116.大事なのは主観
先日、妹がボトックス注射をしたらしい。そういうのに疎い私は、そもそもそれが何なのかわからなかった。調べたところボツリヌス菌を体内に入れるらしい。シワ取りに効果があるとかなんとか書いてあった。
「美容整形の一種?」
「だと思う」
「へぇー。どっか変わったの?」
そう訊ねると妹は心外だと言わんばかりの顔をした。
「変わったでしょ」
「どこが」
「左右の眉の高さが揃ったの!」
妹の眉なんて去年の天気より興味が無いので、元の高さなど知らない。聞けば右の眉が左より0.5cm上にあったのだという。聞いたところで何の感想も浮かばないが、多分ここで「左の眉が右より0.5cm下にあったんじゃないの」と言ってはいけないことはわかる。
昔から妹は美意識が高かった。私と違って目鼻立ちがくっきりしていて、小さい頃からやたらと目立っていたからかもしれない。化粧やネイルやエクステや、一通りのことは習得している。妹は常日頃から顔を合わせれば「髪をきちんと整えろ」だの「爪を磨け」だの「化粧をちゃんとしろ」だの言ってくる。だらしない姉を心配しているに違いない。ありがとう。でも面倒だからやらない。
「そんな眉毛気にしてたの?」
「気になってた。姉もやった方がいい」
「どこを」
「全部」
「ボツリヌス菌だらけになりそう」
「そういえばボツリヌス菌って何?」
「わかんない菌を体内に入れるなよ」
値段を聞いたら、まぁまぁ高かった。しかし相場から見ればお得らしい。
「ヒアルロン酸も気になる」
「よく聞くね」
「ヒアルロン酸って何?」
「だから、わかんない酸を入れるな」
「酸なの?」
「何だと思ってたの?」
つくづく不安にさせてくれる妹である。
まぁ別に何をしようと好きにすればいいのだが、ちゃんと調べてから取り組んで欲しい。
「眉の高さ整ったから、顔の印象も変わったよね」
「わからん」
「姉の意見は聞いてない」
なら話しかけないでくれ。
「自分では劇的な変化。物凄い違いがあるんだよ」
そういうものか。本人が言うならそうなのだろう。そんなに眉を気にしていたとは知らなかった。というか私が気にしない分まで妹が気にしているような気がしてならない。
「姉もやるなら、紹介してあげる」
「やだよ。その金あったらゲーム買う」
「何か新作出たの?」
「去年やったゲームがハードが変わった」
「追加シナリオとかあるの?」
「無い」
「意味ないじゃん」
「いやいや、ハードが違うだけで大きな差がある」
殆ど同時に二人で「あれ?」となった。
「お前の眉毛と同じ気がする」
「そんな気がする」
「だとしたら些事ではないな。主観で見たら大事な差だ」
うんうん、と互いに納得する。この世に必要なのは一方的な説得や上から目線の論破ではなく双方理解だ。例え理解したところで互いの主張の中身に興味は無いとしても。
「あと最近母が眉タトゥー入れたって。姉もやれば?」
「私、結構古くさい人間だから顔に手を加えたくないんだよね」
「歯列矯正してるくせに」
「それはちょっと違うだろ」
美意識の高い身内がいるのはいい事だ。自分では調べようとも思わない知識が溜まっていく。美意識が地の底を這っている私は、多分眉の高さが左右で3cmくらい変わったら検討するだろう。出来れば努力せず美しくなりたい。そう思いながら美容に関係ない新作ゲームのことをスマホで調べ始めた。
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