第10話 歪んだ関係

 

キーーーーーーーーーーーン



 初めはただの耳鳴りだった。


 そのうち治ると思ってそのままにしていた。



「耳を叩かれてるせいだから」


 木春は自分が悪いからだと、そう思っていた。



 耳鳴りが治るのと引き換えに、今度は右の耳からは何も聞こえなくなってしまった。


 でも、あえてしばらくそのままにした。



 夫に張り手をされるとき、音がない方が都合が良かったから。


 ピチャピチャと耳を舐められる音が聞こえない方が、心を保てたから。

 


 右耳が聴力を失ってから8ヵ月後の1月、病院で検査を受けると脳に大きな腫瘍が見つかった。



「腫瘍は良性だと思いますのでご安心ください」



 椿は何をどう安心すれば良いのか全くわからなかった。


 医師は続ける。



「しかし、腫瘍を摘出する際に開頭しますので、神経に傷が付いて後遺症が残る可能性があります」



 医師から説明は受けたが、手術をしないという選択肢は無かった。


 後遺症が出てもやむ無しという旨の書類に同意の署名をして術日を迎えた。



――――――――――――――――――――



 手術後、髪を剃った姿が気になり自分の顔を鏡で見る。



「なんだ、たいしたことない…」



 ほっとして笑おうとしたら左の口角が持ち上がらない。


 ピカソの絵のように形づくられた不自然な笑み。



「そんな、なんで…」



 木春の左顔面は動かせなくなっていた。


 サッと青ざめ、これから先いつか松本なおにあったときのことを想像する。



「嫌ぁぁああ!!」



 叫んだ声は左からしか聞こえなかった。



――――――――――――――――――――



「おかえり」



 夫は退院した木春を迎えると声をかけた。



「待ってたよ。お風呂に入っておいで。着替えも用意してあるから」



 傷心の木春はその言葉に


「もしかして、私の身を案じて心を入れ替えてくれたのかな」


 と淡い期待をした。



 その思いは風呂上がりに用意されていた着替えを手にしたときに崩れ去った。



 後遺症が残るほどの手術を終えて帰宅した妻に………ナース服を着替えで用意する夫。



 お見舞いに来たときに看護師の尻を目で追いながらこのときを心待ちにしていたのだろう。

 

 どこまでも低俗で下衆な考えしかできない屑男。


 きっと下半身に脳味噌がつまっている。



 ナース服の上から執拗に尻をまさぐり、硬くなった股間を足にあててくる。



 乱暴に脱がされてから対面で向かい合ってしていると、不意に夫が笑いを堪えられない様子で後ろにまわりこんで挿れ直した。



 木春は昼間見た自分の顔を思い出した。



(私の歪んだ顔とあなたの歪んだ心。私たちってお似合いの夫婦なのかもね…)



 木春は後ろから両手で腰を掴まれて前後にゆさゆさと揺さぶられながら朦朧とした意識の中


「結婚した相手がこの人で良かった」


 と初めて心から思えた。

 




 




 


 

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