第8話 性別不詳 年齢不詳


「次は~酒畑さかはた~酒畑~。お降りのお客様へ乗り換えの列車のご案内をいたします」



 松本まつもとは特急『さなえ』に乗っていた。


 4時間かけて椿の住む秋畑市あきはたしへ向かう途中。


 あと2時間もすれば着く距離。



 今日は12月24日。


 Risk en Drugでギプシーの新しいCDを買い、その足で電車に飛び乗った。



「プレゼント喜んでくれるといいな」



 2枚買ったCDの1枚は手紙と一緒に茶色いラッピング袋にピンクのリボンで結んで入れてある。


 サプライズで会いに行って驚かせようと松本はワクワクしていた。



 「次は終点~秋畑あきはた~秋畑~。お忘れもののないようお気をつけください」


 時刻は夜7時になろうかというところ。手紙の住所を元に椿つばきの自宅へ向かう。



 秋畑駅から徒歩で45分ほどの距離にある住宅街。


 辺りはすっかり暗く、まだ雪は降らないが凍えるような寒さだ。


 松本は襟を立てて寒さをしのぎ、一人歩いた。



 そこは古びた白いマンションだった。


 向かいの道路から見える2階の203号室には光が灯っている。



「あそこに椿が…」


 ドキドキ


 と心臓の音が聞こえるようで松本はこれまでにないくらい緊張した。


 一張羅のジーンズ、灰色のセーターに黒いコートを羽織り、プレゼントを抱えてインターホンを押しに行こうとする…………………が勇気が足りない。



「これじゃストーカーと変わらないな」



 夜8時、女性の自宅前でウロウロしてる不審な姿を自己嫌悪する。



「そういえばいつも電話は夜9時過ぎだから8時には何してるんだろう?ご飯とかお風呂かな…」



 その答えを松本は知ることになる。



ガチャリ


 ドアの開く音がすると誰かの歩く足音が…二つ。


 反射的に松本は近くの物陰に隠れた。



「じゃあ、いってきます」



 40代くらいの男性の声がした。


 150~160cmほどだろうか。

 

 それほど背の高くない、お世辞にも格好いいとは言えない。


 黒髪短髪小太り眼鏡の男性が作業着で出ていく。



「いってらっしゃい」



 その声は聞き間違えるはずがなかった。


 半年もの間、学校での他愛もない話や大好きな音楽の話を語り合っていた声だから。



ザッザッザッ



 足音が遠ざかるのをじっと待つ。


 松本は男性と入れ違いに震える足で一歩二歩、近づいた。


 女性が自宅の緑色のドアの冷たいドアノブを掴んだとき、階段の踊り場の途中から声をかける。



「椿…」


「!?」



 急に声がして驚き振り向く色白な女性。


 その黒髪はまっすぐ肩まで伸びていた。


 茶色くモコモコした暖かそうな上着に青いジーンズというラフな格好。


 松本の姿を見てすぐに気がつく。



「なお…」


 嗚呼、やっぱり椿だ。


 



「今の…お父さん?」



 ―会いに来たよ。驚いた?プレゼントがあるんだ。


 ―クリスマスイブだけど雪は降らなかったね。

 そういえば会うのは初めてだから照れ臭いな(笑)。

 メリークリスマス!これ、プレゼントのCDだよ。



 そのどれでもない、第一声。


 椿は目に見えて青ざめた様子で答えられなかった。



 松本だってわかっていた。


 誰だってわかる。


 この年くらいになってお父さんと抱き合ってキスをして送り出す娘なんていないことを。



 無言に耐えられなかった。


 ただそこにいるだけで彼女を責めるようで。


 悪いのは約束もなしに、自分なのに。



「ごめん」



 そう小さく呟くと、うつむく椿を一人残して松本は振り返り走り出した。


 いや、正確には逃げ出した。



「はぁ!はぁ!」



 右も左もわからない。


 もう、前も後ろもどうでもいい。


 ここではない、どこか遠くへ。



「はぁ!はぁ!…はぁ!……はぁ」



 走り疲れた松本は見知らぬ街の細い路地を歩いた。


 立ち止まったらそのまま動けなくなりそうだから。



(何のためにここまで来た!?あんな悲しい顔を、困った顔をさせて、、傷つけて。

 最低だ………オレも……椿も)

 


 愛する心を届けたい、それだけなのに。


 届ける前に松本の恋は終わった。


 始まることもなかった。


 276日の間見ていた夢。ただの夢なのだから。



 考えてみれば別に椿は悪くない。


 とは一度も言っていなかった。


 松本が一人で期待して、一人で裏切られたと思っているだけだ。



(忘れてしまいたい……死んで、しまいたい)



ブロロロロ…!!


 背後から突然近づく車の音。



「ねぇ、そこのお兄さん!一緒に遊ばない!?」



 後ろから走って来た赤いオープンカーに乗った年齢不詳の男性二人組。



「…遠慮しときます」



「どうして泣いてるの?かわいい顔が台無しよ??」



「……さっき、フられたんです」



 上を向いて必死に涙をこらえながら歩く松本に低速で並走する車。


 鼻水を一度飲み込み、涙を袖でぬぐって、胸を痙攣させながら松本はそう応えた。



「そう……気が変わったらおいで。


 オカマは裏切らないわよ!」


ブロロロロ…!!



(失恋して、オカマにナンパされるなんて…なんて日だ!)



(……………でも、オカマも悪くないかもな)



「ははは」


 松本は笑っていた。



 さっきまでより確かな足取り。

 


 前を向いた松本は秋畑駅を目指すことにした。


 



 


 


 












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