118.備品の持ち帰りは御遠慮下さい

 昔のバイト先での出来事をふと思い出した。きっかけは大したことではない。某SNSをぼんやり眺めていたら「備品持ち帰り」についての投稿があったためだ。細かい内容は忘れてしまったが、本題ではないのでどうでも良い。

 繁華街に程近く、そして治安の良さからは少し離れた場所にあるビルがバイト先だった。70分だったか90分だったかで部屋を貸して、使用後に後片付けをするバイトである。こちらは部屋を貸しているだけなので中でお客様が何をしているかは存じ上げません、お客様のお連れ様がどこの誰だかは問いません、というスタンス。念のため言っておくが違法ではない。

 場所も場所なら値段も値段というやつで、安価な価格に惹かれて結構な客が訪れていた。しかし客が増えるとおのずと増えるのが備品持ちだしである。勿論歯ブラシだとかは料金に含まれているので持って帰ってもらって問題ないのだが、盗む奴はなんでも盗む。リモコンの乾電池や、トイレットペーパーなんてのは可愛いもので、シャンプーの中身全部、電球、カーテン、どこの人がどう使ったかわからないシャワーヘッド、アメニティの入った籠、ドアストッパーなんてものを盗んでいく人もいた。その中でも困ったのがテレビに挿しているB-CASカードだった。1ヶ月に5枚くらい持って行かれたこともある。色々対策はしたのだが、泥棒というのは諦めが悪い生き物で、どうにかして盗んでいこうとする。

 カードが抜けないように細工をしておいた直後なんて、盗めない腹いせなのかリモコンを壁に投げつけて破壊して帰って行った客がいた。壊すくらいなら持って行って欲しい。当店は泥棒の盗み放題チャレンジ店ではない。


「ふざけてんだよ、あいつら」


 バイトリーダーがキレながらB-CASカードを並べる。当時の値段は忘れたが、そこそこの値段だったと思う。1枚でもそれなりなのに、5枚を超えると結構な金額だ。店の純利益率から考えたら叫びたくなるだろう。


「なんで盗むかなぁ。最悪だよ、最悪。たかが数千円って思って盗むのかも知れないけど、だったら自分で買えよって話で」

「転売するんでしょ、多分」

「それはわかってるよ」


 テレビを買ってB-CASカードを忘れたという人なんて見ない。いたとしても「よし、じゃあテレビが置いてある店で盗もう」とはならないので、確実に転売目的で盗まれている。転売しようがないトイレットペーパーを盗んでいくほうがまだ許せるかも知れない。いや、嘘。許してはいけない。


「前の盗難防止、破られちゃったね。次どうするの?」

「もう物理的に止める」


 そう言って取り出されたのは瞬間接着剤だった。捨て身の防御すぎるやしないか。そう思って尋ねる。


「カードを接着する気?」

「いや、そうじゃなくて、盗難防止のカバーを接着剤で固定する」

「前にカバー壊されたのに?」

「だから今度はこれだ」


 次に出てきたのは紙粘土だった。


「これでカードを包み込むようにして更に接着剤で止めておく」

「でも紙粘土って柔らかいじゃん。大丈夫?」


 まぁ見てろ、とバイトリーダーは細工を始めた。そして準備出来たカードを、先日盗難被害にあった部屋に持って行く。そしてカードを挿入したあとに紙粘土を覆い被せた。


「ほら!」

「なるほどー」


 紙粘土は普通のカバーと違って形状が自由に出来る。なのでどこからどこまでが壊して良い箇所なのか傍目にはわかりづらい。しかもカバーと違って壊しやすい箇所を意図的に潰すことが出来る。それが狭いテレビ台と壁の隙間に入ってしまえば、安易に取り壊せなくなる。

 この方法は効果的で、それからすっかりカードの盗難はなくなった。時期的なものもあったのだろう。他の同業店も似たような被害に遭っていたそうだが、次第に落ち着いたらしい。泥棒にも旬の盗難物というのがあるということか。

 どこかで異様な状態の盗難防止の何かを見つけたら、店側が狂気じみた盗難対策をしているのではなく、狂気じみた盗難をする奴がいるんだと思って欲しい。盗む奴はなんでも盗む。

 因みに前も書いた気がするが、このバイトリーダーは店の売り上げを横領してクビになった。当たり前だが、備品でないものも盗んではいけない。

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