第3話 黒飴の記憶
祖母は厳しい人だった。
普段は畑仕事していたけど、良い意味で農家らしくない黒髪眼鏡の凛としたおばぁちゃんだった。
祖母の趣味は大正琴だったから着物姿をよく見かけた。
まだ松本が小学校低学年の頃、なおちゃんなおちゃんと甘やかされている頃であってもそれは変わらない。
大好きな寿司を食べるときに
「どれにしようかな。わさびははいっているかな」
と次々箸でつついて開いて迷い箸をしているとげんこつが飛んできた。
「食べもしないのに箸つけるんじゃないよ!」
ゴチーン!!(
「ごめんなさい!(泣)」
それが例え遠方から3年ぶりに来てくれた親戚兄弟の方々との家族一同食事会の席であろうとドン引きされようと、駄目なことは駄目と言い切る祖母である。
そんな祖母も大病をしてからこの数年はすっかりおとなしくなってしまった。
白い着物を着ることが多くなり、その悟っているかのような姿を見るたびに今にもお迎えが来てしまうようで松本はゾッとした。
勝ち気な姉と弟にはさまれた松本は子供の頃、よく姉弟喧嘩をして泣いては祖母の部屋へと逃げ込んだ。
先に来た弟が祖母のおなかに顔を埋めて泣いていることも度々あり、そんなときはドア越しに順番が来るのを待った。
泣き止むのをまってそっと差し出してくれる黒飴の甘い味が大好きだった。
――――――――――――――――――――
8月。
暑くて眠れない、神経に響く夜だった。
エアコンがない下宿部屋には、タイマーをかけずに延々と回り続ける扇風機のブーンという音が響いていた。
トゥルルルル!
トゥルルルル!
深夜一時過ぎに鳴る電話。でも不思議と松本に恐怖はなかった。
「もしもし」
「
「うん、わかった。…うん。大丈夫。じゃあ、おやすみ」
5ヶ月前、実家を離れる日が近づいた3月9日のこと。
「なおちゃん、好きなの作ってあげるよ。何食べたい?」
祖母の作ってくれたきんぴらごぼうの黒ごまあえの味を思い出した松本。
その頬を、36度8分の温かい涙が伝った。
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