごめん!必ず迎えに行くから!!」


「…なおも忙しいよね。。わかった。待ってる」

 


 心なしか椿の声は明るかった。


 松本も今日初めて笑うことができた。


 笑ったあとで、青ざめた。


(責任って、どういう意味だろう…)



 とりあえずこれくらいで足りるかなと、松本は銀行で5万円おろしてから萬代駅へ向かった。


 





 

 






 




 

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