120.砂糖と革靴
先日、法事のために実家に帰ったところ古いノートを見つけた。ボロボロだがそれなりに手入れのされている、所謂大学ノートだった。開いてみると「昭和三十年」という文字が飛び込んできた。
どうやら祖父が書いていた冠婚葬祭の収支簿らしい。祖父はもう十年ほど前に亡くなってしまったが几帳面な人だった。祖母ではないのは身内なのですぐにわかる。祖母は細かい金計算や家事などはからきしで、踊りにお茶にお花といったものが好きだったから、こんな風に細かく記録をつけたりしない。
妹と一緒にそのノートを見てみると、「昭和三十五年、XXの高校入学」という項目があった。XXというのは大叔父の息子である。祖父から見ると甥なのだが、どこから何をもらったという内容が事細かに書かれている。田舎なので祝い事があると本家に集まる習慣がある。多分その時もそうだったのだろう。
本家と言っても曾祖父の時から始まった家なので歴史は浅い。曾祖父の実家というのが門から母屋が見えません、レベルの大富豪で、三男だった曾祖父は結婚と同時に「適当にこの辺に畑を作って住め」と放り出されたらしい。電気が通っていなかったので曾祖父は山から木を切り出して電柱を作ったと聞いた。昔の人は行動力が凄い。
曾祖父の実家はまだあるが、随分前に世帯主が言われるがままに謎の契約書にポンポンポンポン印鑑を押してしまったので土地をごっそり持って行かれた。祖父は昔、まだ年齢一桁の私に「実印だけは軽々しく押しちゃいけねぇ」と何度も言っていた。実印も知らない子供に。多分、曾祖父の実家が原因だろう。この細かい収支簿もその現れなのかもしれない。そう考えるとお金というのは几帳面にすべきである。
実家の話は良いとして、面白いのはその内訳だった。今なら「~から~円」などになるのだろうが、昭和三十年代だからなのか現金に関する記載は殆ど見当たらなかった。代わりに「砂糖五キロ」「アジフライ十枚」みたいな記載が多かった。当時は現金でのお祝いよりも物資でのお祝いが主流だったらしい。面白い。他にも砂糖を持ってくる親戚がいたので、XXさんの高校入学祝いは砂糖が八キロだった。調べてみると、その頃の砂糖は一キロ150円ほど。大体20倍にすると現在の値段になるので3000円ぐらい。割と妥当な入学祝いである。
その後、別の親戚の結婚式の記録があったが、流石にこっちは現金かと思ったら「五百円と清酒」みたいなものが多かった。しかし今と昔で価値が違うとわかっていても、結婚祝いが五百円と聞くと頭の中でワンコインが入った祝儀袋がちらついてしまう。
もう少しページをめくったところで、妹がある文字に気がついた。父の中学入学の時の収支のページに「革靴」と書かれている。
「お父さん革靴貰ってる」
「大叔父さんから貰ってる」
「中学生革靴履くの?」
「履くだろ」
しかし甥の中学祝いに現金ではなく靴。この田舎においては結構なセンスの持ち主である。何しろこのあたりは私が中学生になるまで魚屋すらなかったのだから、革靴なんてどこで調達してきたのか想像もつかない。
続いて今度は先ほど結婚した親戚に子供が生まれたので、そのお祝いについてまとめられていたが、またしても大叔父は靴を贈っていた。もうこうなると靴担当である。靴担当おじさんだ。
大叔父はすぐ近くに住んでいたが、私が物心ついた時には既に定年を迎えていたし、何をしていたのかなんてわざわざ聞くような間柄でもなかった。ただ、革靴や子供靴を調達出来るような仕事をしていたのかもしれない。何しろ他の面々は砂糖やフライである。
昭和五十年頃に入ると、段々と砂糖のお祝いは無くなってきた。価値が低くなったのかもしれない。代わりにキッチン用品が増えてきたのは家が近代的になってきた証拠だろう。
「ねぇねぇ、ぴーやかんって何?」
妹がまた何か見つけた。結婚式の引き出物として「ぴーやかん」というものが書かれている。なんだ、ぴーやかん。ピーヤカン。Pヤカン。
「笛付きケトルじゃない? あのピーッって鳴るやつ」
「あー、なるほどね」
調べると、これも当時はなかなか珍しい代物だったようだ。今では笛付きケトルでないヤカンを探す方が難しいし、電気ケトルのほうが主流だろう。
「大叔父さんは?」
「ブーツ贈ってる」
「やっぱり靴担当じゃん」
そのままずっとノートを捲っていくと、自分が生まれた年まで辿り着いた。現金の記述はない。多分それは母が別でつけて、物品のお祝いだけは祖父がまとめたのだろう。
ここまで来たら確認したいことはただ一つ。靴担当おじさんが靴をくれたかどうかである。色々並んだ名前の中から大叔父の名前を見つけると、その横に書かれた文字を見た。
砂糖の詰め合わせ
なんで此処で砂糖に戻るんだ。
私も靴担当おじさんから靴欲しかった。
大叔父もまさか死後に親戚の心を乱すことになるとは思わなかっただろう。罪深い靴おじさんである。
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