~池谷~

第4話 パンツの子




「ってんなわけあるかー!!」



ポコッ



 白滝しらたきのツンツンした黒い前髪と同じくらい鋭いツッコミと同時に放たれた強烈なスマッシュ。



 低い軌道でワンバウンドしたピンポン玉が松本の腹部へと刺さった。




「松本代われ、オレの必殺サーブ見せてやんよ?」



 そう言って代わって台に向かった半田はんだは背の高い体をくの字に曲げて無言。

 


 5秒くらいたつと突然



「ほっ!」



 とピンポン玉を1mほど上に放り虚を突く。



 落下してきた玉に水平に寝かせたラケットをこすり付け絶妙な回転を与える!



 が、ネットに当たったボールはシュルシュルと音を立ててコンコンと転がっていった。



「見かけ倒しかよ!!」



 さきほどいとも簡単に返された松本の必殺サーブと同じく、白滝のツッコミの餌食になった。



「おかしいなぁ~」



 いつも半笑いの表情でムードメーカーの半田がとぼけて言う。




「お前らレベル低いなあ。代われ代われ。オレが本当の卓球を見せてやるよ」



 そう言って不敵な笑みをうかべ自信ありげなタレ目の平泉ひらいずみ




 大物政治家のようなゆったりとした動きで余裕を見せながらラケットを受け取り



「さぁ、どこからでもかかって来なさい」



 と構える。



 中腰で、顔の前に両の手で正三角形を作るような独特な構え。




 もしかして平泉は経験者なのか?



 似たツンツン黒髪頭同士が真剣な表情で向かい合い、場に緊張の糸が張りつめる。




 白滝が得意のサーブを放つ。放つ。放つ!



 平泉は一本もとれない。




「今日は調子悪いからこの辺で勘弁してやるよ。君、なかなか強いね?」



「あんた絶体初心者だろ!!」



 予想通りいつものハッタリ平泉だった。




 大学の野菜研究室近く、構内の少し開けた所に何故か常設されている卓球台で同級生5人は戯れていた。




 同じ学部学科の50人ほどの中でも、いずれ同じ野菜研究室を専攻する予定の5人はこうしてよく集まっていた。



 特に今は夏休み中なので学校内の生徒は少なく、人気スポットの卓球台でも並ばずに使用できる。




 氷のように冷たくなった足。



 今火葬されようという棺を掴んで離さず泣き崩れる叔母。



 カサカサに乾ききった真っ白な骨。。


 

 初めて体験した大切な人との別れ。



 その寂しさは今もふとした瞬間に襲ってくる。




 祖母を失ったそんな松本の心の傷を、友達との日常が少しずつ埋めてくれていた。




 紅一点の池谷いけたには、そばにあるベンチに腰掛けニコニコと目を細めてその様子を見守っている。




「明日は晴れるな」



 遠回りにスタスタと歩いてきた半田が唐突に明日の天気を予想する。



 半田、松本、白滝の男子3人は目を合わせて頷いた。




 ちょっとぽっちゃり系な池谷がしゃがみこむと必ずと言っていいほど、上着が上に、ズボンが下にズレてその隙間から下着パンツが顔を見せるのだ。




 その色で次の日の天気を占うことを



『今日のイケパン』



 と呼び、男子たちは我先にと池谷の背後をとっては手を合わせて崇めていた。



 パンツの御子みこによる占いは不思議とよく当たるのだ。




 ピンク色の生地を目に焼き付けた松本と半田がニヤニヤしていると



「いい加減にしろー!!」



ポコッ



 とまたも白滝の強烈なスマッシュが松本との腹部に突き刺さった。




「あはは!」



 そんな男たちのくだらないやり取りを知らない池谷は無邪気に笑う。




 ただ一人、平泉だけは



「くだらん」



 と興味なさげに呟いた。




 平泉は



『女性の白くて細くて長い綺麗な生足。特にその指先』



 が好きという変わった性癖を持っている。




 もちろん池谷のパンツの色にも興味はなく、



「うわ、テンション下がるわ~」



と望んでいないのに見える下着についてひどく否定的だった。



 大体の話が平泉と噛み合わないことをわかっている男連中は女性の好みの話のときには平泉の意見を除外していた。




 大学一年の夏も過ぎようという時期になると、彼氏彼女という関係になる人が周りに増えていった。



 白滝は同じ学部に彼女がいて、半田はどういうつながりか高校生の彼女がいた。




 平泉に彼女がいるかを聞くと



「オレは将来、億をかせぐ男だからそんな暇はない」



 と微妙に違う答えでごまかされた。




 松本は遠距離電話友達の椿つばき一筋だった。



 5月末頃の日曜日の昼頃。



 部屋でゴロゴロしていると




トゥルルルル!



トゥルルルル!




 電話が鳴った。




「もしもし」



 松本が無防備に電話に出ると



直行なおゆき!!お前ふざけるんじゃねぇぞ!!」



 激昂してる父の大声が鼓膜に響いた。




「5万だぞ、5万!!先月の電話代!!何考えてんだ!!」



「…うん」



「うんじゃない、はいだろ!!」



「はい!!」




 その後も父親から散々叱られた松本は以降、椿への電話の回数や長さを調整し電話代を抑えることで事なきをえていた。



 初めて椿と電話してから4ヶ月ほどたっても進展はないが、特に不満もない。




「今度ギプシーのライブに行ってくるよ」



「楽しみだね。デモテープ売ってたらダビングしてほしいな」



 テープ対応CDコンポの強みを最大限に恋愛に活かす松本は椿との電話を思い出して鼻の下を伸ばした。




 池谷もまた、好きな人がいた。

 


 それを知らない人が端から見ても一目瞭然なほど、同じ学科の加藤先輩に恋をしていた。



 近くにいるといつも目で追っているのであからさまにわかるのだ。




 加藤先輩は真面目で細身な頼れる優しい眼鏡先輩という印象。



 うまくいくことを期待してみんなで生暖かく、パンツの色ともども見守っていた。




「今度みんなで海に行こうぜ。」



 半田の思い付きに白滝が反応する。



「お前は水着を見に行きたいだけだろ!」



「オレはパス。基本インドア派なんだわ」



 平泉の不参加が決定する。



「えぇー、私は行きたいな。松本くんは?」



「オレも行くよ。海パン買っておくね」




 こうして4人で海に行くことが決まり、次の日曜日に近所の木枯浜こがらしはまでと待ち合わせをした。





そのときはまさか、命懸けの海水浴になるとは思ってもいなかった。












 


 

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